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大根ティーナ・ハイエンジェル狩り(前編)

 大戦後、果竪が大国の王妃に祭り上げられた時。

 卑しい庶民出身で何の取り柄も旨味もない彼女は王妃に相応しくないと声高に叫ばれた。

 相手があの萩波だった事も不運だった。


 けれど、全く違う考えの者達も少なからず居た。


 果竪こそ、王妃に相応しい--。



 後に、凪国に勝るとも劣らない--いや、次ぐ大国--津国国王となる暎駿はかなり早い段階でそれに気付いていた。



「橋を落して、道をふさいで」



 仲間が攫われた時、一番考慮するのはなるべく傷つけずに取り戻す事だ。けれど、それ以上に考えなければならないのは、いかにして相手を逃がさない事だ。


 特に見目麗しいものが奴隷商神と繋がりのある者達に攫われれば、あっという間に奴隷市場に並び--いや、並ぶ前に顧客に売り飛ばされる。

 自分達の所で少しの間楽しむ--という考えもあるが、最終的には権力と財力のある顧客が強引に買い取るはずだ。


 そして、買い取られる場合も楽しまれる場合も、こちらが分からぬ場所で行われる。見失い取り逃がせば、どこに連れていかれるか分からない。


 だから果竪は逃げ道を塞ぐ方に力を注いだ。


 足止めに涼雪を使い、その間に二つしか無い道を見事に塞ぎきった。そのせいで、残された者達が危険な目に遭う可能性を考慮した上で、彼女はそれを選択したのだ。


 盗賊団は、まさか幼い少女にそんな事をされるとは思わなかっただろう。怯え、泣き叫ぶしかのうのないウジ虫--と彼等は思っていたのだから。



「果竪、お手柄だったみたいだな」

「あ、暎駿さんだ」


 彼女の従姉妹--寿那を苛めてばかりいる暎駿は、本来であれば果竪に「一昨日きやがれ!」と顔に雑巾を叩き付けられてもおかしくは無い。けれど、果竪はそんな事をせずに暎駿に近寄ってきた。


 手に、大根を抱き締めながら。


 暎駿は、とりあえず自分の言いたい事を全て飲み込み、質問した。


「それ、今日の夕飯か?」

「え? 着せ替え用だけど」


 果竪はもう片方の手にブラッシング用のブラシを持っていた。それで大根の髪--大根の葉っぱだけど--をブラッシングするつもりらしい。


「腐るぞ」

「なんで」


 大根が腐るはずが無いと信じる果竪に、生物のなんたるかを教えたいと思う暎駿だが、それで果竪を泣かしたら萩波に殺される。古い知古である萩波は、相手が誰であろうと笑いながら潰せるだけの冷酷さを持っている。

 暎駿もたいがい冷たい男だが、萩波には負ける。


「そういえば、寿那ちゃんは来てないの?」

「あ~~、寝てる」


 何でもかんでも、いつでもどこでも面倒くさがり屋な寿那は、たいていゴロゴロしている事が多かった。今も自分達の拠点のテントの一つで寝ている事だろう。


「今日は一緒にお出かけしようと思ってたのに」

「--どこに」


 果竪と寿那は、萩波と暎駿の軍が行動を共にする時にしか一緒に居られない。それは、果竪が萩波の軍に、寿那が暎駿の軍に所属しているからだ。


 寿那からすれば


「私、萩波の軍で良いよ」


 とか最初の時にのたまったが、周囲が強引に引き留めたのだ。当時は、「よくやったお前ら!」とか山賊のお頭風に仲間達を褒め称えた物だが。


「暎駿、私の事嫌いじゃない」


 暎駿は寿那にそう言われても仕方が無い、けれど言われてしまった一言を思い出して項垂れた。地面に四つん這いになった美女(性別は男だけど)の肩を、果竪もまたしゃがんでポンと優しく叩いた。


「果竪」

「なに?」

「お前、萩波の事好きか? いや、好きだよな?」

「うん、幼馴染みだもん」


 暎駿の問いかけに、果竪は満面の笑みを浮かべて答えた。たぶん、見る者が見れば果竪の方が大神だとのたまった事だろう。


「あのね、寿那ちゃんと大根狩りに行こうと」

「八百屋で買え」


 農家から直接買い付けるのでも良いが、何故狩りに行くのか。大根はそもそも狩るものじゃなくて、穫るものだ。


「なんかね、近くの森の中に『大根ティーナ・ハイエンジェル』っていう新種の大根が」

「幻覚じゃなかったら絶対に近づくな、封鎖しろその森を」

「そんな事したら会えなくなるでしょう!」

「会うのかっ?! お前、さっき狩るとか言っただろっ」

「言葉の綾」

「待て、お願いだから待て」


 果竪は仕方ないから一神で行くと言った。暎駿は萩波軍の誰かを探したが見付からず、結局彼が付いていく事になった。いつもは五月蠅いほど果竪に纏わり付いている奴らの役立たずさに彼は心の中で涙した。




「きっと、翼が生えてるんだよ」

「うん」

「それで髪もふさふさ」

「--うん」

「手足もきょっきり」

「う………ん?」


 果竪はまだ見ぬ『大根ティーナ・ハイエンジェル』を想像してウキウキしていた。暎駿は聞き逃せない単語に果竪の肩をつかんだ。


「待て、今なんか余計なものが付かなかったか?」

「え? もしかして『大根ティーヌ・ハイエンジェル』だったの?」

「『ナ』が『ヌ』にしか変わってないだろ! いや、そんな些細な事じゃなくて」

「些細な事って何! 神の名前を一文字間違えて呼んだら凄く失礼でしょ!」


 果竪に全力で怒られた。暎駿は素直に謝った。


「なあ、あんまり拠点から離れるとまずくないか?」


 現在深い森の中。

 いや、別に危ないとかそういうのは無い。

 暎駿は知らない森の中だろうと山の中だろうと、迷い無く歩く事が出来る。抜群に方向感覚に優れているし、軍を率いてからはこういう所ばかり進んでいた時期もあるから、サバイバル技術と知識もかなり長けていた。


 夜の森や山だって歩く事は出来る。


 では、獣や魔獣との遭遇はどうか?


 暎駿は萩波には劣るものの、神力は質は良好で量も膨大。戦闘技術とセンスにも恵まれており、野生の獣だって仕留めるのは苦にならない。

 必要とあらば、熊だって食料にする。


 だからそちらも問題は無いのだが。


(問題はこいつだ)


 暎駿は前をトコトコ歩く果竪を疲れたように見た。


 一神で行かせたらまずいと仕方なく一緒に来たが、端から見れば二神きり。暎駿の軍の古参メンバー達やそれに準ずる者達なら「ああ、うん」と色々納得してくれるが。


 萩波の軍は


「危ないとか言って、果竪を森の中に連れ込んで何をいかがわしい事をしようとしてんだっ!」


 とか怒りかねない。

 思い切り誤解だし、名誉毀損な侮辱だが、果竪を溺愛している彼等にはそんな言い訳は通用しない。


(……俺達だって、寿那を可愛がっているんだが)


 因みに、暎駿と寿那が一緒に居ると


「お前、また寿那を追いかけ回して苛めてるのか? いい加減にしろよお前」


 という過去の所行を振り返れば至極当然な感想を萩波の軍に抱かれる。暎駿の軍はと言うと。


「頑張れ」


 目をそらし、一言しか無い。しかしそう言う奴らだって--。


「果竪」

「ん?」

「お前さ、萩波とか古参メンバー、それに準ずる者達が好きか?」



 彼等--古参メンバーとそれに準ずる者達の大半が、果竪を苛め続けた。彼女が拾われて数年もの間を。


 それは、今どんなに彼女を溺愛しても消える事のない、『罪』だ。


「うん、大好き」


 なのに、果竪は彼等を好きだと言う。心から、好きなのだと暎駿には分かった。


「……腹が立つ」

「え?」

「果竪にじゃない」


 あれだけの事をしても、この少女に愛されている者達が。


「あ、『大根ティーナ・ハイエンジェル』だ」

「は?」


 暎駿は大根には特に興味は無かった。暎駿の中で大根は単なる一野菜だ。しかし、『大根ティーナ・ハイエンジェル』というものに全く興味がないわけでも無かった。

 好奇心というか、普通とは違う有り得ない者ものに対する興味というものは、『壊れて歪んだ』暎駿でも少なからず持ち合わせていた。

 およそ『感情』というものを失った彼にしては珍しいが、それでもほんの少しだけ好奇心を擽られた。


 あれだ、恐い物見たさだ。


 敢て会いたいわけではないし、会えなければ会えなくても良い。


 しかし、会ったからには--


「……」

「どう!」



 どうもこうも--。

 少し離れた地面に、大根が普通に埋まっていた。


「凄い! あの翼、あのほっそりとした手足、そしてあの悩ましげな顔から滲み出る色香が」

「ちょっと待て」


 暎駿からすれば大根が普通に埋まっていた。

 しかし、果竪からすればその大根は白い衣を身に纏い、そこからほっそりとした手足を見せびらかし、悩ましげな顔とポーズをとっているらしい。


「凄いよね!」


 果竪は両手で握り拳を作って暎駿に同意を求めた。


「どこがだよ」

「っ?! 見えないの?! この距離で見えないっておかしくない?! それか、あまりの美しさに眩しさを覚えて見えないのっ?! 老眼?!」

「誰が老眼だ! まだ成神前だ! むしろお前の頭が大丈夫かっ!」

「大丈夫だから見えてるんでしょうがっ!」


 暎駿という存在は、幾つもある軍の頂点に立つ者達の中でも、間違いなく上から数えた方が早い神物の一神だ。それこそ、ヒエラルキーの上位に位置するだろう。

 そもそも暎駿自身が優秀で、上に立つ才能と能力に溢れている。軍の中では冷静沈着で有能なトップとして実績だって積んでいる。


 敵に回せば恐ろしいとされる者達の一神としても数えられる。


 そんな暎駿を、果竪は躊躇無く怒鳴り返した。


 それだけで大物だろう。


「あ~~、まあ見たからとっとと帰るぞ」

「え?」


 果竪は信じられないとばかりに暎駿を見た。


「ちょっと待って、一緒に来てくれる様にお願いするから」

「果竪」


 暎駿は果竪の両肩に手を置いて、優しい眼差しで彼女を見つめた。


「大根は野菜だ」

「当り前だよ」


 大根は野菜。

 しかしただの野菜ではない。


 世界に誇れる超スーパーアイドルな野菜だ。

 その艶かしく色香滴る白い肢体だけで、老若男女問わず堕ちるぐらいのセクシーさも持ち。


 幾つもの大根激ラブ団体が出来るぐらいの、世界のスーパースターなのだ。


「……」


 熱く語った後、暎駿を置いて大根の所に行く果竪に彼は敗北した。そのノリというかテンションというか、それについていけないとかそういう次元の話では無い。


「あいつは俺とは違う世界を生きているんだな」


 大根は野菜だと認識しつつも、彼女の中では野菜だが別の何か凄い物という認識がある。それを覆せる程のものを暎駿は持っていなかった。

 暎駿は生まれて初めて、今までで初とも言える絶望感と無力感を味わった。


 俺には、いたいけな少女一神救う力を持たないのか。


「暎駿さん、一緒に来てくれるって!」

「もうどうでも良いから抜いて帰るぞ」



 と言って、大根を抜いてそのまま葉っぱの部分を掴んで歩きだそうとすれば。


「持ち方が違う! それは神で言えば、頭を鷲掴みにて歩いているようなものだよ! 紳士がレディーにそういう事しないでしょ!」


 大根のお姫様抱っこを要求された。

 それだけは嫌だと拒めば、果竪がその大根を赤子の様に抱っこする。


 ごめん、でもそれ以上は神として大事な物を失う様な気がしたんだ。


 暎駿は大きな大根を抱っこしたまま先を進む果竪を遠い目で見つめた。


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