表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

王と三神娘の密約


 本来の果竪は健康優良児だった。

 保護されて暫くは、確かに寝込む事も多かったが--。


 それでも、少し経てば彼女は元気に外を走り回っていた。



 それが一転して、よく寝込むようになったのは。



「萩波のせいだ」

「萩波のせいです」

「萩波が原因ですわ」

「萩波以外に有り得るか」


 

 他の古参メンバー達やそれに準ずる者達も、口々に、いや、心の声で萩波のせいだと罵った。彼等は老若男女問わず、萩波を『永遠の主』又は『自分達の王』として戴いているが、これとそれは別だ。


 可哀想に--。


 十二で上がりたくも無い大神の階段を上らされ、知りたくもない大神の世界を知らされてしまった。美男美女--特に男の娘達と呼ばれる者達にとっては既に知り尽くし、味わってしまっている世界でも、他者--特に自分達の親しい者に味合わせたいと思うものではない。

 というか、自分達が可愛がって止まない少女に経験させたいなんて誰も思わなかった。


 そもそも、自分達は経験は無いが、そういうのは本当に好きな相手とするものだ。あと、それなりに身体が成長してからするものだ。


 間違っても、こんな小さな身体で受け止めるべきものではない。


 十二歳になったばかりの身体は、平均的な少女と比べると幼い。胸だって何にも膨らんでいない。むしろ真っ平ら。


 女を思わせる要素はどこにも無いと言うのに、この身体に劣情を催した萩波は


「ロリコンだ」

「ロリコン」

「ロリコンですわ」

「ぜってぇロリコン」


 ロリコン以外の何物でも無いだろう。というか、そんな事実は知りたくは無かったし、そもそもそれを『永遠の主』、『王』と戴いている自分達って。

 もしや、同類と見なされているだろうか。



 まあ--とにかく、果竪が心安らかに休めるように何とかしなければならない。目を離すと、すぐに萩波が果竪に纏わり付いてしまう。そのまま寝台に引きずり込みでもしたら--。


 今から半年前の衝撃。

 強引に結ばれた婚姻に果竪は大泣きしたし、萩波はそれを気に留める事なく自分の愛しい少女を側に置き続けた。


 それを境に、萩波を狙う者達の悪意と殺意は果竪に一点集中してしまう結果となった。それを萩波は知っていたというのに。


 話では、果竪は一神、軍から離れる事を計画していたという。原因は分かり切っていた。けれど、それらはどんなに排除しても湧いて出てきていた。


 果竪はいつも笑顔だった。

 その裏で、あの小さな頭でどれだけ悩み、苦しみ、悲しんでいたかを思い知らされた。


 自分達は、感情に疎い所がある。勿論、そうでなければ今まで生きてはこれなかった。けれど、厄介なのは、それが発揮されるのが敵やどうでも良い相手ばかりでは無いという事だ。


 完全な自分達の失策。


 けれど、けれどもし--。


 思う事がある。


 もし、果竪が軍から離れたい、逃げたいと自分達に相談したとしたら、自分達はどうしたか?


 それは今まで何度も繰り返した問い。


 その答えは結局一つの所に辿り着く。



 だってもう……彼女を逃がす、手放すという時期はとうの昔に過ぎてしまったのだから。



 それを考えると、所詮自分達も同じ穴の狢。

 萩波に怒りを覚えながら、結局最後は受け入れてしまうのは、自分達には何かを非難する資格が無い事を分かり切っているからだ。




 萩波は、顔を赤くして眠る果竪と見舞いに来た自分の前に仁王立ちになる少女に思わず苦笑した。


「いくら夫でも、お触り禁止!」


 少しふっくら目の小梅が、そう言って萩波を真っ正面から見据えていた。

 その後ろでは、涼雪が果竪の看病をしている。葵花は、果竪の隣で静かに勉強用の絵本を読んでいた。


「顔を見に来ただけですよ」

「そう言って前もベッタベタに果竪に触ったでしょ?! 男って油断ならないんだからっ!」


 口だけで世を渡り、時には国すら傾けた女達には言われたくは無い。しかし、萩波はこのやりとりを楽しんでいた。


 小梅--いや、涼雪もそうだが、この二神は萩波に対しても物怖じしない。まあ、涼雪はかなりやんわりとした物言いではあるが。


「では、小梅達も側に居て下さって構いませんから」

「最初は追い出す気だったのね」


 小梅の突っ込みに、萩波はクスクスと笑う。


「夫婦の中を邪魔する者ほど野暮な者は居ませんでしょう? それに、神の恋路を邪魔するものは馬に蹴られて死んでしまえ--という言葉もありますし」


 萩波なら馬に殺らせる前に自らの手で始末する筈だ。


「あらっ! そんな馬、このあたしが返り討ちにしてやるわっ」


 小梅が挑戦的な視線を向け、二神の視線がぶつかり合う。


「あらあら、まあまあ」


 涼雪は相変わらずおっとりとした笑みを浮かべて、果竪の額のタオルを交換する。葵花は、意識が無い筈の果竪がうんうんと魘されているのを見た。


「……」

「ああ、果竪ちゃんが苦しそうなんですね」


 柔らかい笑みで葵花を宥めると、涼雪は果竪の額に手を当てた。柔らかな乳白色の光が涼雪の掌から発せられる。


 その温かな気配に、小梅と萩波はそちらを見た。


「涼雪、治癒術は」

「少しだけ熱を吸い取ってるだけです」


 小梅の指摘に、涼雪はいつもの優しい口調で告げた。


 元々、神は基本的に身体能力が高い。怪我や病気の治癒力も高い。だから余程の大怪我などで無い限りは、そのままにしておけばある程度回復する。


 果竪の様な発熱なんてその最たるものである。


 しかし、そうでない者達も居た。

 特に地位や身分の高い者達は少しでも怪我すれば大騒ぎをしてすぐに治療しようとする。傷跡がちょっとでも残る事など許されない。


 怪我や病気は、術で治すものだ--そんな考えが長く上の者達にある時代があった。


 その上、戦が多すぎた。


 他者を傷つけ殺害する攻撃系の術同様に、治癒系の術が目覚ましく発展した大きな原因の一つとして、戦は必ず上げられる。

 内乱なんて幾つもあったし、幾つもの国が戦で滅びていった。


 悠長に傷や病気を治している時間なんて無かった。

 例え、身体に負担がかかろうとも、短時間で傷を治し症状を快癒させる必要があった。


 ただ、目覚ましい発展は、代わりに劣悪な物も多く生み出した。中には大きな副作用をもたらすものもあった。


 本末転倒な結果だ。


 中には、薬類を使用するよりも厄介な状況に陥る事も多い。むしろ、薬の方が余程害が少ない事もあるぐらいだった。


 しかし、それでもそれらに頼る者達は上に行く者達ほど多く--。


 そういった者達は、長年の術使用から、本来の身体能力、治癒力がかなり低下していると言った話もある。それが本当かどうかは知らないが、萩波は自軍における術の使用をある程度制限した。


 命にかかわる傷、後遺症が残りそうな傷は治癒術で回復させる。

 けれど、少しのかすり傷や切り傷、打身、その他発熱などの病気も術を使用させる事は無かった。


 それに、軍に入ってきた者達はその時点で治癒術を使える者達はある程度居たが、その大半は劣悪な術を覚えてしまっていたからである。


 今は、軍の者達の大半が、正しい副作用の少ない、または殆ど無い術を覚え直してはいるが、萩波直々のお達しにより軍の者達は必要以上に術を使用しようとはしなかった。


 それは、治癒に関係する事だけではない。

 便利とされ、上の者達やそれに付き従う者達が多く使っていた術は、本来であれば術など使わなくても出来る物ばかりだった。そういう風に、術を使用しなくても出来る物は、全て自分達の手でやる事を義務づけた。


「あの豚どもと同じになりますよ」


 行き着く先は、現天帝及びその周囲、その他権力者達だと言われれば、彼等に嫌悪を覚える者達は当然ながら術を使用せずに行った。


 つまりそれだけ嫌なのである。


 と、そんなわけで、果竪の熱も自然--と、あと必要であれば薬も使用して治す筈だったのだが。


「熱を吸い取る……ですか」

「ほんの少しですけどね」


 というよりは、涼雪の使う術は果竪の持つ本来の治癒力を少しだけ手助けする術だった。もちろん、熱も少しだが吸い取る。


 本来の治癒力を手助けする術は、これも使い方によってはとんでもない事になる。本来は5で動く物を10の力で動かす事にもなりかねない。身体に負担がかかる。


 けれど、涼雪は果竪の身体に負担がかからない、それでいて治る力が促進される様な--その位の力の調整を行っているのだ。


「それにそもそも、私はそんなに力が強くないですから」


 涼雪の神力は、お世辞にも強いとは言えない。良くて平均にようやく届くぐらいだ。神術にもそれ程精通していない。


 けれど、涼雪の神力はそれ事態が使い手の気質に影響されるのか、柔らかく温かな--それ事態が癒やしの力を纏っていた。

 術を使わなくても力を注ぐだけで、相手の本来の治癒力を活性化させる。


 まだ涼雪は、十三歳になって少し。

 年齢的には幼いと言って良い。

 けれど、その慎ましさと嫋やかさは年齢よりもずっと大神に見えるし、穏やかでおっとりとしながらも相手への気遣いを常に忘れない気質は本当に貴重である。


 そして、明睡の好みドンピシャである。


 萩波は涼雪を初めて見た時から気付いていた。

 ああ、この娘はきっと明睡の特別になるだろうと。


 彼は妹を溺愛している。

 あの華やかで華麗かつ気の強い妹を、それはそれは目に入れても痛くない程可愛がっている。

 だから、たいていの者は明睡の好みは妹の明燐だと思っている。


 明燐と涼雪なんて正にタイプ的に対極だ。


 しかし、涼雪は明燐と仲良くやっているし、明燐も涼雪を個神的にとても気に入っている。


 将来の小姑関係もバッチリ問題無しだろう。



 と、そこで小梅が大きな溜息をついた。


「本当に、手を出したりしない?」

「ええ」


 萩波はにっこりと笑った。


「今回ばかりは貴方の顔を立てましょう。誓約も立てます。萩波の名と命、魂にかけて」


 キン--と、澄んだ音がなる。

 特別な『言葉』で捧げられたそれは、絶対的な誓いとなる。


「--だから腹が立つのよ」


 それをいとも簡単に行う萩波に、小梅はぷりぷりとしながら横に退いた。


「私は貴方の事が好きですよ、小梅」

「……は?」

「私が果竪に手を出した時もそうです。他の者達が最終的に『仕方の無い事だ』と諦める中で、貴方は最後まで私を怒りましたね」

「……」


 萩波は自分を無言で見つめる小梅に微笑みかけた。


「他の者達が『仕方の無い事だ』と諦めたのもある意味仕方の無い事です。彼等は誰よりも自分達を分かっている。自分達の本性、本来の気質というものを熟知している。意識、無意識関係なく」

「……」

「そして結果的に、『俺達も萩波の事は言えない』と諦めた。だからこそ、貴方の様な存在は貴重なんですよ。貴方も、涼雪も、葵花も--」


 小梅は、萩波の言葉を静かに聞いていた。


「私は、果竪にした仕打ちを謝る事はしません。後悔する事もありません。もし私があそこで動かなければ、私は果竪を失っていたと私は分かっているからです。話し合う? ええ、話し合うのも良いでしょう。でも果竪は頑固です。どこまで言っても平行線ですし、結局は私が捨てられる」

「萩波……」

「私は弱いのですよ。果竪の方がずっとずっと強い。果竪だけではない、貴方達も。なぜなら、貴方達は一神でも生きていける。どこにでも自由に行ける」


 一神で生きていける?

 自由に生きていける?


 この軍に拾われなければ、最終的にはのたれ死んでいたか戦火に巻き込まれて死んでいたかもしれないのに?


 小梅は目を見開き、涼雪は静かに目を伏せた。葵花だけは、きょとんとする。



 萩波は、果竪の頬に触れる。優しく、その頬を白魚よりもほっそりとした白い指で撫でた。


「小梅、涼雪、葵花--」


 萩波は三神の名を呼ぶ。


「貴方達は貴重です。今居る者達の中では、ある意味異質とも言えます」


 年端もいかない少女を異質と言い切る男に、小梅は「萩波が果竪に拒まれた理由って女心関係じゃ」とか思った。

 しかし、続く言葉に小梅は萩波の背を見つめる。



「異質だからこそ、貴方達はきっと冷静に物事を見られる筈」

「……萩波?」

「私は後悔しませんよ。何一つ。そして自分の信じる道の為に突き進みます。今までも、これからも」

「……」

「でも、もし私が--」



 その後に続く言葉を聞いたのは、その場に居た三神だけ。

 意識の無い果竪でさえ聞くことは出来なかった。




 萩波の願いは小さな小さな声で伝えられた。




 後に、宰相夫神となった涼雪はその時の事を思い出す。



「私、陛下を止めるのは小梅ちゃんかと思っていたんですけどね」



 誰よりも活発で萩波に意見を物申していた小梅が一番先にこの世を去るとは思わなかった。そして、一番幼かった葵花が、それに続くようにして亡くなるとも。


 けれど、小梅も葵花もそれぞれが自分達の信念の為に戦った。



「私だけが、見苦しく生き残ってしまいました」



 後に歴史に残る大事件を生き残った涼雪は静かにそう言い、そんな妻を夫である宰相は無言で抱き締めたという。



 そんな彼女も聞き取る事は出来なかった部分があった。



 確かに、萩波はそう言った。


 けれどその後に--



 涼雪達は、小さく呻り声を上げた果竪に気を取られて聞き逃したその時。



「ただし、貴方方が生きて--というのが大前提ですけどね」



 だから涼雪は見苦しくも何も無かった。

 彼女だけが、最終的に萩波の願いを叶えたのだから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ