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エトランゼ・ユーリ  作者: 紺乃きつね
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第3章「硝煙のにおい」

死を感じている時、それは最も生を感じている時でもある。

 持ち場に戻った私を待っていたのは、冷たい棺桶のしかし、温かい感触だった。

 此処には熱い砂と、透き通った青い空。それに静かに流れる白い雲だけしかない。

 時間がゆったりと平和に流れる中で、確かに死の存在を感じながら棺桶の中でじっとレーダーを見つめる。市街戦を想定されたこの機体の非力な空調など、この熱砂の中では到底役に立たない。コックピットハッチを開放した状態の機体は何処か無様で、そして何か悲しみを帯びていた。


 私は、何人殺しただろう。殺した人間の顔は知らない。そんな事を時折考える。

 その人間が送ってきた人生も、そして送るであろう人生も。何も私は知りえない。

 私が唯一見るものは、私の放った銃弾に撃たれながら弾け飛ぶ鉄の塊だけだ。そこに強い人の死を感じることはない。しかし、その瞬間に搭乗者は確かに死んでいる。

 鉄の冷たい箱を介してでは直接は感じられない、しかし確かな死がそこにはある。


 私に家族はない。死ぬ時も、そうでなくても私は永遠に独り。

 何の為に生まれてきたのか、それは知らない。それでも何をして死ぬのか、それは分かる。

 私は兵士だ。兵士が殺しに意味を求めてはいけない。それでは戦争にならない。

 我々は道具に過ぎない。云わば殺しの代理人だ。


 私の居場所も存在理由も此処にしか生まれない。死ぬのなら、それはやはり此処なのだ。


 突然雑音に混じった無線に誰かの焦った声が響いたことで、私は意味のない思考を止めた。

 

 「10時方向に多数反応あり。数、およそ20!」


 反射的に開放していたハッチを閉めると砂の被った機体を塹壕の中で滑らせる。

 レーダーには確かに接近してくる点が多数確認できた。

 私はその時感謝していた。戦いの中であれば自分を忘れていられる。

 死ぬか生きるか、この取引は無駄な人生の哲学など考える暇を与えてくれないからだ。

 今、驚くほど自分が冷静なのが分かった。呼吸は荒く、心拍数は高い。しかし、それとは裏腹に何故か気持ちは、心は落ち着いている。

 

 「各機下手に撃つな、有効範囲内まで十分に引き付けろ」

 

 ダニー少尉の声が無線に乗って聞こえると、数回爆発が起こった。砂塵を巻き上げて黒々と煙が立ち込める。衝撃がコックピット内まで伝わり、ぶら下げていたドリンクパックが揺れていた。

 事前に仕掛けた地雷が上手く役に立ったらしい。

 

 「地雷を抜けた、15はいやがるぞ!発砲準備」

 「死なねえぞ、畜生ぉおおおお!」

 「馬鹿野郎、トーチカから出るな!戻れ!」

 

 誰の機体か直ぐに判別が追いつかなかったが、1機トーチカを飛び出して無謀にも敵の群衆の中に突撃していく。

 マシンガンが火を噴き、ミサイルをばら撒き砂塵が次々と上がる。

 その間も無線越しに恐怖に支配された哀れな声が響く。最早、彼は死ぬ事でしか救われない。

 

 「うおおああああああ!!!」


 突撃する機体は無残にもマシンガンの直撃を食らってもなお勢いを緩めることを知らない。

 穴だらけの鉄の塊は慣性で直進を止めない。そこには既に搭乗者の意思は見えなかった。

 人間の制御を離れた寂しい鉄の塊はやがてスピードを緩めて、地形の窪みに嵌り、倒れて漸く止まった。

 機体は倒れると同時に激しく燃え上がり、噴出す黒煙は虚しく天にへと昇っている。


 私は目の前に迫る3機に向かってマシンガンを放つ。今は散った戦友に未練などはなかった。

 その内の2機は直撃を受け火を噴いて吹き飛んだ。しかし、もう1機は此方に発砲を行いながら飛び込んでくる。

 銃弾を受け、塹壕が砂塵を上げる。機体を潜らせておくのが精一杯だった。

 その間にも爆発音や振動が体に直接伝わってくる。頭の中は冷静だが、耳には仲間の無線越しの必死な声や断末魔が混じり響き続けている。


 着弾地点から右に数mほど機体を横に滑らせ、思い切って頭を出す。反応の遅れた敵機は無残にもロケット弾で吹き飛んだもののこちらも左腕に数発の弾を受け、駆動系をやられた。

 着弾の振動は皮肉にも私に生きる実感を与える。煙の噴出す左腕を強制的に切り離し、味方が陣形を形成していた周辺を見渡すと燃え盛る鉄の塊が塹壕に、地表に、多数確認できた。スコープ倍率を変えながら辺りを偵察するものの何処にも生気は感じられない。

  

 モータの駆動音が近付いてくるのが分かった。レーダーが示している3機の識別信号はやはり味方のものではない。


 肩部に搭載したミサイルを放ち牽制する。敵機が弾け飛び、そして燃料タンクに引火してさらに派手に吹き飛ぶ。

 次の瞬間には此方にも弾丸が飛び交い始めた。塹壕の中に身を潜め、オートパイロットに切り替えてから機体を破棄する。ハンディロケットランチャーを手に取り、白兵戦用にと準備をしておいたスモーク用のスイッチを押した。

 1機はマシンガンで穴だらけになりながら、まるで死のワルツを踊るように散ったが、それと同時に放棄した自動制御の機体も敵の弾丸によって機能を停止した。

 

 先程の仕掛けによって辺りは徐々に白い煙が立ち込め始める。私はそれを利用して別のポイントへと移動する。

 敵機体の真横の窪みにへと身を隠し、スモークが晴れるのを待つ。

 振動も、モータの駆動音も聞こえないところを見ると私を仕留めたと思っているのだろうが、しかし油断はできない。


 スモークが晴れると敵機は待機姿勢をとっており、丁度パイロットがコックピットから降りた所のようだった。

 何の躊躇も無く敵機にロケットランチャーを放つ。

 その瞬間に私を見た彼は何かを叫んだが、それが何だったのか私は聞き取れなかった。

 ロケット弾の着弾により、機体の燃料タンクに引火、無残にも全てが吹き飛んだ。パイロットは人形のように宙を舞い、地面に叩きつけられて動かなくなった。


 ロケットランチャーを捨て、辺りを見渡す。やはりそこに生気は感じ取れなかった。

 見渡す限り視界に入ってくるのは無残に転がる鉄の塊と、炎と、そして砂だけった。

 赤々と火があがり、黒煙が空に昇っている。


 私はまた生き残れたようであった。

 これで何度目だろうか。私がいつも目にするのは同じだった。  

 

 そしてまた、私にとって親しみ深い硝煙のにおいだけが此処に漂っているだけなのであった……。


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