誘拐
苦しい、誰か助けて。誰かの声が聞こえる。
「起きろ……おい、起きろ」
「んん……!」
私が目を覚ますと、目の前には灰色の世界が広がっていた。
「やっと起きた」
「ここは……?」
腕と足が動かない。そこで気づいた。私が縛られていることを。でも、どうして。私はあのときの記憶をたどっていく。確か、辺りが暗くなって、ダンスが始まるというときに、誰かに手を引っ張られた。そして、そのまま会場の外まで連れていかれて……何があったんだっけ。
「!」
そうだ、そのまま気を失って目が覚めたらこんなことになっていたんだ。
「てことは、誘拐されたの?」
「なんだ、今頃気づいたのか。それにしても、最初からこうすればよかったな。あんなことしなくても」
この人が言っている、あんなこと、とはおそらく侵入未遂事件のことだと、すぐにわかった。確かにこの方が、安全に、私を捕らえることができるのかもしれない。
「でも、どうして会場に入ってこれたんですか?あそこは警備が厳重だったのに」
「それは、もうすぐわかると思うぜ。まあ、おとなしくしていれば、なにもしねぇよ。お前はただの人質だし、それに」
そこでその人は言葉を切った。そして、一息ついてから言葉を続けた。
「お前はあの人の大切なやつだからな。ひどいことはできねぇよ。あとは、お前のような子供を傷つけたくはないからな」
「子供って……」
子供扱いされると、少しむかつく。すると、その人はなぜか笑いだし、私の頭をポンポンとたたいた。
「どう見たって子供だろ。お前、面白いな。お前を傷つけたくはないから、おとなしくしてろ。とって食いはしないさ」
なんだろう、この人。私を誘拐した悪い人なのに、根っからの悪人には見えない。おかしい、絶対どうかしている。すると、遠くからカツカツという足音らしきものが聞こえた。しかも、近づいてきている。
「やっと目を覚ましましたか」
あれ、この声に聞き覚えが。知っている、とても身近なあの人。でもどうしてあの人がここに。




