ツンからデレへの移行時期
後の凪国上層部となる彼等、そして準上層部となる彼等は、最初は果竪にツン--を通り越してグサだった。
そんな彼らも、果竪と接する中で、次第にある方向へと向かっていった。
そう--デレへと。
しかし、極度の神不信で物事を斜めどころか歪ませ、むしろ自身が大きく歪んで壊れてた彼等がすんなりデレられたかとそういうわけも無くて。
「果竪! 僕が遊んであげるから光栄に思え」
「ヤダ」
果竪は意外に物をはっきりと言う子だった。
今まで誘いを断られた事の無い朱詩の渾身の誘いをきっぱりと断った。なぜなら、この後、愛しい大根達のお世話があるからだ。
なのに--
「にょぉぉぉおおおおっ」
「果竪のくせして生意気っ!」
思い切り頭を両側から拳でグリグリとされた。当然ながら果竪は泣きだし、それを聞きつけた小梅によって。
「あんたは何をしてんのよっ!」
繰り出される跳び蹴りの美しさに、周囲に居た者達は言葉も無かった。しかも、見事にヒットしてるし。
「何するんだよ! この暴力女っ! いや、男女っ!」
「誰が男女よ! 本当に口の悪いガキね! そんなんじゃ紳士になれないわよっ! あ、そもそも紳士の素質ないもんねっ」
「はぁ?! お前みたいのに何で紳士っぽく振る舞わなきゃなんないんだよっ」
「例え嫌な相手でもそれを抑えて振る舞うのが大神に決まってるからでしょうが! 本当にデリカシーも何もあったもんじゃない男ねっ!」
「っ! ふ、ふんっ! それならお前だって全く女らしくないし! そんなんだったら嫁のもらい手はゼロだね! 嫁き遅れっ!」
小梅が朱詩に飛びかかった。そして取っ組み合いが始まる。
「うわぁぁぁぁぁんっ」
一応止めた。
止めたけど止らず、果竪は二神を前にして泣いた。それは涼雪が来るまで続いた。
「だから何でお前はそうなんだっ!」
「が、頑張ってるよっ」
「頑張る?! 良いか?! 世の中結果を出さなきゃ意味が無いんだ! 出来たか出来ないかだっ!」
明睡は、相変わらず術が上手く発動出来ない果竪をガミガミと叱りつけた。その近くでは、明燐が兄の言葉を正確に訳していた。
『頑張る?! (よく頑張ってるな)良いか?! (だがな、果竪)世の中結果を出さなきゃ意味が無いんだ! (世の中には色々な奴が居る。中には、結果ばかり重視する奴らも居るんだ)出来たか出来ないかだっ! (だが安心しろ。神には得意不得意がある。別に術の一つや二つが出来なくても、俺達が側に居れば心配ない)』
「不憫ですわぁ」
「不憫と言うより……」
兄の足りない言葉を見事に訳した明燐に、百合亜は妹の凄さというか、血の繋がりの凄さというか、とにかく言葉の大切さのなんたるかを思い知った。
言葉が足りないとは、時にとんでもない影響を与えるものだ。
「う、っぅ……」
泣かないように、唇を噛み締める果竪。
こんちくしょうと明睡を見上げる姿に。
「泣くのか?! 泣いてもどうしようもないぞっ! 言っておくが、この程度で駄目なら全部駄目だ! 術なんて学ばなくていい、とっととやめちまえ! そして後ろに引っ込んでろっ」
『泣くのか?! (ちょっ! 泣くなよっ)泣いてもどうしようもないぞっ! (お前に泣かれると……うわぁぁ! だから泣くなって!)言っておくが、この程度で駄目なら全部駄目だ! (別に術なんて使えなくても)術なんて学ばなくていい、とっととやめちまえ! (そうだ、術なんて使えなくても良いだろ?)そして後ろに引っ込んでろっ(怪我したら大変だ。だから安全な場所に居てくれ)』
「お兄様のツンデレっぷりも困りものですわね」
「ごめんなさい、私には明睡様のデレの部分が全く分かりません」
むしろ明燐にしか分からないだろう。
「って! やめろって言ってるだろ! (馬鹿! それ以上やらなくて良い! 怪我したらどうするっ! それより、良い子だから安全な場所で遊んでろ)いいから、とっとと飯食って寝ろっ(ご飯まだだろ? 今日は果竪の好きな料理が出るし、あれなら好きなデザートも作ってやるから。あと、疲れてるから早く寝なさい)」
しかし、果竪は頬を膨らませたまま術の練習に取り組んだ。その側では、相変わらず明睡が怒鳴り散らしていた。いつも冷静沈着な明睡にしては珍しい姿だが、妹の明燐からすれば思い通りにいかずオロオロしている様にしか見えなかった。
そりゃそうだ。
自分は果竪を気遣っているつもりなのに、果竪は頬を膨らませて明睡の事を無視するのだ。
それどころか
「忠望さん」
「忠望」
さん付けで呼ぶと忠望は必ず訂正する。
「げっ」
明睡は心底嫌な顔をした。
しかし、果竪は明睡に用事があってやってきた忠望を見つけると、とことこと近づいて行く。そして、果竪は忠望に何事かを話している。
「ああ、術か」
「おい」
「明睡の方が上手いぞ」
「下手だから練習止めろって言われた」
「へぇ……」
忠望は明睡を見る。明睡は忌々しげに舌打ちをした。
「じゃあ俺が」
明睡の方から、チャキっと鍔の鳴る音が聞こえた。
「お兄様ってば」
「明睡様、実は沸点が低かったんですね」
百合亜は意外な姿を知った。
「この浮気者っ!」
「にょっ?!」
何故か明睡に浮気者呼ばわりされた果竪。一体果竪が何をしたと言うのか。
「う、浮気者?!」
「この俺が居ながら、別の男を選びやがって!」
「ふ、ふぇっ?!」
「五月蠅い! 良いからお前は大神しくそこらで遊んでいれば良いんだよっ」
『お願いだから、危険な事はせずに居てくれ--』
そんな兄の心の叫びを明燐は正確に読み取ったが。
「明睡様、任務ではあれだけ素晴らしい言葉が出てくるのに」
甘い言葉も誘惑も明睡は息をするように紡ぐ事が出来た。甘く艶かしい瞳も合わされば、およそ堕ちない者は居ない。
しかし、今の明睡は
「って! なんで泣くんだよっ」
暴言の限りを尽くして果竪を泣かせた。果竪だって幼い少女だ。いくら十を超えていたって、恐ろしいまでに美しい佳神からこうも色々と暴言を吐かれれば、心だって折れる。
「明睡様……」
涼雪は自分に縋り付いて泣く果竪を抱き締めながら、困ったように明睡を見つめた。その隣では、忠望が何度目かの溜息をついていた。
やはり、騒ぎを聞きつけてやってきた涼雪は自分に飛びつき泣き出す果竪と、忌々しげにこちらを睨み付ける明睡とを交互に見て。
「困った方--」
思わず呟いてしまった涼雪は正しい。けれど、そんな言葉を明睡に対して口にしてしまった自分にハッとし、恥じ入る様に瞳を伏せる姿に。
「だ、誰が、困った、方だ--」
「お兄様、今絶対に下半身に来てますわ」
「私もそう思います」
離れた所から状況を見守っていた明燐と百合亜は断言した。
明睡は頬を赤らめ、何処か恥ずかしそうに目をそらしていた。それが何とも言えない程に艶かしく色っぽかった。が、心の中では涼雪の吐息を吐くような呟きに『男の欲望』を激しく刺激されているのだと明燐達は悟っていた。
因みに、こんな風に茨戯も果竪を泣かせたし、他の面々も同様だった。
「よく嫌われませんね」
百合亜の冷静かつ直球に、朱詩達平均以上の容姿と能力を持つ古参メンバー達、それに準ずる者達は打ちのめされた。
「私なら、もう顔も見たくないレベルです」
「なっ?!」
「自覚無かったんですか?」
自覚--ありすぎるほどあった。しかし改めて言われると。
ありすぎる自覚のせいで、かなり自己嫌悪に陥っていた朱詩達は本気で落ち込んだ。優しくしたいのに出来ない。可愛がりたいのに、これでは別の意味での可愛がり方になってしまっている。
見たいのは果竪の笑顔だ、嬉しそうな顔だ。
「言葉の勉強……いえ、他の方にはあれほど甘く囁けるのに」
仕事なら出来るのだ。
「このままでは果竪、もう嫌だと軍から居なくなってしまうかも」
朱詩達は更に落ち込んだ。
いや、どう考えても家出したいレベルのいびりっぷりだろう。というか、既に逃げ出していないのが凄いのだ。
もし自分達が同じ扱いをされたら絶対に相手をボコる。
--いっその事、果竪にボコってもらうべきか?
そんな風に本気で悩んだ翌日。
「朱詩、遊ぼう」
果竪は、「はい」と自分のお気に入りのぬいぐるみとは別の可愛らしい神形を朱詩に差し出した。そして、神形遊びをした。
朱詩は神形遊びが好きだった。
「明睡、あのね、少し上手く出来るようになったよ」
果竪は頑張って術の成果を明睡に見せた。
その他にも、他の面々に果竪から歩み寄った。
「どちらが年上なのか」
百合亜は呆れた。
けれど、よくよく考えれば歪み壊れた者達の成長の仕方は普通では無い。果竪の方がよっぽど大神で相手を気遣っている。
それからも、明睡達はツンデレのデレがなかなか来なかった。ツンではなく、グサだった。
しかしその都度落ち込み、けれど果竪に見捨てられないで貰えた彼等は。
「果竪に触るなっ!」
「にょっ!」
立ち寄る村や街。
果竪は平凡な顔だった。けれど、実際には中身が愛らしく好感の持てるタイプという事で、全くモテないわけではなかった。
中には、見る目のある者達だって、居た。
しかし、そういった者達すらも明睡達は退けるようになったのである。
「果竪、男は狼なんだからねっ」
「そうよ、食われたらどうすんのよっ」
「ちょこまかするなっ」
そうして何処か泣きそうな彼等を、果竪は結局見捨てる事が出来なかった。
果竪は果竪なりに気付いていたのかもしれない。
その悲惨すぎる過去から、大きく歪み、壊れ、歪なまま成長した彼等は自分達の気持ちを上手く表現出来ない。
必要とあれば完璧に感情も欲求欲望も制御し、それこそ自分の身体すらも道具として冷静に扱える。そんな彼等が上手く制御出来ず、酷い仕打ちをしてしまい、激しく落ち込む事を多くの者達は気付かなかった。
けれど果竪は--。
「--どこにも行かないでね」
果竪の側から、自分達以外の相手を徹底的に追い払った後、まるで捨てられた子犬の様な目をして自分を抱き締める彼等の頭を果竪は撫でる。
何も言わずに、ただ静かに撫で続けたのだった。
彼等が、再び顔を上げられるようになるまで。