皆の気持ち
皆から話しかけられるまで、待った。自分から話すのが怖くて、あとはこの雰囲気が精神的にきつくて、顔がだんだん下がっていく。
「姫華さん」
「!」
急に名前を呼ばれて、あからさまに驚く。何を言われるのだろう。不安に押し潰されそうになる。
「君を困らせてしまうのは、すまないと思う。けど、僕たちの気持ちを聞いてほしい」
部屋に佐々木さんの優しい声が響く。しんと静まりかえっているからなおさらだ。
「僕たちは君に気持ちを告げた。皆、君を女性として見ている。もちろん、姫華さんに男性として見てもらいたいと思っている」
佐々木さんの言葉から先が予想できた。でも、彼が話終わるまでじっと待つ。
「一ヶ月。一ヶ月僕たちを男性として見て、答えを出してほしい。これが僕たちの気持ちだ」
優しいけど、どこか力強く、決意に満ちたような声色だった。私は皆のために、そして自分自身のためにしっかりと考え、答えを出す。
「分かりました。一ヶ月後に皆さんに私の気持ちを伝えます」
「ありがとう。僕たちは姫華さんの気持ちをちゃんと受け止める。たとえそれがどんな答えでも」
佐々木さんの言葉に皆がうなずくのが見える。それを見て、少しほっとする。解決した訳じゃないけど、事が一段落した。
「それじゃあ、今からはいつも通り。よろしく」
「はい」
これから先、一ヶ月は家族としていられない。でも、いつも通り、という言葉で安心する。昨日のような雰囲気から抜け出せたのが、何よりも嬉しい。
お互いの気持ちを確かめあってから数日が過ぎた。何となくだけど、私は前よりも皆と仲良くなれた気がする。心が強い絆で結ばれた気がした。あの日以来、皆とは普段通り会話をし、食事を取り、生活している。
「姫華さん、夕食は何にしますか?」
「そうですね、カレーが食べたいです」
「カレーですか。たまに恋しくなる食べ物ですよね。じゃあ、材料は揃っているので、早速作り始めましょう」
雪川さんに言われて準備を始める。私は野菜を切る担当。雪川さんはスパイス選びをしている。驚いたことに、カレー粉を使わずに、最初から作るらしい。雪川さんらしいと言うかなんと言うか、さすがだと思う。いつか教えてもらおうと思いながら、夕食の準備にかかる。
「思ったよりも早くできましたね。少し寝かしておきましょう」
「はい。そうだ、あの、カレー粉から作るのってどうしたらいいんですか?」
時間が余ったから雪川さんに問ってみる。すると、にこりと笑った。味噌汁の時、私が初めて来たときの顔と同じだ。つられて私まで笑顔になる。そして、色々説明を受けた。たくさんの種類のスパイスを混ぜて、すり鉢ですったら、それをフライパンで焦がさないように炒めて、それから冷やす。想像していたよりも簡単で驚いた。
「すぐできるものなんですね」
「まあ。でも、スパイスの種類の組み合わせを間違えると壊滅的な味になります。私も子供の頃、好奇心で色々試したらそうなりました」
「そうなんですか? やっぱり料理は失敗したほどですよね」
「何、二人で盛り上がってるの?」
声をかけられて私たちは時計を見た。気づけば、時間が大分経っていたみたいで、夕食の時間が目の前に迫っていた。
「シンさん。雪川さんにカレー粉の作り方を教わっていたんです」
「ふーん。それより夕食はまだかかる?」
「もうできていますよ」
シンさんは分かった、と言って席に着いた。シンさんに声をかけられていなかったら、ずっと話していたかもしれない。料理のことになると私も雪川さんも我を忘れて話し込んでしまう。シンさんに感謝しないと、と思った。
「姫華さん、カレーを運んでください」
雪川さんに言われて、食卓にカレーを並べていく。そして、皆が揃い夕食を食べ始める。
「あ、おいしい」
「それは嬉しいです。姫華さんでも簡単においしくできますよ」
「そうよ。姫ちゃん料理上手だもの」
皆とたくさん会話を交わしながら食事をした。すごく楽しくて、あっという間にその時間は過ぎた。でも、やっぱり皆のことは、家族として見てしまう。ちゃんと約束通り、皆との約束を守らないと、そう再確認した。




