薬師の君が抱く白梅の少女の秘密①
果竪は荷物を取ろうとしていた。
言われた荷物を運ぶだけの簡単なお仕事だった。
「よ~いしょっ」
ただ、そこには沢山の瓶が並んでいて。
ちょっとだけ、果竪の力の加減が誤ってしまって。
更に不安定な瓶がバランスを崩しただけで。
「あ」
果竪の声と共に、上から瓶が落ちてきた。途中で蓋が飛んだのが見えた時には中身が飛び散り、下に居た者達へとそれは降り注いでいった。
悲鳴が響き渡り、明睡はあるテントへと走った。そこは、薬品庫と呼ばれるテントだった。普段は出入り禁止だが、回復薬などもある為、必要とあれば出入りは許されていた。
明睡が駆けつけた時、そこはちょっとした騒ぎになっていた。
「何があった!」
「め、明睡ぃぃっ」
いつもは腹立たしい程飄々とした修羅が、アワアワと泡を食っている。一体何がどうしたのかと明睡が更に近づき--。
「……」
「明睡様--」
修羅が毛布を片手に慌てているそこに居たのは--。
「りゃ、涼雪?」
明睡が密かに恋い慕う少女--涼雪が居た。
しかし、彼女の姿は何かがおかしかった。
というのは、明睡が知る涼雪は十二歳の少女だ。寸胴体型に近い体付きは、まだまだ大神の階段を登る前段階。
けれど、明睡の前に居る涼雪はと言うと。
膨らんだ胸。
括れた腰。
ほっそりとしなやかに伸びた手足。
いつも身につけている服には収まりきらない成長した身体。
また、顔付きも幼さとあどけなさが消え、涼やかだが大神びた顔立ちとなっている。大神になればこうなるだろう--というその予想通りの、大神になった涼雪が居た。
年の頃は二十代後半から三十少し手前。
身長も少しだけ高くなっている。
しかし、しか~し。
それよりも何よりも、そのサイズの合っていない服を身につけた姿はもうなんとも言えない。
いわば、ムチムチなのだ。
といっても、明睡の妹の様な蠱惑的な肢体かと言われればそうではなく、巨乳というわけでもない。全体的にバランスが取れており、胸だけが大きいというわけではないのだが--それでも、十二歳の涼雪よりはずっとずっと大きい。
Cカップか--。
明睡は正確に涼雪の胸の大きさを計算し、そしてウェストサイズも正確な値を叩き出した。
で、そもそも十二歳の涼雪の体型は寸胴そのものだ。それに合わせた服装をしていた。そして今の彼女も、明睡の記憶にある服を身に纏っていた。
すなわち、寸胴体型用の服を着ている状態で、胸が膨らみ、お尻もそれなりに少し大きくなってしまったという事は。
ムッチムチ
ならなきゃおかしい。
完全に身体の線が出てしまっている。
それが何とも言えない色香となって、明睡の感覚器官全てを激しく刺激した。
「……」
「涼雪、こ、これかけてっ」
「そ、そうですね」
と、言った時だった。
ビリッと何処かが破れる音がした。
明睡は耐えきれなかった。いや、それでも頑張って耐えた。完全に理性が崩壊していたら、彼はこの場で涼雪に襲いかかり、きっと彼女を嫁に行けない身体にした事だろう。
「あわわわわっ! 涼雪、早くっ」
涼雪に毛布を掛けると、修羅はぜいぜいと息を吐いた。そして、ギッと明睡を睨み付ける。
「見た?」
「この距離で見えなかったらむしろヤバイだろ」
そう答えたら、修羅に怒鳴られた。
「そこは見てないって答えるのが紳士だろっ?! なんでそういう所は正直なのさっ! それでも男?!」
「むしろ正直に答えて何が悪いっ! ここで見てないって答えた方が明らかに嘘だろっ! ってか、何が起きた! なんで涼雪はこんな事になってるっ」
「知らないよ! 僕が来た時にはもうこうなってたんだっ!」
修羅が怒鳴り返すと、それまで困った様に微笑んでいた涼雪が口を開いた。
「その、実は薬品棚の薬を落してしまって」
「それを被ったって事だ」
その後を引き継いだのは、薬品庫たるテントの管理責任者である忠望だった。彼は相変わらず淡々とした物言いで、嫌味なほど冷静に告げた。
「あの惨状を見れば一目瞭然だ。幾つかの瓶が落ちていた。で、その一つに涼雪の様になる薬があった」
「あぁ?!」
明睡の威圧感たっぷりの声にも忠望は反応しなかった。
「まあ、問題はその薬品が開発途中の物だって事だ」
「っ! 危険だろっ」
開発途中の代物なんて、危険極まりない。何が起きるか分からない不安定要素を持っているという事になる。
「むしろ完成していない方が良いもんだけどな」
「あ?」
「中途半端の未完製品だから、それ程効果も持続しないって事だ」
「それってどういう」
「完成品なら、半年は戻らない」
「は?」
「未完製品だから、数日で戻る」
思わず明睡は忠望の胸倉を掴んだ。
「どういう薬を作ったんだ」
「成長薬」
「あぁ?」
「そして中途半端だがしっかりと効果が出ていて俺は嬉しい」
明睡は忠望をそのまま締め上げてしまおうと思った。
「でなきゃ俺は絶望していた」
「何がだ」
忠望は視線をある方向へと向けた。明睡もそちらを見た。
そこには、果竪が立っていた。
「果竪も薬を浴びたんだが、全く効果が出なかった」
「成長剤のか?」
「豊胸剤」
「……」
「因みに、他にも数神同じ薬を被った娘達はみんなCカップにはなったんだが」
そうか、それだけの効果がある薬でも駄目--
「なんでそんなもんを作るんだぁ!」
「お前、女どもの豊胸にかける情熱と執念を舐めるな。豊胸の為ならばどれだけ金をつぎ込んでも構わないという女達は多いんだぞ? 貴族の夫神や商売神の奥方達ともなれば、かなりの金をつぎ込んでくれる。金儲けなら毛生え薬と豊胸剤が一番だ」
「貧乳が良いって男も居るだろ」
「ああ、そして貧乳を刺激しまくって大きくしてしまって自爆している奴らも結構多いな」
忠望はやはり淡々と答えた。
そんな中、果竪は他の胸が大きくなった少女達を見た。彼女達が豊かな胸に戸惑っている中、果竪は同じように自分の胸に手を当てた。こう、胸がある様な感じで手を動かし、そして無い胸をジッと見つめた。
「……」
スカスカ
スカスカ
スカ--
「……」
葵花がぬいぐるみを片手に抱えたまま、もう片方の手で恐る恐る果竪の服の裾を掴む。慰める様に服の裾を引っ張る姿は、思わず見る者の涙をそそった。
「因みに、誰が事を引き起こした」
「果竪だが。頼まれていた薬品を取ろうとしてバランスを崩して幾つかの瓶を落っことした。で、それを下に居た奴らが被ったらしい」
忠望は現場の状況を下に、幾つかの情報のピースを繋ぎ合わせて情報を完成させる力に長けていた。推理力が高いのだ。
ただ、彼のそんな力は普段はあまり発揮されない。彼の全能力は全て薬関係に向けられているからだ。薬馬鹿--忠望を表すのにこれ以上似合う言葉は無い。
「果竪……」
明睡はこんな現状を引き起こした元凶の少女の前に立った。ゆらりとした動きは、言いようのない恐怖をかき立てるものだったが。
「……」
自分の膨らまなかった胸に手をあて、涙目になりながらも必死に涙を堪える彼女に。
「……あのな、薬で膨らんだってそれは所詮一時的なものだぞ」
「失礼だな。この俺の力なら半永久的なものだって作れる」
「お前は黙ってろ! あと、果竪の胸に敗北したくせにでかい口叩くなっ」
胸を張る忠望を怒鳴りつけた明睡は、果竪へと視線を合わせた。
「別に胸に拘る事なんてないし、今の年齢ではそもそも拘らなくていい。もう少し待て、もっと子供の時間を堪能しろ。ある年齢になれば嫌だって言っても膨らむもんだ」
「ある年齢って?」
「……十五とか十六とか」
「明燐」
その一言で、明睡は何も言えなくなった。いや、明燐だけではない。十五以下でそれはそれは悩ましい体付きをしている少女達はこの軍では多い。特に、古参メンバー、それに準ずる者達などは嫌と言うほど居る。
むしろ、右を見ても左を見ても前を見ても後ろを見ても居る。
だからこそ、貧乳は貴重なのだ--いや、年齢相応の成長曲線を辿る存在は貴重なのだ。
「涼雪は大きくなったのに」
「いや、あれは成長薬の力で」
「……」
明睡は自分の失言に気付いた。
豊胸剤も一種の成長薬だ。胸限定の。にも関わらず、涼雪はそれはそれは素晴らしい成長を遂げ、果竪は全く成長していない。
「果竪ちゃんも成長薬を被れば良かったですね」
涼雪はそう言って慰めたが、問題はそういう事じゃない。あと、大問題の一つは涼雪の今の姿である。
「はっ?! 涼雪、どしたのっ?!」
「あらあら、まあ~」
遅れて駆けつけた朱詩と茨戯が、涼雪の悩ましい成長した姿にギョッとした。が、そんな二神を後ろから突き飛ばすようにして現れた少女は、そのまま涼雪へと突進した。
「きゃあぁぁぁあっ! 涼雪、何その素敵な姿はっ!」
そうして涼雪に飛びついた明燐は、兄に向かって叫んだ。
「お兄様! Cカップですわっ」
ダイナミックな胸の大きさの暴露だった。
「大きすぎず小さすぎず、涼雪はそこら辺も心得てますのね」
「め、明燐ちゃん……」
困った様な顔をする涼雪だが、たぶん涼雪が相手でなければ明燐は殴られていると思う。
「あの子はデリカシーという言葉をどこに置いて来たのかしら」
「恥辱という言葉も置き忘れていると思うよ」
朱詩は茨戯の質問にそう答えた。でなきゃ、今はまだマシだが、毎回のように露出度激しい衣装なんぞ身につけない。むしろ、「女は見られて美しくなるのです」と、見られる事を誉れとする様子すらある明燐は、恥ずかしいという言葉をそもそも知らないとさえ思われていた。
まあ、彼女は自分の『美貌』も『肉体』も全て、『利用価値の高い道具』としか思っていない。彼女は『自分の貞操』含めて価値ある道具としか思っていない。必要とあらば、彼女は何の惜しげもなく、むしろ嬉々として利用するだろう。
それはやせ我慢でも何でもない。
明燐にとって、自分の持つ全ては単なる『道具』でしかないのだ。
「本当に大きいし、とても柔らかいですわ」
「ふむ、やはり本物か」
忠望はうんうんと頷いた。
「は? どういう事だ?」
明睡は忠望の胸倉を掴んだまま聞いた。
「いや、本物でない可能性というものも少しだがあった。まあ、引っ張ればすぐに分かるが」
引っ張る--触るではなくて。
「偽物なら外れるだろ」
「お前、涼雪が何故わざわざ偽物の胸をつける必要があるんだ。俺に丁寧かつわかりやすく説明してみろ」
「この世には、胸パットというものがある。そこにかける女達の情熱をお前は見くびっている」
「そんな事はどうでも良い」
「まあ明燐に確認して貰えて良かったな。例え少ない可能性でもあるなら確認が必要だ」
その言葉に、明睡の顔が更に凶悪なものとなる。
「お前は……確かめるつもりだったのか? 涼雪の胸を鷲掴みにして引っ張ってみるつもりだったのか?」
「科学には確認が必要だ」
「うるせぇ! なら自分で薬を被って自分の胸を引っ張ってろ! いや、お前、さっき自分の薬は最高とか豪語していたくせに、自分の薬の効果を疑うのかよっ」
「最高とかは思っていない。そこまで自分に酔えない」
「酔うよりなお悪いわっ!」
明睡の怒声は、大地さえ揺るがした。
とりあえず、今回の件での被害者。
成長剤の被害者--涼雪。
豊胸剤の被害者--少女達二十数名。
豊胸剤の効果が無かった者--果竪。
「むしろ二十数名にも効果をもたらしているのに果竪には駄目だったのか」
「あんたは一言多いのよ」
現場に居たのに影響を受けなかった者--小梅、葵花。
中でも、二十代後半から三十手前の年齢になってしまった涼雪は、どう見ても大神の女性だった。十六歳の明睡からすれば、ずっとずっと年上の女性。それこそ、年齢差が大きすぎるが。
「いや、問題ない」
「何がよ」
明睡の断言に鋭く突っ込みながら、茨戯はリスト表をめくっていた。成長してしまった涼雪に支給する為の服を探しているのだ。
軍の持ち物は全て、種類、数とチェックされている。服だってどのサイズがどれだけあるか、リスト表を見れば一目瞭然だった。収納場所も完璧に記載されている。
「あ~、とにかく涼雪の身体のサイズを測らないとならないわね」
全体的に大きくなっているので、上から下まで計り直しだろう。
「大きい服を着せれば良いだろ」
「それだと動きにくいでしょうが」
だぶだぶの服など、逆に動きにくくてかなわない。
「なら、目測で測れ、いや見るな」
「どっちよ」
測れと言ったり見るなと言ったり、なんてめんどくさい男だろう。
「とにかく、その毛布を外して」
ドゴォと凄まじい打撃音が響き、茨戯は隣に居る明睡を視た。片足でクレーターを作った男は、美しい笑みを浮かべていたものの、全身から放出する怒気で周囲の空気すらも黒く染め上げていた。
「毛布は外すな」
「それでどうやって正確な値を出せって言うのよ」
「お前は涼雪の身体を見たいのかっ?!」
「身体のサイズを測るのに身体見なくてどこ見るのよ! いい加減にしなさいよ、アンタっ!」
美女が二神、怒鳴り合う姿は彼らの内面を知る者達からすれば「またやってるよ」だが、知らない者達や軍の下の者達になるに連れて「なんて素晴らしい絶景なんだ」となる。
それぞれがそれぞれの反応を示しつつも、ちょっとどころか結構近づけずに遠巻きにする中で。
「茨戯」
明睡はガシッと茨戯の両肩を掴んだ。
「な、何よ」
もの凄く真剣な眼差しを向けられ、流石の茨戯も思わずたじろいだ。というか、その色香に少しクラリと来た。それ程、明睡は視線一つにすら恐ろしいまでの色香に富んでいた。
「お前なら、きっと見なくても触らなくても出来る筈だ」
「は?」
「サイズを測る時はメジャーで測るだろ?」
「そうね、それが一般的」
「そしたら、涼雪の身体に触るだろ?」
「必要以上には触れないわ」
「指一本触れるな、あと見るな」
「明睡」
「毛布の上から測定しろ」
「あほかっ!」
そして再び怒鳴り合う二神に、やはり少し離れた所から見ていた小梅は溜息をついた。
「あれで年上ってどういう事かしら」
「今回ばかりは小梅に同感。でも--」
朱詩はちらりと横に立つ小梅を見た。今回の件で被害を受けなかった彼女は、全くと言って良いほどなんら変わりない姿のまま。
しかしもし、小梅が涼雪の様に大神の女性へと姿を変えていたら。
「襲ってたかもね」
朱詩は小さく呟くと、今回一番被害を受けた涼雪を見る。彼女の成長は恐ろしいものだった。中には--軍の下の者達になると「年増」と彼女を揶揄する者達も居たが。
「とにかく、涼雪が戻るまでの間に必要な物を揃えないとね」
「それを妨害する男が居るんだけど」
「服以外なら出来るでしょ」
「服以外?」
「生理用品とか」
キョトンとした小梅だったが、すぐに顔を真っ赤にした。
「は? あぁ?!」
「身体が大神になったんだから、もしかたら必要になるだろ?」
「だからって、あんた、っ--」
何かを言おうとしたが、結局上手く言葉にならないどころか俯いてしまう小梅に、朱詩は頭の後ろで組んでいた腕を下ろした。
「ま、お子様の小梅には必要無いものだしね」
「っ--」
拳が飛んでくるかと思った。けれどね小梅は何かを言おうとして、やっぱり何も言わなかった。
「……小梅?」
その時、ふと血の臭いを感じた。それは普通の血とは違う、どこか独特な香り--。
「小梅」
「な、何よ」
「見せて」
「は?」
「だから見せろっ言ってんだよ」
違う。
小梅はそんなんじゃない。
小梅は大神なんかじゃない。
「ちょっ! 何するのよっ」
「五月蠅い! 小梅のくせに生意気なんだよ!」
そう言って、小梅の服の裾に手をかけようとした朱詩だったが。
「このセクハラ男! 小梅に何してんのさっ」
修羅に後ろから蹴り飛ばされた。これは修羅が正しいので、誰も助けなかった。
「で、結局小梅は月の物が来たの?」
「来てないです! 百合亜さんは何を言うんですかっ」
どうやら、朱詩の勘違いだったらしい。確かに小梅からはそんな匂いはしなかった。ただし、小梅の近くに居た別の少女はその日が神生初めての月の物だったらしく、たぶんそれが風に混じって彼女の下にまで漂ってきたのだろう。
といっても、そこまで強い匂いではないのだが。
「朱詩は小梅の事に関しては、麻薬探知犬よりも素晴らしい嗅覚をしますからね」
「え? 何それ、恐いし気持ち悪い」
小梅は心底嫌そうな顔をした。まあ、普通はそうだろう。
因みに、結局涼雪のサイズ測りはどうなったかと言うと。
「はい、これ涼雪ちゃんのサイズね」
「か、果竪、いつの間に」
「二神が喧嘩してる間に測ったんだよ」
果竪はサイズを書いた紙を茨戯に手渡した。
「というか、涼雪の身体に触ったのか?!」
「触らないでどうやって測るの! 明睡は涼雪ちゃんに裸で居ろって言うの?!」
そうやって正論で果竪に怒られた明睡は黙った。というか、最も過ぎて反論すら出来ないのは誰が見ても一目瞭然だった。
「そんなに嫌なら明睡が測れば良かったよね」
「お前、何」
「測れば良いよね?」
「すいません」
果竪の表情に、明睡は素直に謝った。
いつもは年相応よりも幼い子供っぽさを持つ果竪だが、ここぞという時に大神な対応をして明睡達を黙らせるその強さは、後に王妃と呼ばれる存在の資質にもなっている事を知る者達は、まだまだこの時には誰も居なかった。