拷問
この話は、若干エロいです。
彼が音もなく出て行くと、グレイスは言った。
「じゃあ、ゲーム開始だね」
「ああそうじゃな」
シャイは唇の先から、ガブリエルにぶつけ損ねた怒りを吐き出すようにふっと息を吐いた。床に転がったサッカーボールは表面を叩かれた水の飛沫ように跳ね上がり、一部は表面の革が裂けて中身の黒いゴムチューブや自動回帰装置の破片を撒き散らしながら、シャイとグレイスをつなぐ一直線上から排除される。彼女は黒いタッセルローファーのかかとをカンカンと鳴らし、まだボールがバウンドする中を進んでグレイスに手を差し出す。その手をグレイスが握り、天使と悪魔は握手を交わす。
グレイスは少し首を傾げて、広いおでこを光輪で輝かせながら宣言する。
「ホイッスルは今鳴ったよ」
止まっていたサッカーボールが、再びコロコロと動き出す。
「では、仕方がない。あのサボり魔……もとい、やる気のない天使の分まで、ワシがルールの説明をしてやろうかのう」
シャイはローファーの爪先でボールの一つを軽く踏み、逆回転をかけて爪先に突っかけて靴の上に乗せると、甲の部分でピタリと静止させる。
「まあ、説明というほどのものでもない。要は、これから悪魔が現れて、貴様らの身近な人間を奪おうとする。それを奪われる前に奪う。貴様らが奪えれば貴様らの勝ち」
彼女は那月と幸村の間に立ち、那月のいる右の方の足にボールをキープする。
「逆に、ワシらが奪えればワシらが勝ちじゃ」
今度は逆に、幸村の立つ左の足にボールを移す。
「そして、どちらも奪えなかった場合−−−−」
彼女はボールを真上に蹴り上げ、那月と幸村のちょうど間の、自分の額で受け止めた。
「すなわち、悪魔に奪われた場合は引き分けじゃ。これがルールじゃ。簡単じゃろ?」
「ちょっと待って」
那月が足と腕を組んで尋ねる。
「奪うっていう言い方の意味がよくわからないわ」
「おお。なかなかいい着眼点じゃな」
シャイは額からボールを滑らせ、小ぶりではあるが、形のいい胸の上で静止させる。
「貴様は悪魔に取り憑かれて死に向かう人間を、悪魔を祓うことで、悪魔の手から『救い出す』ことができる。まあ、これが正攻法というか、貴様らにとっては全うなやり方じゃ。逆に−−−−」
彼女は一度足の甲にボールを落とし、また真上に蹴り上げる。
「逆に、悪魔が奪おうとしている命を、貴様らが奪ってもいい」
落ちてきたボールを彼女は背面で受けた。
「まあ、これは裏通りみたいなやり方じゃから、人間でいたいのであれば、あまりお勧めはせんがね」
那月は、汚いものでも見るような顔をする。
「二つ目はありえない。そうでしょ、幸村くん」
「あ、ああ……」
シャイは「ほれ」というと、幸村の目の前にボールを蹴った。
「おっ……」
彼は反射的に足を出すが、脛の上の方に当たったボールは、明後日の方向に飛んでいく。シャイはひょいとステップを踏み、長い足を伸ばすと、地面にボールを落とすことなく、またリフティングを再開する。トントンと、リズムのいい音が響く。
「まあ、二つ目なんて考えないことじゃ。物理的な打撃で命を奪っても、悪魔の手から奪った事にはならん。チェスの途中で、台座をひっくり返すようなものじゃ。悪魔からちゃんと『奪う』ためには、例えば、悪魔のかける誘惑以上の誘惑をかけた末に、その誘惑によって被害者を追い詰め、自殺やその他の要因で死に至らしめる必要がある。ワシはやろうと思えばできるが、そういうやり方は好かんし、そこの天使にも悪魔にもなれていないグレイスや、貴様ができるものではないよ」
今度は那月にボールを蹴る。彼女はボールを受け取らずに、左に体を傾けて躱す。
「悪魔とじゃれあう気は無いから」
後ろに転がっていったボールは、他のサッカーボールの中に飛び込んで、どれがどれだかわからなくなる。
「なんじゃ、つれないのう……」
シャイは「では、ルールの確認も終わったことじゃし、ワシらは飯でも食いに行こうか」と言って、部屋を出て行く。ボールはランダムに転がっているはずなのに、彼女の足には全く当たらない。幸村は逆に、ボールに足を取られそうになりながら、やや擦り足気味に部屋を出て行く。そして、ちょうどシャイが引き戸に手をかけた時だった。
コンコン、というノックとともに、扉が揺れた。そして、
あのー、ちょっとお伺いしたいことがあるのですが……
と子供の声がした。
「なんじゃ……」
シャイが扉を開けると、頭の上の方で、二つの大きなシュシュを使ってツインテールを作った、小学生くらいの女の子が、校内の見取り図らしき、四つ折りの折り目のついた紙を開いて立っていた。
「なんじゃ貴様?」
琥珀色の瞳で睨まれたその子は、びくりと背筋を反らせると、八重歯を覗かせて言った。
「ここって、聖書研究会で、悩み相談受け付けてるんですよね……?」
「ああ、まあ、そういうことになっとるようじゃが」
シャイは扉の上に貼り付けてある紙切れを見上げる。「聖書研究会」「告解・悩み相談受け付けます」と、確かに書いてある。彼女は振り返ると今更ながら訊いた。
「のう那月。このわけのわからん部活はなんじゃ?」
那月は広大な部室の真ん中の椅子の上で、スカートから伸びた保守的な黒タイツの足を組み替える。
「悪魔に取り憑かれた人間をむやみに探したって時間の無駄でしょ? だから、向こうから相談してくれそうな部活を作ったらどうかな、と思って。部員は私とグレイスと幸村くんとあなた。顧問はガブリエル神父で学校に登録済み」
「勝手なことを……」
で……、と、シャイは再び、部室を訪れた相談者第一号を、百六十センチほどの目線から見下ろす。女の子は、引きずっていたピンクのオールドマップ柄のキャリーケースをガタつかせ、思わず一歩引き下がる。シャイは追い打ちをかけるように言った。
「で……貴様、なんの用かのう? 一応、迷える子羊を助ける系の部活らしいから、話くらいは訊いてやる。偶像を拝んだか? 主の名をみだりに唱えたか? 人でも殺したか? 姦淫でもしたか? 隣人の夫でも欲したか?」
「い、いえ……」
ツインテールの少女は、猫耳のように側頭部に付いた白バラ色のシュシュを震わせて言った。
「その……鈴鹿実里さんと言う方を探しているのですが……。高等部普通科の二年B組のはずなんですが、場所がわからないんです」
「鈴鹿?」
幸村が間の抜けた声をあげる。
「君、スズの知り合い? 親戚?」
彼はシャイの後ろからよいしょと現れ、膝を折って彼女に目線を合わせる。
「知り合いです。ちょっと用事がありまして。ここって、そういう困った人を助けてくれるところなんですよね?」
その子は、少女的な赤黒のギンガムチェックのフレアスカートの裾を不安げに握る。
「うーん。一応、そういうところだとは思うし、僕は部員で、スズとは友達だから、案内できるよ」
「本当ですか!?」
彼女は、甘えるように端が垂れた、二重の目を輝かせる。
「本当じゃ。困った"ヒト"を助ける、というのが、ワシらの部活動じゃからのう……」
シャイは「ヒト」というところに妙に強いアクセントをつけた。
「なんじゃさっきから臭い臭いと思っておったら、蝿がたかっておったのか。のう? 蝿の王よ?」
そう言うと、シャイは少女のツインテールの片方を掴んで持ち上げる。
「痛い! 何するんですか、離してください!」
白いソックスと留めバンド付きの革靴が、白いリノリウムの床を離れてぶらぶらと揺れる。
「シャイ、何するんだ!」
「黙れ! こいつは悪魔じゃ!」
シャイはそのまま上体をぐるりと回し、少女の体を部室の中に放り投げた。彼女の体はサッカーボールを何メートルも跳ね飛ばしながら白く硬い床を打ち、人形のように数センチ弾んで漸く止まる。
「殺される前に白状しろ。ベルゼブブ」
シャイは刃の付いた凶器のように、右手の五指を鷲の鉤爪状に開く。
「……相変らず乱暴ですね。シャイターン」
少女は切れて血が流れ出した唇を、白いブラウスの袖で拭った。
「そうやって初めから素直にしとれば、痛い目に合わずに済んだんじゃ」
「仕方ないじゃないですか。まさか、あなたがこんな善良そうな部活に入っているとは夢にも思わなかったんですから」
シャイは握った拳をパキパキと鳴らす。
「幸村、那月。説明しよう。こいつは『暴食』を司る悪魔、蝿の王じゃ」
「嘘だろ? こんな小さな女の子が?」
「馬鹿者。姿カタチに惑わされるな」
さて……、とシャイは、いつもの通り、少し思わせぶりな間を空けて言う。
「鈴鹿実里と一応面識があるということは、一応、すでに取り憑いてはおるんじゃろうな。では、今ここでこいつを絞って、一点リードしようかのう?」
彼女はスクールバックからガサゴソとガムテープを取り出す。
「那月。ちょっとその椅子を貸せ」
彼女は椅子から那月を立たせると「座れ」と少女に命じ、クッキング番組のテーマ曲を鼻歌で歌いながら、ガムテープで両手両足を椅子の肘掛と足に固定した。
「さて。三分でわかる『天使と悪魔のゲーム』、レッスンツーじゃ」
シャイは電気椅子に固定された囚人のような彼女を見下して言った。
「先ほどワシは、悪魔を祓ったら勝ち、と言うた。では、悪魔を祓う方法とはなんぞや?」
彼女は少女の股の間から見える木製の座枠に、黒革のローファーの足を掛ける。
「それはな。悪魔が迷える子羊に取り憑くこととなった理由を暴いて、その理由を解消し、『取り憑く島』を失わせるとこじゃ。すなわち……」
そして彼女は邪悪に笑う。
「すなわち、ここでそれを力尽くで訊いてしまえばいいわけじゃ」
彼女は楽しくて仕方がない、というように、うひ、うひひ、とこみ上げてくる笑いを必死にこらえる。
「さて、どうしようかの? どうやって拷問しようかのう……」
「ちょ、ちょっと、やめなさいよ……」
見かねた那月が口を挟む。それを叩き落とすように、
「やめる? 貴様、このまま鈴鹿実里がこやつに取り憑かれて苦しめられているのを黙って見ていようと、そう言うのか?」
「そ、そう言うわけじゃないけど……」
「じゃあ黙っとれ」
シャイは少女の上に目を戻す。彼女は健気な目でシャイを睨み返した。
「シャイターン。あなたがどんな悪逆非道の限りを尽くしても無駄です。私の口にはマステマのロックがかかっていて、取り憑く理由は話せないことになっています。それに、私だって七大悪魔の端くれです。多少の痛みや苦しみには耐えてみせます」
怯えたように口元を歪めながらそう言い切った少女の表情は、いじらしく見えた。しかしその絶妙な表情が、シャイの加虐性向をどうしようもないほど刺激してしまったのを、彼女は知らない。シャイはニヤニヤと笑う。
「決めた。これから貴様を、生まれてきた事を後悔するほど……」
少女は唾を飲み込む。
「……後悔するほど、くすぐってやる!」
「は?」
意表を突かれて、彼女は裏返った声をあげた。
「じゃから、くすぐるのじゃよ。こちょこちょっと」
そう言ってシャイは、少女の首の赤く羽の大きな蝶ネクタイを解いて白い床に投げ捨て、袖に真っ赤な血の付いたブラウスのボタンを襟元から順番に外し始めた。
「ちょ、ちょっと、やめてください!」
少女は足をばたつかせるが、ガムテープでぐるぐると椅子に巻かれた足は全く動かない。
「ちゃんちゃらちゃららら ちゃんちゃんちゃん、ちゃんちゃら ちゃららら ちゃんちゃんちゃんちゃん♩」
引き続きクッキング番組の鼻歌に乗せて、未発達な細い鎖骨と、その下の胸骨の継ぎ目の凹凸が現れる。さらにボタンを外していくと、胸が大きく開いて、バージンピンクのチュールフリルがひらひらと揺れるブラジャーカップが姿を表す。シャイの手は緩むことなく、へそから下腹部にかけて柔肌を露出させ、フレアスカートに巻き込ませたブラウスの裾を引っ張り出して最後のボタンを外し、ブラウスの全面をジャケットのように全て開け、少女の肩を守っていたその白く薄い布をずり下ろした。
「なかなかいい眺めじゃのう? なあ、幸村」
彼は壁にもたれたまま顔をしかめて、窓の外を見ている。
「まあいい。どうせワシは有史以前からの悪役じゃよ……フルフル、カモンじゃ」
そう言うと、廊下から爪が床を叩く音が聞こえて、あのツノが生えた蹄の犬が駆けてくる。彼女は「おー、よしよし」と犬の頭を撫でると、それを抱き上げ、露出させた少女のへそのあたりにフルフルの口をくっつける。
「あっ……うっ、あっ……」
少し湿った鼻先が素肌に触れると、少女は上ずった声をあげた。
「さあ、フルフル。生娘のヘソの匂いを、思いっきり匂いを嗅ぎまくるのじゃ!」
「うわ……なにそれ……」
那月は不快感を露わにする。
マニアック過ぎる命令に、フルフルはアン! と嬉しそうに吠えると、鼻先をクイクイと動かしながらヘソの穴にこすりつけ、匂いを嗅ぎ始める。
「やだっ……くすぐったい……あれ?」
小刻みに吐き吸いするフルフルの吐息が肌をくすぐり、わずかに付いた粘液が冷たさと温かさを綯い交ぜにしながら、小さな上下運動を繰り返す鼻先と少女の透き通る素肌の摩擦を、滑らかで優しく、悩ましいものに変えていく。
「え、なんか、おかしい……や、やめ、やめれぇ……くす、くすぐったいから……」
少女は体を縮こまらせ、歯をくいしばる。
「さてはて、本当にくすぐったいだけかのう?」
少女は戸惑うように首を振る。その頬は紅潮し始め、いくらか自由の効く膝と股関節を動かして、太ももとその奥の肉をすり合わせる。
「フルフル、どうじゃ、生娘のヘソはいい匂いがするじゃろう?」
フルフルはまた嬉しそうにワンと吠える。
「や、やめれえ……」
「よろしい。では、ラウンドツーじゃ」
シャイはフルフルの鼻を不意にヘソから離す。
「はあ……はぁ……はあぁぁ……」
頬を赤く染めて、チェックのスカートの中で内腿をすり合わせながら苦しそうに息をする少女に、彼女は言った。
「貴様、結構ビンカンなのではないか?」
その一言で正気に戻った少女は、思い出したように、再び彼女を睨み上げる。
「卑怯者!」
「じゃから、何を分かりきったことを言っとるのじゃ。ワシは有史以前からの悪役じゃと言っておろうに?」
「人でなし、悪魔!」
「悪魔に悪魔って言っても意味ないじゃろ。てか貴様も悪魔じゃろ」
「うう……」
少女は力なくうなだれる。
その気の抜けた一瞬の隙を突いて、シャイは再びフルフルの口をヘソにくっつけた。
「ひゃいっ!?」
電気を流されたような少女の反応に、シャイは満足気に長い犬歯をむき出して笑い、乗りに乗った声で叫んだ。
「さあフルフル! このいい感じに汗ばんだ白魚のようなエロ肌を思う存分舐めまわせ!」
「いやあ!」
従順なフルフルはよだれを垂れ流しながら少女のヘソを舐め上げる。
「あぁ……ひゃ、ひゃやぁ……、あひゃ、あう、あうっ、あぅ、ああ!」
ひと舐め毎に、少女は吠えるような喘ぎを漏らす。
「これこれ。そうがっつくな。よく味わってやれ」
そう言われたフルフルは、一旦口を閉じ、舌を口内でぐちょぐちょと動かしてそれに涎をたっぷりまとわせる。その生き物は上顎と下顎の間に粘っこい体液の糸を引かせながら口を開けると、媚薬性の潤滑剤のようにヌメる唾液に塗れた舌を長く伸ばして、傷もシミもない初物のようなヘソをたっぷりとねぶった。さっきまでの表面を軽くなでるような舐め方から、舌の微妙な凹凸をなでつけるような粘着質なタッチに変わる。
「ひゃうぅぅ……、あ、あ、あ、ぁ、ああ、あぁ、あっ、あぁぁあぁ……うあぁ……」
長いストロークの間に、少女は体を痙攣させ、首筋から頭を震わせながら、生まれたばかりのようなツヤのある唇の端から、粘液の糸を垂らした。頭の両脇から垂れ下がったツインテールの端によだれが付着して、毛先まで気持ちのいい液体に塗れたように、その震える毛先から白い床に滴っていく。
「うひゃぁ……ああ、ひゃうぅぅ……う、おぉ、おぉぉ、ぉおお……」
弛緩した喉が開き、ケダモノじみた声が吐き出される。それは汚らしい声ではあったが、淫らな美しさを伴っていた。
「そうそう。よく味わえよ?」
フルフルは、そうして表皮の脂を刮ぎとるように一通り舐め上げた後、口を閉じ、人間がワインをテイスティングするように、口内で舌をぐちゅぐちゅを動かす。
「やだぁ、そんな、意地悪く味わわないれぇ……」
ろれつが回らなくなった舌で、少女は必死に哀願するが、そんなことはシャイの知った事ではない。
「どうしたロリ娘? そんなにデキ上がっていては、拷問にならないではないか?」
恥ずかしさと快感の余韻で俯いた顔を、シャイは人差し指一本で顎先を持ち上げて、八重歯の浮き出た口元に、自分の唇を押し当てた。
「んふぅ!?」
口を唇で塞いで、シャイは両手を広げ、指先で少女の脇腹を表面にわずかに触れる程度にくすぐる。それは「くすぐる」というよりは、俗に「エンジェルタッチ」と呼ばれる愛撫に近い行為のように見えた。
「ふっ……ふっ、ふっ、ふんン、うふん、うぅ……」
少女は首を左右に振って逃れようとするが、シャイは覆いかぶさるようにして彼女を背もたれに押し付け、体の自由を奪う。彼女の口両端からブラウスの白い襟によだれがたれ落ち、涙がポロリと零れたところで、シャイはようやく唇を離した。
「どれどれ、前戯はこんなもんかのう」
「はわぁぁ……はあぁ……」
少女は苦しさから解放されて、顎を上向かせながら、焦点の定まらない目で空中を見ている。
「では、本番じゃ」
シャイは左右十本の指を機械的にわしゃわしゃと動かすと、子供が子供にするように、ただ無造作に少女のお腹をくすぐった。
「え、ええ、えええ!?」
てっきりまた愛撫による攻撃が来ると思っていた少女は、これまでの一連の仕打ちでむき出しにされた神経を、直に引っ掻き回されるような感覚に悲鳴を上げる。そしてそれはすぐに、息もつかせない絶叫に近い笑い声に変わった。
「わかった、わかった、いう、言うから!」
「言う言う言ってないでとっとと言えばいいじゃろ!」
シャイはそう言いつつも、加虐心に表情を歪ませてくすぐり続ける。少女は気が狂ったように笑いながら必死で息を吸い、力の限り叫んだ。
「øπ‥æ´®†∑∑œåß∂ƒΩ≈ç√∫µß∂ƒ©…∂ƒ∆∆…朙£¢§∞ª˚∆¨øπ!!!」
幸村も那月もシャイも、反射的に耳を塞いだ。少女の喉から発せられたのは、壊れたスピーカーが最大音量でハウリングしたような、もはや言語とは言えないノイズだった。
「なんじゃ、マステマにロックをかけられている、というのは本当じゃったのか」
「うう……」
少女は悔しさと恥ずかしさで泣き始める。
「仕方ないのう……」
シャイは少女の肩に手をかけた。
「離してくれるの?」
少女は涙で潤んだ目でシャイを見上げると、懇願するように言った。
「は? んなわけないじゃろ?」
「え……?」
シャイは少女の背中に手を回すと、パチン、とブラジャーのホックを外した。見かけに寄らず、ボリュームのある胸がふわりと垂れる。
「ちょっと、ちょっと待て!」
幸村と那月は同時に声を上げた。
「なんで? 今のでわかったでしょ? その子、話せないのよ!?」
「そ、そうだよ。もうやめようぜ」
シャイは不思議そうに首を捻る。
「じゃから、情報を聞き出すための拷問は今ので終わりじゃよ。こっから先は純粋なワシの趣味じゃ」
「し、趣味……」
簡単すぎる返答に、那月は言葉を失った。シャイは少女の耳元に口を近づけると、わざと息遣いが耳に届く位置で言った。
「そう。ワシの趣味じゃ。そうすることに理由などないし、そうしないことに理由などない。ワシはこれからこの娘の身体中のありとあらゆるところを、いじって、舐めて、かじって、つまんで、撫でて、失禁して失神するまで苛めまくってやる」
「うっ……あぅっ……」
少女は弛緩した表情を隠すように下を向き、ぎゅっと脚を閉じた。その反応を楽しむようにシャイは唇をいびつに歪める。
「嫌か? 嫌なのか?」
「い、嫌に……決まってるじゃないですか……」
「そうか。ではなぜ蝿に変化して逃げない? 蝿の王よ」
「それは……あんな醜い姿になりたくなかっただけです」
「ほう……なんとも愛狂しい言い訳じゃのう?」
シャイは顔を上げ、自分を睨みつけている那月の方を見た。
「悪魔というのは本当に倒錯した存在じゃ。神を知りながら、神を信じない。嫌と言えば良い、良いと言えば嫌……」
那月は早足でシャイの元に歩み寄ると、彼女の言葉を遮るように、思い切りその頬を打った。
「あなた、悪魔だかなんだか知らないけれどサイテーよ」
彼女はそう言うと、少女の下着のホックを留め直し、手足を固定したガムテープを破いた。
「幸村。興が削がれた。飯じゃ、飯」
壁の時計は昼休みがもう残り少ないことを示していた。広い部屋の中にはただ、びりりびりりと、ガムテープを千切る音が響いている。
シャイは部室を出て行く。幸村は、残って那月と一緒に少女の拘束を解くのを手伝うべきか、シャイと一緒に行くべきか迷ったが、那月に「女の子がこんなになってるとこ、そうジロジロ見るもんじゃないわよ」と叱られて、そそくさとシャイの後を追いかけた。