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天使と悪魔のゲーム  作者: とっきー
10/18

鈴鹿実里

「幸村くん」

 昼休みに、鈴鹿実里は廊下の端で幸村に声をかけた。走ってきた彼女は、色素の薄い、茶色のショートボブの髪を揺らしながら息を切らす。細くて軽い彼女の髪は、決して強くない彼女の吐息にもさらさらと揺れて口元で舞った。

「あ、あれ……」

 彼女はくらりとよろけて、幸村の膝のあたりにつんのめる。それを受け止めた彼は、腕に感じた彼女の体があまりにも軽いことに驚いた。

「ご……ごめん」

 鈴鹿はまだ息を切らして、忙しく肩を揺らしている。その薄い肩から真っ直ぐにぶら下がったような体は、記憶の中よりも少し痩せたように見える。

「スズ、大丈夫か? 具合悪いんじゃないのか?」

 前より頬が痩けたせいか、元から大きかった目がより大きくみえる気がした。

「うん……大丈夫。ちょっと、朝ごはん食べ損ねちゃって……」

 そう言った声は、やはり少し枯れていた。

「お前、体弱いんだからちゃんとしないと。病み上がりなんだろ?」

「うん。ありがとう。気をつけるね」

 そう言い終わると、彼女は息を整えるというより、無理やり飲み込むようにして、

「本当に、よかったね。幸村くん」

 と言った。なんのことを言っているのかは、すぐにわかった。けれども、幸村の頭には、とっさに返す言葉が思い浮かばなかった。

「わたし、本当にそう思ってるから、まだ、ずっと友達でいてね」

「ああ。もちろんだよ」

 鈴鹿の伸ばした手を幸村は少し遅れて握った。久しぶりに触れた彼女の手の平には、彼よりもずっと小さく、彼女が一生懸命燃やしている命の温かさがあった。

「じゃあ、私、ご飯行ってくるから。また後でね」

 少し落ち着いたアーガイルチェックのストッキングの脚が、幸村の視界を切って後ろに抜けていく。(サドル)にリボンの革飾りついた彼女のローファーの茶色いつま先が、彼女にとっては少し段差の大きい階段を一段降りる度に、細いうなじに掛かった薄い髪の毛が揺れる。その後ろ姿を、彼はどう表現したらいいのかわからない、寂しさと悲しさが混じり合った気持ちで見ていた。

「なーに見とれとるんじゃ貴様」

 サディスティックな響きの彼女の声が、上から降ってきた。

「まあ、見とれる気持ちはわからんでもないのう。病弱で健気な元彼女(モトカノ)。中学からの付き合いで、しかも素直でいい子ときとる」

 踊り場の手すりの上に立ったシャイは、からかうように言った。

「そうか。お前の姿は、こういうときには都合よく見えないんだったな」

「そうじゃよ? 便利じゃろ?」

 彼女は本当に意地悪そうに笑うと、両手の指を何かを弄んで蹂躙するようにぐちゃぐちゃと動かして言った。

「それにしても、あの脆弱(フラジャイル)な感じはとてつもなく加虐心(サディスム)を煽るのう。なんというか、儚く、壊れてしまいそうだからこそ、いたぶってねぶって、少しずつひび割れていくその様を見たくなるというか……」

 シャイは階段の中段まで飛び降りる。そこから彼女は幸村を見上げると、自分の髪の毛の毛先を指に絡ませ、引っ張ってみせる。ややツヤのかかった彼女の紫色の髪が、一本一本寄り分けられて、ふわりと宙を泳ぐ。

「あのサラサラの髪もいいのう! 何か汚いものをぶっかけて汚したくなる! ああ、考えただけでゾクゾクしてくるのう!」

「お前、本当に悪趣味だな」

「なんじゃ、嫌か?」

「いや。構わないよ」

 幸村が階段を下り始めると、またシャイは手すりの上に飛び乗る。滑り止めのラバーが巻いてあるとはいえ、不安定な丸い金具の上を、両手をPコートのポケットに突っ込んだまま、器用に歩き始める。

「にしても貴様、別れたらしいが、あの娘じゃ不足だったのか? かなり可愛い部類だと思うが」

「スズとは、いろいろあったんだよ……」

「ふうん……まあ、あまり言いたくなさそうじゃから、無理には訊かんが。清楚というか、内気というか、ワシとはまるで正反対な感じじゃったのう?」

「誰にでも好みの変化ってのはあるだろ」

「ほう……貴様も昔は、ああ言う万人受けしそうな『大和撫子』が好みじゃったのか」

「そういう時期もあったってことだ。それに……」

 幸村はいくらか言い淀む。

「……それに、スズは、なんていうか『嘘カワイイ』んだよ」

「ん? どういう意味じゃ?」

「あいつの可愛さっていうのは、半分くらいは『嘘』ってことだ」

「ふうん……」

 彼女はもっと根掘り葉掘り訊きたそうだったが、幸村は下り始めよりは早足に、かつかつと階段を降りていく。普通科の校舎と、国際科を含む特殊コースの校舎をつなぐ長い渡り廊下を、彼は前に前にと進む。シャイはいくらか諦めたように捨て台詞を吐いた。

「まあ、そのうち、気が向いたら聞かせとくれ。特に、口付け(キス)もしないで性交(セックス)することになった経緯とかな」

「からかうな。怒るぞ」

「はいはい……DV彼氏に、また殴られたらかなわんからのう……」

 シャイはハンズアップするように両手をあげると、

「部室、というのはこの辺じゃったかの?」

 と、Pコートのポケットから取り出したスマートフォンの画面を覗いた。

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