恐怖
私と月野さんの目の前に現れたのは、数人の人たちだった。黒スーツでサングラスをかけているいかにも怪しい人。
「なんだ、お前たちは」
「いやぁ、ちょっと上の命令で」
そう言いながらニヤニヤしている。驚いたのは月野さんの口調だった。いつものような言葉遣いじゃない。
「この子を渡す気もついていく気もない。悪いが帰ってくれ」
「そうは、いかないんだ!」
と、一人の人が殴りかかってくる。危ない、ととっさに両手で顔を覆う。……あれ、鈍い音がしない。
「いきなり殴ってくるなんて野蛮だな」
指の隙間から覗いてみると、変わらず月野さんは私の前に立っていた。
「月野さん……」
「大丈夫ですよ。これ以上する気なら俺にも考えがある。どうする」
そう言って月野さんは携帯を懐から取り出す。怪しい人たちは舌打ちする。
「覚えてろ!」
と、捨て台詞を吐いてどこかへ言った。緊張が一気にとけた私は体から力が抜け、その場に座りこむ。
「大丈夫ですか? 安心してください。あなたには指一本たりとも触れさせはしませんから」
月野さんのたくましさに安心する。
「そういえば、あの人が殴りかかったときよくかわしましたね」
「ああ、私は護身術を心得ていますから」
護身術。だから音がしなかったのかと納得する。月野さんを見ると、微笑んでいた。
「あなたに格好いい所を見せられてよかったです」
「本当に格好よかったです」
心底思う。あんなに威圧感がある人たちを前に怯むどころか立ち向かえるなんて。すると、携帯の着信音が鳴った。
「すみません、少しいいですか?」
そう言って月野さんは携帯に出る。何やら深刻な話をしているようだ。聞かないほうがいいと思い、その場から離れようとすると少しだけ会話が聞こえてきた。
「あれでいい。ああ、そのまま頼む。じゃあ、また」
「仕事ですか?」
「まあ、新しい案についてでした。すみません、すぐに会社に戻らないといけなくなりました。帰りましょう、送ります」
私は月野さんの車に乗りこむ。車の中では一言もしゃべらず家についた。
「では、また時間があれば話をしましょう」
「はい、今日はありがとうございました」
そう言って月野さんと別れたあと、なんとなく恐怖が襲ってきて、急いで家に戻った。あの事は言わないほうがいいのかもしれない。皆に心配かけてしまうかもしれないから。
「ただいま戻りました」
「姫ちゃんおかえりなさい。楽しかった?」
「はい」
皆、今日のことについて聞いてくる。私はスイーツのことや公園の噴水のことを話す。怪しい人たちのこと以外を。




