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恋文を貰いました~果竪と小梅編~

 ~果竪の場合~


 神々では、成神は二十歳となっているが--地位ある王侯貴族や財のある者達では、十を超えれば婚約、はたまた婚姻を結ぶという事はそう珍しく無い。むしろ、婚約だけならば十以下でも行われる。


 だが、庶民だとて十を超えれば恋バナに花を咲かせ、誰がカッコイイやらカワイイやら、はたまた告白されたやら告白するやら。


 そんな話に花を咲かせるのはある意味当然のことだった。


 そして、告白の手段の一つとして、手紙がある。


 庶民で読み書き出来る者達は大戦時代はまだ少なく、果竪も軍に入ってからようやく読み書きを学び始めた程度だった。


 だから、難しい文章を読むことは困難で、それこそ中に何が書かれているかなんて分からない。


 果竪は、とある大きな街で身なりの良い同年代の少年に手紙を渡された。中に何か書かれているが、全く読めない。


 それは達筆すぎる--と言うものだが、とにかく読めなかった。


 ごく普通に高度な教育を受け、読み書きなんて基本--という少年は、完全に読み違えていた。自分が出来るなら相手も出来る筈。

 庶民の教育レベルを彼は知らなかった。


 そこがまず敗因だった。



 一方、萩波は読み書き計算なんでもござれだった。

 果竪と同じ山の中の村で暮してはいたが、物心ついた頃には読み書きは出来た天才だし、計算だって加減乗算は簡単にこなせていたという。


 果竪は萩波が幾つもの難しい書物を読み理解している事を知っていたから、手紙を片手に彼の下を訪れた。


 そして丁度会議が終わって休憩に入ろうとしていた萩波に、その手紙を差し出した。彼女が萩波に食われる少し前の事である。


「……」


 会議が終わり、本部テントから出て行こうとしていた古参の面々は青ざめた。特に、側に居た明睡、茨戯、朱詩は自分達の主--『王』から滲み出る不穏な空気に後ずさった。


「か、果竪、それ、何、かなぁ」


 修羅が決死の覚悟で果竪に質問した。


「分からない、読めないから」


 そりゃそうだ。

 果竪は現在ようやくひらがなが何とか読み書き出来る--といった所だ。手紙には流れる様な達筆な筆でひらがなも漢字もごちゃ混ぜになっている。


 ひらがなだけ読んでも意味が分からん。


 読める相手に読んで貰う--それは良い手段である。まあ、全部自分でやれ--という考えもあるが、返事が近々欲しいとなれば制限時間が限られている。

 今の果竪のレベルでは、確実にその制限時間を超えてしまう。だから、果竪はそうならない為の手段を選びとった。それは一つの作戦である。


 しかし、書かれている内容をもし果竪が理解出来ていれば、絶対に萩波にだけは見せなかっただろう。そもそも、理解出来ていれば最初から萩波には見せない。


 それは、恋文だった。


 しかも、果竪宛ての。


 これが萩波相手ならば、まだ笑って過ごせた。萩波が恋文を貰う事なんていつもの事だし、腐るほどあった。


 しかし、今回のそれは果竪宛て。


 中身を見てしまった明睡、茨戯、朱詩が素速くその場に居た他の面々にそれを視線で教えた結果、聡い周りの者達は一気に青ざめた。


 どうしてそんなものを持ってきたんだ!!


 いや、中身が読めなかったからだ。


 果竪は悪くない。

 悪くないけど、相手が悪すぎた。

 いや、頼る相手は的確だ。

 それが恋文でなければ。


 萩波が果竪を溺愛している事は知っている。それも、妹に対するような--ではなく、家族愛でも無い。


 異性の恋愛対象者として、萩波は果竪を見ている。


 自分が大切に大切に育て、いつか妻に--と目論んでいる相手に向けられた恋文を読まされる萩波。不憫すぎて涙さえ出てくるが--この男にそもそも不憫という言葉自体が似合わない。不憫な状況にそもそも陥らないし、陥ったとしても自分の力で打破するだろう。


 とりあえず、今自分がどれだけ危険な状態に居るのか全く分かっていない果竪の保護が最優先だと、明睡達及びその場に居た面々は固く心に誓った。


「萩波、それなんて書いてるの?」


 果竪は何か頼まれ事が書いてあるのだと思った。確かに、頼まれ事の一種ではあるが。


「果たし状ですね」

「はた?」


 首を傾げる果竪に、萩波は柔らかく笑った。


「いえ、何でも魔獣の被害で困っているので助けて欲しいと。ああ、私宛のものだったそうです」


 萩波は流れる様にぺらぺらと偽りの言葉を口にした。


「私はこの件を解決しに行きますので、果竪はここでお留守番していて下さいね--明睡、茨戯、朱詩」


「「「は、はい」」」


「しっかりと果竪の面倒を見るように」


「「「分かりました」」」


 否やは最初から彼等の中には無いが、それでも否やなんぞ言わせない静かな口調に明睡達は青ざめたまま頷いたのだった。




「果竪、いい? 知らない神から物を貰っちゃ駄目だって言ってるでしょ?」

「食べ物は貰ってないよ」

「食べ物以外もよ」


 果竪の趣味は大根だ。

 けれど、葵花の髪をいじるのも好きで、果竪は葵花の髪をブラッシングしながら茨戯の言葉を聞いていた。


「金品も駄目だし、手紙の類いもアウトよ」

「手紙は私、読めないもんね」

「--読めても駄目」


 むしろ読めなくて良かっただろう--今回は。


「……」

「ああ、別に果竪に対して怒ってるわけじゃないのよ」


 無言だが、恐る恐ると言った様子で茨戯を見る葵花に、彼は安心させる様に微笑んだ。


「え? 怒られてなかったの?」

「……アンタ、アタシが怒ったらこの程度じゃすまないわよ。あと、理由もなく怒ったりしないわよ」


 むしろ、茨戯は果竪に激甘だと思う。


 朱詩はお菓子の用意をしながら、明睡はお茶の用意をしながら思った。ただ、この二神だって果竪には甘い。


 昔はあれだけいびり倒して苛めていたと言うのに。


「まあでも、今後また同じ事をしたら怒るかもね」

「じゃあ怒られないように貰うね」

「違うでしょ!」


 別な方向に頑張ろうとする果竪に茨戯は呆れかえった。けれど、楽しそうに笑う果竪に、結局茨戯の方が折れてしまう。


(ま、こっちで何とかすれば良いしね)

(そもそも果竪の手に手紙が渡らないようにすれば良い話だ)

(渡そうとする相手を先に排除すれば問題無し)


 そんな事を彼等が思っているなんて、果竪は全く気付かない。


 しかし周囲の頑張りのおかげで、果竪はその後長く恋文を貰う事は無かった--。





「恋文貰った」

「どこの誰よ!」

「神妻に何してんだよっ」

「王妃に恋文渡す馬鹿ってどこのどいつっ?!」




 果竪が王妃になった後は、利用価値も上がったのか、密かに恋文を渡す者達が現れ始め。




「なんか、前より恋文が来るんだけど」



 嫌がらせ?と思うぐらい、とある大事件後--長らく眠り、そして目覚め、記憶を取り戻した後に果竪は幾つもの恋文を貰う事になったのだった。









 ~小梅の場合~



 顔を真っ赤にした少年から小梅は手紙を貰った。これは絶対恋文だろうと思った。

 口で何と言おうとやっぱり嬉しかったけれど、朱詩が宛先間違えてるんじゃないのと五月蠅いから開いてみれば、朱詩宛ての恋文だった。


「あれ? 何それ、僕宛? 超悲惨~」


 朱詩は散々からかい、身構える。けれどいつもの一撃も怒鳴り声も聞こえない。


 防御態勢を解いて小梅に視線を向けた朱詩は


「良いんだ--仕方ない、朱詩の方が誰が見ても魅力的だし」


 泣くのも諦めた--そんな顔を小梅は浮かべていた。





「お前は鬼か!! いや、鬼の申し子だろ!!」


 一部始終を知った修羅が怒り狂った。百合亜も怒りを覚えたが、妹分--いや、弟分のような存在の余りの怒りっぷりに逆に戸惑ってしまった。


「しかも、本当は小梅宛ての恋文だったのをすり替えた?! やり過ぎだろっ」

「五月蠅いな」

「今すぐ本物を小梅に戻してこいっ」

「嫌だね、なんで僕がそんな面倒なことをしなきゃならないんだよ。ごめん被るね」

「この根性悪っ」

「お前もだろ。というか、ここに居る古参メンバー、それに準ずる者達の大半は悪いしひね曲がってるよね」


 それを言われると痛い。能力才能容姿共に平均以上の古参メンバー、それに準ずる者達は総じて性格も根性もひね曲がり歪み壊れていた。


「ってか、朱詩は小梅と付き合う気はないんだろ? その体質のせいでとかうんぬん言う癖に、小梅の新しい出会いすら邪魔するの? 何その傲慢さ加減は」

「あ--?」

「ん? 図星? だよね? 中途半端が一番相手に失礼だって事ぐらい分からないの? 付き合う気も結婚する気もないのに、小梅を振り回してさ! 小梅は君の玩具じゃないんだよ?」


 修羅がせせら笑えば、朱詩がガタンと椅子を蹴倒して立ち上がった。


「朱詩、やめろ」


 隣に座っていた明睡が抑えるが、遅かった。朱詩は素速くテーブルを飛び越えると、そのまま向かいに座っていた修羅へと飛びかかった。


「朱詩!」


 慌てて反対側に座っていた茨戯が追いかけるが、既に朱詩と修羅は取っ組み合いをしていた。


「朱詩、修羅、止めなさいっ」


 百合亜が急いで二神を引き離そうとするが、危ないと明睡に引き離される。彼等を中心に、火花が飛び散っており、一瞬遅ければ百合亜は感電していただろう。

 心配する百合亜を羅刹と忠望に任せると、明睡はちらりと上座に居る存在を見た。


 萩波は柔らかな笑みを浮かべたまま、さっさとテーブルの上の書類を安全な場所へと術で移動させていた。こちらに関しては我関せずを通している。


「朱詩、修羅」


 明睡は二神の名を呼んだ。



「お前に何が分かる!」

「君が中途半端の頑固者って事は分かるよ! それも性格が歪んでいる所か腐りきっていて、気になる相手をからかってばかりいて、極めつけは小梅宛ての恋文をすり替えて! このヘタレ最低男! 君なんて男の風上にも置けない愚物じゃないかっ!」

「っ!」

「僕が一番腹が立つのは、その中途半端さ加減だよ! 覚悟を決めて小梅と付き合う気もないくせして、小梅が誰かと付き合う様なチャンスを潰す! そして、小梅に優しくする勇気もないくせして、小梅の周りをちょろちょろしてはからかってばかり! 君は小梅の事が嫌いだよね? そうだよね? でなきゃ、あんな事は普通しないもんっ」

「五月蠅い黙れ!」

「黙らない!」


 朱詩に胸倉を掴まれた修羅は怒鳴り返した。


「お前なんて! 好きな相手と普通に側に居る事が許されているお前に、俺の気持ちが分かるかっ! ずっと、百合亜と一緒に居て、今もずっと一緒に居るお前なんかにっ!」

「努力の結果だよ!」


 修羅は朱詩を蹴飛ばし、ぐるりと自分が上に乗った。


「確かに最初は百合亜が僕を見つけてくれた。何もせず、ただ流されるままに生きてきた僕にとって、それは突然転がり込んできた奇跡だ! そうさ、僕は何の努力もせずに百合亜と出会えた! でも、その後百合亜と共に居る為に僕は努力した! 死に物狂いで努力したよ!」


 そうじゃなきゃ、とっくの昔に引き離されていた--と修羅は叫んだ。


 その通りだ。

 修羅と百合亜は早い段階で引き離される危険性があった。

 修羅は両性具有の中でも希少なタイプであり、しかもその容姿は傾国の美姫--絶世の美少女と称するに相応しい美貌だった。


 顔を隠して居ても、全身から匂い立つ色香は隠しきれず、時折垣間見える部分は一部とはいえ、多くの者達を魅了した--それこそ、老若男女問わず。


 何度も、何度も危ない目に遭ってきたという。


 顔隠しても、全身を隠しても、隠れる様にしていても、必ずどこかから嗅ぎ付けられ見つけられ……その度に百合亜に守られていた修羅。

 それでも、彼自身が努力しなければ、例え百合亜でも守りきれなかっただろう。百合亜は強い。けれど、他の古参メンバーやそれに準ずる者達と比べて極端に強いわけでもなく。

 ただ彼女を強くしていたのは、修羅を守りたいという思いからであった事を、仲間達は痛い程知っている。


 血の繋がりの無い--ましてや、自分よりも美しい相手に嫉妬を抱く事なく、まるで母親の様に、姉の様に、修羅を包み込み守ってきた彼女は正しく修羅にとって特別だった。けれど、百合亜からすれば、ずっと一神だった自分を全身で慕ってくれる修羅は彼女にとってかけがえのない宝だった。


 修羅はずっと百合亜に守られてきた。それは真実だ。


 けれど、修羅だってずっと大切な百合亜を守る為に戦ってきた。知識と技術を身につけ、止める彼女を抑えて自らその手を血で汚した事もあった。


 彼は、とっくの昔に覚悟を決めていた。


 百合亜とずっと一緒に居る。


 その為ならば、どんな事だってすると。


 綺麗なままでは居られなかった。汚い事だって、罪深い事だって時にはしなければならなかった。けれど、それをしなければ百合亜と一緒にいられないのなら、自分はそれを受け入れる。


 修羅はそうやって、覚悟を決めた。


 だからこそ、中途半端でフラフラとして、小梅の周りをちょろちょろするくせして彼女をからかい馬鹿にし傷つける朱詩は気にくわなかった。

 仲間としては命を預けても良いぐらいの信頼を抱きつつ、小梅の事に関しては修羅は朱詩に怒りを覚えていた。腹が立つを通り越して、嫌いだと言い切っても良い。


 どうして大切な相手を大事に出来ないのか。


 離れるなら離れる。

 側に居るなら側に居る。


 朱詩が今のままでは、小梅はいつまでたっても幸せになれない。誰かを好きになる機会すら奪われてしまう。


 それが嫌なら、朱詩は探すべきなのだ。


 探しても見付からないなら見付かるまで探せば良い。もしくは自分の手で生み出せば良い。


 その体質をどうにかする手段を。



 前にそれを口にして、それは理想論だと修羅は笑われた。


 だが、理想で何が悪い。

 夢を抱いて何が悪い。


 絶望と地獄しか無かった修羅が、今こうして一神の神として扱われている。与えられなかった自由を手にしている。普通に生きられている。百合亜と出会い、共に居る事を許されている。


 全て夢--いや、夢すら抱けなかった過去を思えば、修羅は余りにも幸せすぎる夢を現実にしていた。


 自分だって出来たのだ。


 自分よりもずっとずっと能力と才能に富み、頭も良い朱詩が出来ないわけが無い。


 なのに朱詩はそれをしようともせず、小梅を酷い目に遭わせている。


「とにかく、その恋文を小梅に渡せ!」

「嫌だ!」


 取っ組み合いは終わる事なく続いた。

 明睡達でさえ止められなかった。





「なんで、そんな風になってんのよ」

「修羅が悪い」

「んなわけないでしょう! 修羅の方が怪我してんだから、絶対に朱詩が沢山叩いたんでしょう!」


 朱詩と修羅、互いに怪我をして治療される中で、小梅が治療薬を取りにやってきた。そして、忠望が止める間もなく、二神の姿に声を上げたのだった。


「というか、何が原因で喧嘩したのよ」

「……」


 朱詩は無言を貫いた。


「修羅」

「朱詩が頑固なのが悪いんだ」


 朱詩の事は気にくわないが、修羅は喧嘩の理由を口にしなかった。そんな修羅を百合亜は労るように手当てする。


「朱詩」


 朱詩はツンと顔を背けた。


「……全く、顔は可愛いくせしてなんだってそう喧嘩っぱやいのよ」

「可愛いは余計だよ」

「いつも自分は可愛いって言ってるのはどこの誰よ。というか、別に男が可愛くても良いじゃん。男性にだって綺麗とか美しいとか使うんだし」

「それでもヤダ」

「果竪に可愛いって言われた時は喜んでたじゃない」

「果竪は良いの」

「……」


 今度は修羅と小梅で取っ組み合いが始まりそうな雰囲気に、百合亜はオロオロした。


「もう! 本当に中身は可愛くないわね!」


 そう言いながらも、小梅は朱詩をぐいっと引っ張った。


「痛い!」

「怪我してんだから当然でしょうが! ほら、さっさと腕を出すっ」


 強引に腕を出させて、小梅は朱詩の腕に包帯を巻き始めた。


「--怒ってたんじゃなかったの?」

「は? なんで怒るのよ」

「だって……恋文」

「ああ、まあよく考えればあたしはよく朱詩と居るから、あたしに渡せば朱詩に渡るって思ったんじゃない?」


 小梅はあっさりと言った。


「まあ朱詩がモテるのは今更だし、そもそも朱詩のガードが固いから向こうだって一計を案じてくるんだし、そういう神達にとっては近くに居る相手なんて絶好のカモだもの」


 修羅がなんだかとても痛ましそうにこちらを見ている。百合亜もだ。


「どしたの? 修羅、百合亜」

「小梅、絶対に良い神を見つけなよ」

「小梅なら絶対に見付かります」

「ん? ありがとう?」


 小梅は疑問系でお礼を言った。


「小梅に見付かるもんか」

「あら? 言うわね、朱詩」


 小梅は挑む様に笑う。


「このあたしが本気になれば、男の一神や二神軽いもんよ」

「絶対に無理」


 朱詩のきっぱりとした口調に、修羅はわなわなと身体を震わせた。百合亜も思わず眉を顰める。


「無理かどうか、やってみなきゃ分からないじゃない。あたしはやってみて後悔するタイプだから、かなりしぶといわよ。でもまあ--」


 小梅は朱詩の足に包帯を巻きながら小さな声で言った。


「誰にも相手にされなかったら、朱詩に貰ってもらおうかしら--」


 なんてね--。


 小梅は悪戯っ子の様な笑みを浮かべて朱詩を見た。

 が、その朱詩の顔に小梅は言葉を無くした。


「しゅ、朱詩?」


 頬を赤らめ、何処か恥ずかしそうな様子で視線を背ける朱詩はどこからどう見ても乙女--。


「いや、あの」


 小梅は慌てて言い直した。


「あたしが朱詩を貰ってあげる! の方が、自然よね」


 修羅と百合亜の顔から血の気が引いた。心配して救護テントに来た明睡、茨戯も青ざめた。


 忠望だけは、のほほんと事の成行きを見守っていた。


「小梅の」


 朱詩はギリリと歯を噛み締め、真っ赤な顔のままで叫んだ。


「馬鹿! 誰がお前みたいなブスでお転婆で女らしくない奴に貰われるか!」

「なっ!」

「お嫁にもお婿にも行けない! 絶対に小梅なんか誰にも貰ってもらえないんだからっ」

「そこまで言う事ないでしょうがっ! 言っとくけど、あたしだって--」



 そんな感じで、いつもの二神の様子に明睡と茨戯は溜息をついた。



「なんで朱詩はいつもああなんだ」

「小梅に対してだけガキ丸出しよね」

「任務や戦闘の時にはあれだけ冷静沈着に振る舞えるってのに」

「というか、あれだけ朱詩を翻弄する小梅ってある意味悪女よね」

「いや、あれはどう考えても朱詩が悪いだろ。小梅は悪女じゃない」

「まあアタシ達からすればね。ただ、外面の朱詩を崇めている奴らからすれば、朱詩をおかしくする原因として小梅に酷い事をするかもね--あ、やっぱり朱詩のせいか」

「やっぱり小梅に見合い話を進めるか?」

「朱詩に殺されたいならど~ぞ。あと、見合いが成立しても絶対に朱詩が邪魔するわよ。下手したり、小梅の見合い相手全員寝取るんじゃない?」


 そこまで言って、茨戯は両手で顔を覆った。自分の言った事に対してあまりにも……と言った感じだが。


「泣きたいのはこっちだ」


 明睡の言葉に、修羅、百合亜、そして忠望は深く頷いたのだった。




 で、結局恋文はどうなったかと言うと。




 生涯、小梅の手に渡る事は無かったという--ただし、その時の恋文に関してだけだが。


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