ガナル・マントラディシュ・シエンコフ ※服を着たジャイアニズム
深夜---------
「オラァ、休んでねぇで働け!! 死にたくなかったらな!!」
「そんな……メシもまだなんだぞ?!」
「知ったことか!!」
振るわれた皮製の鞭が口答えをした労働者の皮膚に食い込み、痛めつける。痛みに苦しみながら倒れた労働者を踏みつけ、現場責任者は吼えた
「テメェらもこうなりたくなきゃ働け!! さもなくば死ね! ウスノロのグズ共が!! テメェらは馬車馬のごとく働いてりゃいいんだよ!!」
過労死した労働者は数知れず。ここに居る生き残った労働者の皮膚には生々しい傷が数え切れないくらいついている。ここは町長が支配する鉄鋼工場。造っているのは主に武器。ここは死を撒き散らす地獄の釜の底なのである
ようやく今日の仕事が終わる。労働者たちは自分たちに与えられた猫の額ほどの寝床に戻る。ほとんどの労働者の目から光は消えて生気は失われ、最早廃人寸前である
「なぁ……俺たち、ずっとこんななのかな……」
一人の、比較的最近ココに投獄された労働者がボソリと呟く。だがそれに答える人はいない。口を利くことすら億劫なのだ。数時間後にはまたあの地獄が待っている。体力を温存しておきたい、そんな意思が見て取れる。薄暗闇の中、鈍重な空気が漂っていた
「酷いですね……」
声のするほうを見ると見慣れぬ顔が自分の隣に座っていた。いつの間にいたのだろうか。今日もまたどこかから連れさらわれてきた不幸な新人労働者なのだろうか
「酷いなんてモンじゃねぇよ……もうココに放り込まれたが最後、俺たちはここで働くしか選択肢はなくなるんだ。あの町長、ガナル・マントラディシュ・シエンコフがいなくならない限りな……」
「彼はココで何を作っているのです? みんな話す元気すら無いようで……」
「俺も新人なのさ、後数週間もすりゃ俺もああなるんだろうな……何を作ってるかだったか。俺もよく知らねぇんだ」
「やつは、巨大有人起動兵器を作る気だ」
唐突に新人の隣に寝転がっていた男が話し出す。白髪混じりの、かっしりとした屈強な男だ。他の労働者と違ってまだ目に覇気があり、必死に生きようとしている意思が見えた
「起動兵器?」
「この世界の力の源、なんだか知ってるか?」
「確か、紅蓮の霊石だったな?」
「そうだ。ヤツはそれから溢れるエネルギーを動力源とした起動兵器をつくり、この世界の神となる気だ。全てキレイサッパリ滅ぼして、自分で理想の世界を作るんだそうだ」
「そんな……俺たちはいずれ殺されるってことか?!」
「そうだ。遅かれ早かれ皆死ぬだろうな」
「ウソだ……」
がっくりとうなだれる新人。どれだけがんばって待っているのは死。遅いか早いかの違いだ。ココの連中はそれをわかっている。だが圧倒的な暴力の前では屈するしかないのだ
「わかりました、お話いただいてありがとうございます。ではちょっと世界でも救ってきます、今夜はコレにて。あなた方は明日に備えてゆっくりお休みください」
「おい、お前何を……」
「あぁ、明日明後日当たり、何かが起こるかもしれません。楽しみにしていてくださいね?」
ヒュォッ と新人の隣の気配が消えた
「起動兵器『タロス』の完成具合はどうだ?」
「順調に進んでおります。上半身下半身とも完成しており、明日で下半身と上半身のマッチング作業を済ませます。あと数日で全体が完成するでしょう」
「うむ、そのまま進めよ。エネルギーの配管には気をつけておけよ」
「ハッ」
この寂れた町の町長、ガナルは満足そうにふかふかのイスに腰を下ろす。霊石は既に手にある。あとは兵器の完成を待つのみ。懸念事項は些細なものばかり、いざとなればどうとでもできるものばかり。
「新世界を創造するのはわたしだ。古臭い伝承、伝統。くだらん。わたしが全てを書き換える、わたしの理想郷を築き上げるのだ……ハハハハ……ハァーーーーッハッハッハ!」
高笑いをするガナル。ひときわ大きな笑い声を上げた直後、凄まじい地響きが部屋全体を揺らした。舌をしこたま強く噛んでしまい、身もだえするガナル。部屋に部下からの通信魔術の音が入る
ドズゥゥゥゥゥン!!
「んがっ?!」
『大変ですガナル様!!』
「えぇい、なにはほほったといふのは?!」
『れ、霊石が盗まれました!!』
「な………」
「なんだとぉぉぉぉーーーーーーー?!」
ガナルの絶叫が響いた。今度は歓喜ではなく、絶望の絶叫だ。ざまぁ
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町外れの廃墟が立ち並ぶ区画。そこにその人物はいた。今しがたガナルの所から盗んできた霊石を大事そうに懐にしまい、全力で走っている。背格好からして女性だろうか。地面を蹴りだす度に女性特有の部分が主張しているし。
と、乱れた息を整えるため女性は立ち止まった
「ふぅ、ふぅ……ココまで来れば大丈夫ね~……うふふ、コレでこの世界とはオサラバ……」
「あれれぇ~~? おっひさしぶりだねェ~~? 知識の管理者、でぃえぇぇん・らぅぅむぅぅ~~すぁぁ~~ん?」
「わひゃっ?! だ、誰ですか?! 名乗りなさい!!」
突如真っ暗闇から聞こえてきた。あたりに反響する怪しげな声、反響しているので声の発生源がわからない。と、自分のすぐ後ろに気配を感じ振り向く。だがそこには何も無い。
再び正面に顔を向けたとき、眼前に怪しげなフードを被った男が立っていた
「わひっ?! いつのまに?!」
「そういえば名乗っていなかったね。僕は黒野、黒野時継。通りすがりの喫茶店主さ」
男がバサァツとキメ気味にフードを脱ぎ捨てる。そこには月明かりに映える白髪の若い男が立っていた。顔に笑顔を浮かべ、姿勢良く立っている。だがディエンは感じた、スキがまったく見当たらない
「あ、あなた昼間の……」
「ご名答。あ、あの時はお世話になりました。これ、クッキーって言ってお菓子です、お礼をしたくて作りました。どうぞ、プレーン、チョコ、抹茶味が入ってます」
黒野の掌には可愛いラッピングつきのビニール袋。その中には白、黒、緑の3色のクッキーが入っている
「あ、ご丁寧に……ってちっがーーーーーう!!」
「おぉ、意外と大きい声出るんですね。司書の方だからあんまり声でないと思ってました」
「それはどうでもいいんです!!」
自然な動きで間合いを詰められていた。あのまま近づけていたらどうなっていただろうか、恐ろしいものを感じた
「そうですね、とりあえず落ち着かれてはどうでしょうか。ほら、ひっひっふ~、ひっひっふ~……」
「誰が出産時の呼吸法で落ち着けますか!!」
「ちなみに今の呼吸法はラマーズ法という」
「ど・う・で・も・い・い・で・す・っ・て!!」
肩で息をするほど大声でツッコむディエン。そりゃ連続で大声でツッコめば疲れもするだろう。欲しいところに欲しいツッコみが入ったので黒野はご満悦のようだ
「と、まぁ落ち着いたところで本題を」
「私は落ち着けるどころか1週回って疲れてますが」
「その霊石を持ってどこへ行かれるので?」
不遜な笑顔を浮かべながら黒野は銃をディエンに向けていた
「な、なんのことですか……そ、そんな危ないものしまってくださいよ……」
「だから、その懐に入ってるこの世界のエネルギーを司る霊石を持ってどこへ行こうというのですか、って聞いてるんですよ。3つ数えるうちに白状してください、大佐のごとく3分も待てませんよ? 僕は我慢弱い男なので」
ひょうひょうと話してはいるが、内容は『質問に答えろ、さもなくば殺す』といったところか。ディエンは昼間とのギャップに心底驚いていた。言い訳も考える暇もなくカウントは進む
「アージン! ドゥーヴァ! トゥリー………ハイ!」
なぜかロシア式でカウントをとり、キュー! と回答を迫る黒野。突然すぎて処理が追いつかず、あわあわとするしかないディエン
「あ、え、ちょ……」
「はいブッブー! ということでディィィエェェンさんお仕置きデスヨー!」
黒野が空いている手で腰を軽く叩く。と、廃屋の破れた戸からネットが飛び出してきてディエンをがんじがらめにしてしまう。
昼間の黒野の様な感じだ。ただし今度はネットに粘着性の高いものが着いており、もがけばもがくほど絡み付くクモの糸のようなものになっている
「このネット、こっちの世界のイモの一種から煮出した液体をつけたんだ。空気に触れるとネトネトになるからトラップとかにも使えるんだよ。イモはイモで調理すればおいしいしね、一石二鳥だな」
「わぷ……やだぁ口に入った……こんなベトベト……」
今のディエンはネットに絡まり、若干白くにごった液体にまみれ、挙句若干服もはだけてきているので、その、なんとも扇情的な格好になっていた
「ま、なぜか知らないけどムダに扇情的になっちゃったね。誰にやられたの?」
「あなたです!! あ・な・た!!」
「ははは、アナタという人物がいるのかい? ここにはディエンさんと黒野しかいないけれど」
「うにゅああぁぁぁぁぁ!!」
「と、言う間に霊石回収っと」
ネットに絡まったときポケットから零れ落ちたのか、霊石が黒野の足元に転がっていた。黒野はそれを拾い上げ、しげしげと眺める。燃えるような赤色が石の中で淡く発光して、美しい光を放っていた
「さて、第一目標。図らずして達成っと」