会場入り
ついにこの日がきた。どうにも緊張がとけない。まだパーティーまでは時間があるものの、落ち着かずにそわそわする。社内パーティーにはお偉いさんが参加するから、出し物に力をいれなければならない。それを知ったのは昨日。社内パーティーのためにこんなに練習するのは、いい加減が嫌だからだと思っていた。でも、それだけではなく、お偉いさんが参加するのも理由の一つだと昨日シンさんが言っていた。
「姫華、最後に合わせよう。これ以降は時間がないと思うから」
「はい。そうですね」
時間がないという言葉に緊張度が一気に高まる。平静を装おうとするものの、どうもうまくいかない。とりあえず、ピアノに向かい、最後になるであろう合わせを始める。
「あ、ごめんなさい」
こんなところで間違えるなんて。いつもは間違わないのに。どうしよう、本番前にこんなミス。
「大丈夫。緊張しているだけだから。もう一回」
もう一回した。すると今度は別のところで間違える。何度もやるけどうまくいかず、とうとう時間が来てしまった。
「ごめんなさい。本番では絶対に間違えませんから」
「だめ、そんなんじゃ間違えるよ」
シンさんの言葉に驚く。彼はため息混じりにそう言った。やっぱり私が伴奏はダメだったんだ……
「その考えをやめ」
「シン、そろそろ行くぞ」
シンさんの言葉を遮って城之崎さんが呼びにきた。結局、あのあと話す時間はなく、シンさんの言おうとしていたことを聞けなかった。
そして、あっという間に会場入りの時間になった。パーティー用の衣装に着替えて玲音さんに軽くお化粧をしてもらい、会場に向かった。シンさんとは別行動だったので本当に話す時間がなかった。
「さ、着いたわよ」
「はい」
「大丈夫。いつも通り演奏すれば」
玲音さんにそう言われて心が少しだけ軽くなる。
「いつも通りって……」
「うん、よく練習見ていたから。私だけじゃない。皆、時間があるとこっそり見に行っていたわ」
気がつかなかった。まさか、見に来ていたなんて。練習に集中していたから本当に気づかなかった。でも、心配かけたのかな。こっそり見に来るくらいだし。ここは、心配かけないように
「ありがとうございます! 本番頑張ります」
そう言うと玲音さんはにっこり笑った。心配かけてばかりじゃなくて、たまには喜ばせたい。そう考えると、本番が楽しみになってきた。ポジティブにいこう、そう決めた。
「じゃあ、いきましょう。とりあえず、本番前にシンと話しておいで」
そう言って私の背中を軽く押した。大丈夫、そう伝えないといけないと思った私は気づけばシンさんを探しに向かっていた。




