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天使と悪魔のゲーム  作者: とっきー
9/18

つきあってたんだよ

 駆け込んだ教室に、担任の姫塚咲の姿はまだなかった。

「あー。間に合ったー!」

 等坂が頭の上から抜けるような声を出すと、教室の前列で、明るい髪色の生徒が顔を上げた。

「おはよう」

 弱々しい鈴鹿実里の声は、心なしかいつもよりガサついているように聞こえた。寒そうにすくめた小さな肩は、保護膜のような明るいベージュのカーディガンで覆われていて、小さな小指と薬指が、指が少し隠れるくらいの丈長の袖を、恥ずかしそうに握って口元を隠している。

「スズー! 寂しかったよー!」

 戒能は等坂にショルダーバックを押し付けて、飛びつくように彼女にハグをした。

「大丈夫だった? お腹でも壊したの?」

 すべすべとした頬に頬ずりをしながら彼女は訊いた。

「そういうんじゃないよ……」

 そう言った声は、気のせいか、少し枯れて聞こえた。くすぐったそうにしながら、鈴鹿も戒能の制服の裾を指先で掴む。

「あれ、スズ、どうしたのそれ?」

 戒能が指差した鈴鹿の右手は、人差し指と小指の付け根にキャラクターものの絆創膏が貼ってあった。猫柄のガーゼの部分に、赤黒く血が滲んでいる。

「これ……これはね……」

 気のせいか、鈴鹿は少し何かを考えているように見えた。

「風邪でお休みしてる時に、よろけて転んじゃって……」

「うそ! 随分複雑にコケたんだね!」

「うん。熱もあったから、ふらふらしちゃってたのかな」

 戒能はふうん、と納得したような、しないような返事をする。

 幸村が手袋を外すと、鈴鹿は、

「あれ? 幸村くんも?」

 と高い声を上げた。

「うわっ……お前、なんか、それ酷そうじゃん……」

 戒能が「うげえ」というリアクションをする。右手の甲が、包帯でぐるぐる巻きになっていることを、幸村は今の今まで忘れていた。

「ああ、ちょっと、猫に引っかかれて……」

 殴った彼女の歯でギザギザに引き裂けた、などと言えるはずもない。

「ずいぶん巨大な猫だったんだね……」

 鈴鹿は少し戸惑うように言った。

「まあ、でも、こいつの怪我なんて、ささいな問題よ!」

 戒能はパンと両手を叩く。

「渚ちゃんが車に跳ねられちゃったっていうから、軽傷だっていうけど、今日の放課後にでもお見舞いに行こうって話してたの。いける?」

「大変……うん。もちろん行くよ」

「そう。よかった」

 そして彼女は、あ、と思い出して付け足した。

「スズがお休みの間にね、ちゃんと『決行』したの。等坂からメールいってた?」

「うん。ちゃんと読んだよ。返信はちょっとできなかったけど」

「そっか。そんなにお腹痛かったんだね……かわいいなあ、もう!」

「だから違うってば……」

「それでね、結局オッケーだったんだけど、そいつが実はすっごい嫌な女で、ウチの国際科の先輩だったの!」

「へーそうなんだ……」

 鈴鹿は少し困ったように、髪と同様に色素の薄い、茶色っぽい眉毛を曲げた。

「でも、よかったね。幸村くん。念願の、ガイジンさんの彼女ができて……」

 彼女ははにかむように笑いかける。それに幸村は、

「うん……ありがと……」

 と、目を逸らしながら、歯切れの悪い返事を返した。

「え、なに……どうしたの?」

 そう訊いた戒能の肩を、等坂が話を切るように掴んで、

「そろそろ先生、来るんじゃないか?」

 と少し大きめの声を出す。

「そうね。席についてくれると嬉しいな」

 クラス委員の宮村 一乃(かずの)がいつも通り、嫌味のない調子でそう言う。

「なんだよ……」

 戒能はスクールバックを等坂から取り返して、いくらか不満そうに席に向かう。その途中で、等坂が耳元で言った。

「わりい。話せてなくてごめんな。あいつらって、中学のとき、ちょっとだけ付き合ってたんだよ」

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