打ち勝つ
私は意外にも落ち着いて打ち込めている。自分でも驚くくらいに。
「雪川さん、あと何分ですか?」
打ち込みながら聞く。
「あと十分です」
彼はそう答えた。私は口角を上げずにはいられなかった。もうすでに、半分以上を取り返していたから。最後の追い込みをかける。
「……」
部屋にはキーボードのカタカタという音だけが響く。皆は誰一人しゃべらない。私も集中しようと、周りと意識を切り離す。視界にはパソコン画面しか入ってこない。あとの景色は真っ暗。
「あと、少し」
自分だけの世界にいる感じだ。
あと五分、そう雪川さんの言葉で我に返る。いつの間にかデータがあと一つになっている。
「すごい……」
誰かの呟きが耳にはいる。今、私は危機的状況にあっていた。集中力がもう、持ちそうにない。あと一つだというのに。悔しい、自分の集中力の無さに腹が立ってくる。そんなときだった。
「がんばれ」
その一言が耳にはいる。すると、一気に集中力が戻ってきた。私は追い込みをかけた。そして……
「……取り返した」
場が静まり返る。すると、
「勝った……取り返したぞ!」
「やったー!」
一気に歓声があがる。私はいまだに信じられずにいた。何も考えられない。
「姫華さん、やったんだよ。君が打ち勝ったんだ」
「私が、勝った……はい! 私、やりました!」
佐々木さんに言われてこれが夢ではないことを感じた。そして、皆と一緒に声をあげて喜んでいた。
「姫ちゃん、すごいわ! あんな早打ち見たことないわ。ありがとう、姫ちゃん」
玲音さんは私の両手を握って、そう言った。ただただ嬉しくて他のことは何も考えられない。この時、皆と私との壁が消えた。完全に一つになれた、家族になれた。
このあとは、皆で乾杯をした。久しぶりに彼らの満面の笑顔を見ることができた。私もその日は、久しぶりに心から笑顔でいられた。すべてが解決したわけではないけど、一つの大きな難が去ったことに喜びを感じずにはいられなかった。
「今日は本当にありがとう。君のおかげで何もかもが救われた。ありがとう」
チュッとリップ音がした。
「佐々木さん!?」
「おやすみ」
私のおでこにキスをして彼は行ってしまった。私は一人立ち尽くすしかできなかった。顔を上気させたまま部屋に戻るわけにもいかず、平静を保とうとがんばる。そして、とりあえず落ち着いてから、自分の部屋に戻った。




