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癒しの時間

単純な音楽なのに、好きな人は多い。同じ音を二回ずつ弾くという音楽から、徐々に盛り上がりを見せる。そして、主題、最初のメロディーに戻る。私が初めて弾いたクラシック曲はこれだった。楽譜自体は簡単なのに、そういう曲こそが一番難しかったりする。

「ド、ド、ソ、ソ、ラ、ラ、ソ、ファ、ファ、ミ、ミ、レ、レ、ド」

気づくと、佐々木さんは階名を口ずさんでいた。弾き終わると、心が温かくなったように感じた。

「やっぱりいいな、この曲」

「佐々木さんはこの曲が好きなんですね」

そう言うと、うなずいて話始める。

「小さい頃、母がよく弾いて聴かせてくれて。でも、五歳の時に病気で他界したんだ。それからは聴いていないかな」

「……」

佐々木さんはとても遠い目をしていた。過去を懐かしむような、でもどこか悲しそうな顔。聞こうにも聞けない。辛いことかもしれないし、思い出したくないことかもしれないから。彼は心に闇を抱えている気がする。私に癒すことはできないかもしれない。でも、せめて……

「佐々木さん、聴きたくなったらいつでも言ってください。私、いつでも弾きますから」

私は彼の手をぎゅっと握る。気持ちが伝わったかは分からないけど、彼も手をぎゅっと握り返してくれた。

「ありがとう。じゃあ、もう一回弾いてくれる?」

「もちろんです!」

そして、またきらきら星を弾き始める。私にできることは、小さいことだけど、それで皆の心を癒せるなら何でもしたい。私のピアノで癒されてくれるなら、何度でも。

あれから、三回弾いた。でも、疲れは全くなかった。もう一回、もう一回と佐々木さんに言われるたび、彼がおねだりをするときの子供のようで……不思議な気持ちになっていた。聴いているときは、すごく楽しそうで、私まで癒されてしまうくらいだった。

「何回も弾かせてごめんね。疲れてない?」

「いえ、むしろ疲れがとれた気がします」

本当にそうなっている気がして、不思議に思う。佐々木さんはそんな私の言葉に驚いたが、笑っていた。幸福ってこんな感じなのかな、と思いながら私は佐々木さんと別れた。

部屋に戻る途中、曲がり角を曲がったところで思い切り、人にぶつかった。

「すみません、急いでいたもので。大丈夫ですか?」

「雪川さん、大丈夫ですけど。どうしたんですか?」

「それが……それより、誠一郎さんはどこに?」

なんだか、すごく慌てている様子だった。さっきまで一緒にいたからすぐに答えられた。部屋にいるだろうと伝えると、軽くお礼を言って駆けていった。

「あんなに慌てている雪川さん、始めて見たかも」

彼の慌てように不安を感じずにはいられなかった。とにかく、部屋に戻り、誰かが状況を教えてくれるまで待つことにした。

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