鬼百合と料理
大戦時代、米や小麦は高価な食材だった。
だから、萩波の軍の主食はじゃが芋が多かった。
とはいえ、ずっと芋ばかりでは飽きも来る。
しかしそこは、子供らしい柔軟な頭を使い、美味しく調理して食べて居たのだが。
「小梅が作ると沢山芋が出来るよね」
「ふっ、私の事は『芋の伝道師』と呼んでも良いわよっ」
小梅は芋関係を育てるのが上手だった。いつも豊作となる。だから、小梅はあちこちの村や街で芋を植え込み、後日そこを訪れると大豊作で喜んでお裾分けを沢山貰う事となった。
そんなわけで、軍は芋に関しては余るほど持ち合わせがあった。
「私も『大根の伝道師』って呼ばれるように頑張るね」
果竪は芋はダメダメだが、大根に関しては同じように各地に恵みをもたらしていた。なので、軍は大根にも困らなかった。あと、涼雪が熊肉を調達してくれるので、そちらも問題無し。
とはいえ、それだけではバランスの良い食生活は作れないが、とりあえず今宵の夕食分ぐらいは芋だらけでも全く問題は無かった。
もぐもぐと芋を美味しそうに食べる果竪達。
小梅と涼雪、葵花の他にも年少の子ども達が美味しそうに芋を頬張り、年上の者達が調理を続けている。
そこに居る、古参メンバーやそれに準ずる者達の中でも、能力や才能、容姿共に平均かそれ以下の者達はそれはそれは穏やかな時間を過ごした。
バタバタと何かが走る音が聞こえた。
最初は、他のメンバーかと思った。
他のメンバーといっても、古参メンバーやそれに準ずる者達以外の軍の者達だ。軍に入って浅い者達、また古参メンバーやそれに準ずる者達よりは古くはないが、一応軍の中でも古い者達が用事があってこちらに来たのかと思った。
今回、彼等とは食事を別にしている。といっても、それは差別とかそういうのではなく、単純に単純にここに居る者達よりはずっとずっと仕事を頑張ってくれる彼等に少しでも良い物を食べて貰おうという気持ちからであって、彼等には肉や魚も提供している。
彼等は一緒に食べようと言うが、そうすると彼等の分が少なくなる。いつもは一緒に食べているが、こういう時ぐらいは彼等には思う存分食べて貰いたいという思いからだ。
毎度の事でなければ--と最終的に頷いた彼等の上の面々だが、やはり何処か納得がいかない部分もあったらしい。
後でお菓子をお裾分けに行くからと言ってくれたから、それだろうか。
と、駆け込むようにして入ってきた相手に、それは無いと果竪は思った。
「果竪、ただいま帰りましたわぁっ!」
と、煌びやかな衣装を身に纏い、その豊満で蠱惑的な肢体をこれでもかと見せつける装いとなった明燐は、相変わらず悩ましいまでの色香を放っていた。
彼女はお出かけ組だった。そして、思ったより帰りが早かった。
今日中には帰れないという話もあったぐらいだし。
とにかく、帰ってきたからには「お帰りなさい」と果竪は言った。しかし、明燐はその美しい衣装をものともせず、その場に崩れ落ちた。
「め、明燐?」
「ひ、ひ、ひ」
「明燐?」
明燐がくわっと顔を上げると、涙目で叫んだ。
「酷いですわ! 私達が居ない時にそんな楽しそうなパーティーをしているなんてっ!」
その後、同じように走って帰ってきたお出かけ組の面々--すなわち、古参メンバー、それに準ずる者達の中でも平均以上の才能、能力、そして見目麗しさを持つ者達は同じように崩れ落ちた。
そして泣かれた。
あと、凄く拗ねられた。
「俺達が美味しくも無い料理に囲まれていたってのに」
明睡の言葉に、小梅は思った。
美味しくもない料理って……向こうは最高の豪華料理を出した事だろう。彼等がお出かけした街は、規模も大きめの街で、このご時世の中では豊かな方に入る。
特に、今回萩波の軍の力を借りるという事で、向こうはかなり力を入れた歓迎会を催していた。
そこに、萩波達は招かれ歓迎されたのだ。
ただし、参加者は軍の上の者達ばかりが招かれていた。すなわち、古参メンバーやそれに準ずる者達の中でも、全てが平均以上の者達だ。
だから、同じく古参メンバーやそれに準ずる者達である果竪達はお留守番組である。
まあ、美しい者達を招いた向こうの考えが透けて見える部分もあるが--。
あわよくば--という所もあるだろう。何せ、今回の出席者の中には、美しいものが好きという面々も結構居るとの話だったし。
ただ、そんな出席者達は狐狸顔負けの老獪な者達が多いが、萩波達はそれさえも上回る老獪さを持つ。年齢上は老獪という言葉は似合わないが、実際には言葉や視線一つで彼等を巧みに翻弄する様は、どちらが年上か分かったものではない有様だ。
そうして、この度の歓迎会でもむしろ彼等を逆に翻弄して帰ってきた彼等は、自分達が出たくもない、全く楽しみも何も無い宴から戻って来た。
大仕事を終えて疲れて帰ってきた--いや、実際にはその手の事では疲れては居ないが、とにかく早く居残り組の顔を見たいと思っていた。そして癒やされたいと思っていた。
実際、居残り組は癒やしだった。
というか、とても楽しそうにじゃが芋を頬張っていた。食べ物は歓迎会とは比べるべくもなく貧相だったが、彼等はとても楽しそうに、美味しそうに食べていた。
じゃが芋がご馳走に見えるぐらいだった。
それを見た時、何とも言えない感情に支配された。
結果
お出かけ組は拗ねた。
「じゃが芋食べる?」
「果竪が食べさせてくれないと食べません!」
美しい装いに身を包んだナイスバディーな美少女の拗ねっぷり。見た目はとても愛らしく可愛く、むしろ相手を誘っているようにしか見えないが--その場に居る仲間達からすれば、どちらが年上か分からない。
「葵花、何食べてるのよ」
「……」
やはり美しい女物の衣装に身を包んだ茨戯の笑顔に気圧され、葵花は彼の膝の上に座ってじゃが芋を食べた。途中、茨戯に食べさせる事も要求されたが、葵花は頑張った。
「明睡様も食べますか?」
涼雪は相変わらずおっとりとした様子で明睡にじゃが芋を差し出す。
「……食べる」
涼雪の隣に座り、明睡はもくもくと芋を食べた。芋を食べるだけだが、その姿は凄まじく色っぽく扇情的だった。口の端についた芋のカスを舐めとる姿は、確実に相手を誘っている。しかし、涼雪はにこにこと相変わらずの穏やかな笑みを浮かべながら、自分もじゃが芋を頬張った。
「小梅、それ頂戴」
「は? これあたしの食べかけ」
小梅は食べかけの芋を手にそう答えるが、どこか目の据わった朱詩に芋を強奪された。
「馬鹿! 新しいのはそこにあるでしょうがっ」
「ふんっ」
「もう、あんたってば!」
文句をつけながらも、小梅は諦めたように溜息をつきながら新しい芋を自分の更に盛る。
「あ、ほら、口元についてるし」
朱詩の頬についたじゃが芋のカスを指でとり、それをパクンと口にする。それを見ていた朱詩は--。
「なんで顔が真っ赤なの?」
「う、五月蠅い! 小梅のあまりのアホ面に呆れてるだけだよ」
「誰がアホ面よ」
がつがつと男らしくじゃが芋を食べ進めながら顔を赤くする朱詩に、小梅は喉つまり防止用に水の入ったコップを差し出した。
明燐は果竪の隣で果竪に芋を食べさせて貰って満足したのか、それはそれは満足げな笑みを浮かべている。それさえも色香漂うが、その隣で果竪はもくもくと自分の芋を食べていた。因みに、今は萩波の膝に座っている。果竪は拒否したが、強引に座らされたのだ。
「何よ」
「……」
朱詩は羨ましいと思ったが、小梅にそれを要求するだけの肝っ玉は無かった。あと、自分の体質の事を考えると余りに接触するのはまずい。
「小梅は重いから無理だよね、膝に乗るの」
と、憎まれ口を叩き
「失礼ね、これでも少し痩せたんだから」
と答えられ、絶対に太らせると心に誓った。少しでも太れば、きっと男の目は彼女から離れるだろうから。
「葵花、もっと食べなさい」
「……」
葵花は小食だ。けれど、それでも今回は彼女にしてはよく食べた方だ。しかし茨戯からすれば食の細い養い子が心配でならない。
同じように、果竪もチマチマと食べているが、こちらは葵花に比べれば食べる方だ。今も両頬に頬袋があるのでは?と思ってしまうぐらい、頬を膨らませながら芋を頬張っていた。小動物みたいでとても可愛い。
「それにしても、見事に芋ばかりですね」
百合亜が、やはりその魅力的な肢体を麗しい衣装に身を包みながら困った様に首を傾げた。ただ、視線と目つきが鋭すぎて、凄まじい威圧感が先に醸し出されてはいるが。
顔立ちは美神なのだ。磨き抜かれた輝く宝玉の様に硬質的だが、顔立ちは恐ろしい程に整っているのだ。
修羅はそんな百合亜の腰にひっついている。こちらも、美しい衣装を身に纏い、いつも以上に魅力と色香に富んだ美少女となっている。因みに、衣装は女物のそれだ。
まるで猫の様にゴロゴロと百合亜にくっついていた修羅だが、百合亜の次の言葉でその動きを止めた。
「私が何か料理を作りましょうか」
それは、周囲に居た他のメンバーの動きも止めた。萩波が何かを言おうとしたが、百合亜はその前にさっさと動き出してしまった。
そして美しい衣装を身に纏っているにも関わらず、さっさと食料置き場から魚を手に取って戻って来た。調理場にそれを置くと、百合亜は周囲があたふたしている間に、片手に包丁を構えた。
「僕さ、百合亜に助けられて以来、ずっと百合亜の料理ばかり食べてきたんだ」
「うん」
「でさ、父親達に監禁されてきた時にも、一応食事はさせて貰ってはいたんだ。この完璧な肢体を保つ完璧に計算し尽くされた食事を」
「うん」
「でも、あんな所で食べる料理なんて、味気が無い所かクソまずかった。いや、そんなもんじゃ言い表せないな。無理矢理食べさせられて、繋ぎたくもない命を繋がれていく--一種の拷問の道具だ」
「うん」
「だからさ」
修羅の隣で、朱詩は相づちを打ち続けた。
「僕にとっての食事の全ては百合亜の料理だったんだ。はっきりいって、監禁されていた時に何を食べたかなんて覚えてない。なんかあったって事ぐらい。でも、百合亜のは全部覚えてる。百合亜が僕の為に材料を揃えて頑張って作ってくれた料理さ。百合亜に「美味しい?」て聞かれなくても美味しいって答えたさ。ああ、答えたよ僕は」
「うん」
「でさ、この軍に拾われるまでの僕の食事の大半は百合亜が作ってくれたものだ。街や村の食堂でご飯を食べた事は殆ど無いし、食べたとしても、本当に粗末な代物と呼べるものだった。だから、思わなかったんだ」
「うん」
「この軍に来て、ここの食事を食べて」
修羅は両手で顔を覆った。
「百合亜の食事にすっかりと慣れた僕の口が、正常な味覚に軌道修正されるなんて」
「……うん」
「百合亜の料理って、まずかったんだよね」
「……軌道修正されて良かったね。大体味覚ってある程度で決まるみたいだから」
修羅の味覚は百合亜が作ったと思われがちだが、実は違う。ならば軍かと言うとそれも違う。たぶん、たとえクソまずいと思いつつも、あの監禁生活で、その身体を守る為に食事だけはしっかりとした物を食べさせられていた事から、例え奥底に沈められてもしっかりとした味覚は存在していたのだろう--と萩波は思う。
他の者達もそうだが、美男美女、美少女美少年、男の娘の類いは監禁されていようと奴隷であろうと何だろうと、その身体を守る為に衣食住は保障される。例え、住む場所は地下牢だとしても、食事はしっかりとした物を食べさせられるし、身体に傷つかない様に丁重に扱われる。医者にだってかかれるし、薬も高価な物を使われる。
おかしな副作用なんて出たら壊れてしまうから、そうならないように細心の注意が払われていた。それは全て、美しい玩具を長く楽しみ愛でる為に他ならないが。
ただ、百合亜の料理も修羅にとって全てが良くなかったわけではない。むしろ、修羅の胃袋は百合亜によって強靱な物へと鍛えられた。
「はい、出来ました」
百合亜は大きなお皿を机の上に置いた。
そこには、胴体で真っ二つにされた魚の頭をぎっしりと突き刺したパイ生地が乗っていた。
「……」
誰もが何も言えなかった。
「魚もとった方が良いと思います。特に私達は成長期ですし」
成長が強制的に止められてしまいそうな料理だった。
「しかも、なんでパイ生地に赤いソースがかかってるの?」
「トマトを使って作ってみました」
赤いソースの量が多すぎて、まるで魚の惨殺事件現場の様な光景だった。あと、パイ生地自体がぶすぶすと煙を上げて焦げている。この短時間でこんな黒ずみを作れるなんて一体どれだけ火力を上げたのか。
とりあえず、葵花が怯えて泣いた。
「葵花っ?! ちょっ、大丈夫よ! 恐くないからっ」
「今までで一番説得力の無い言葉だよな」
明睡は茨戯の台詞に突っ込みを入れた。
「そういえば、以前は蛇の頭でやったよね、それ」
小梅の言葉に、朱詩が「え?!」と声を上げた。
「やっぱり、朱詩達が留守にしていた時に、珍しく居残り組だった百合亜さんが作ったの」
駆除した蛇を使って作ったのだと。
黒焦げパイ生地から大量に頭を突き出す蛇の頭。
「果竪、泣いたけど」
「泣くだろう普通は!」
「あと、蛇の血も生地に練り込んだみたいだけど、全く色が分からなかった」
「味もだろ」
朱詩は小梅に突っ込みつつ、ぶるりと身体を震わせた。というか、この自分を此程恐怖に追い込めるのは数少ない。百合亜と純粋に武力と神力で戦えば、朱詩が勝つだろう。けれど、百合亜の料理には朱詩は絶対に勝てない。
「切り分けますね」
「待て! それを俺達に食べろとっ?!」
「大丈夫よ、蛇の頭パイに比べればダメージは少ないわ」
あたし達は食べたもん--という小梅と、頷いた一部のメンバー達に、他の面々は勇者だと彼等を讃えた。
「果竪も頑張って食べたのよ」
泣きながら必死に食べたと言う小梅に、明睡達は「それって虐待じゃ」とか思った。とりあえず修羅はとても申し訳なく思った。修羅にとっては百合亜が全てで、百合亜のやる事は全て正しいと思っている節があるが、とりあえず軍での食生活、また他の村や町での食生活を学んでいくうちに、百合亜の料理は非常に個性的かつ、色々な物が残念である事だけは分かった。
百合亜の料理に関してだけは、修羅は素直に周囲の意見を受け入れる。
「果竪、大丈夫ですよ。例え蛇の頭を囓っても、貴方がそれをしたと言うのなら私は受け入れましょう」
「素晴らしいです、萩波。中には魚の目玉も入っているので、残さず食べて下さいね」
諦めて先に切り分けたパイを箸でつついていた仲間の一神が、ぽとりと箸を地面に落した。ぎょろりと大きな目玉が幾つも出てきたのだ。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁあっ!」
遅れての絶叫。
それに驚いたのと、やはりそのパイを目にしてしまった事で幼少組が次々と泣き出す。蛇頭のパイを食べた者達も泣いていた。
「果竪、やめなよ!」
「アンタの努力と根性は認めるけど、ここで散るには早すぎるわ! むしろ散るんじゃないっ」
萩波の膝に抱っこされながら、ちゃっかり百合亜に渡されたパイを前に箸を片手にしたまま食べようかどうしようかと精神的な格闘をする果竪を必死に朱詩と茨戯は止めた。
「果竪……襲いかかる苦難にも立ち向かう姿--流石は私の果竪です!」
カッコ良いとか思っている萩波は止めるよりも褒め称えた。
「んな事言ってる前に止めろよ! っ! 涼雪も食べようとするなっ」
「味はとても良くなりましたよ?」
「味とかそういう問題じゃないから! やめようっ!」
明睡と修羅は涼雪を止めた。
その隣で、小梅がパイを口に入れた。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
朱詩が小梅の後頭部を叩いて吐き出させ、それに怒った小梅と取っ組み合いが始まった。
「明燐も食べようとするなっ」
「お兄様! 涼雪でさえ食べようとするのです! この私が食べられなくてどうするのですか!」
「っ!」
「そこで納得すんじゃないわよ!」
「医食同源」
ぼそりと呟いた忠望に、修羅が「僕はそれを認めない!」と騒ぐ。
そうして、百合亜の手料理から始まった騒動が収まるのはそれからまた暫く後の事だった。
「凪国の郷土料理集が発売されて買ってみたんだが」
「はい」
「凪国では、郷土料理としてこういうものを食べるのか?」
凪国出身の王妃--紅玉は、夫である海国国王の言葉に料理集を見て眉を顰めた。
「……国となる前、軍の時代には良く食べられていたものとは聞きますが」
「そうか」
まあ、あの時代は物資を始め食料に乏しいものがあったが。
「女官長の百合亜様はよく作られていました」
「……そうか」
凪国の上層部が作っていたのなら、郷土料理になるのだろう。何故かそんな納得をした海国国王は、後にその事について凪国の会議で口にし、凪国上層部の面々から本気で怒られることとなる。
そして同じ様な事をして怒られた国王は、実は結構居た。