炎の世界の書庫 ※図書館などの公共の場所では静かにしましょう
「ただいま戻りました」
「おかえりー、遅かったな」
「えぇ、それなりに収穫はあったので」
夕方というよりはもう夜になりかけの時間。黒野たちはとりあえずソニアの家へ戻ってきていた。これからのことを考えなければならない、それも早急に。いつ町長の手下が追ってくるかわからないからだ。
「まぁメシにするか。クロノの面白い話も聞きたいしな」
「かまいませんよ。今日はそうですね……店のバイトの子の失敗談でもどうでしょうか」
「そいつは楽しみだ!」
「あ、明日は僕達と一緒に出かけませんか?」
「ん? まぁいいけど……大丈夫なのか?」
「大丈夫です。僕がついてますからね。決まりです、明日午後から出かけましょう。あ、夕食後は少し話があります」
夕食が終わり、食後のお茶を飲み終えたところで黒野は昨日の襲撃者達についてソニアに話しておいた。安全のため自分の傍から離れないで欲しいということを伝えると、
「わかった、信頼してるぜ?」
と太陽のように眩しい笑顔でそう答えてくれた。不安などの陰りが一切ない、純真無垢な笑顔。穢させない、絶対に守り抜くと黒野は誓った。
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行間
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「さて、どうしたもんか……」
昨日とはうって変わって晴れた深夜。昨日眺め損ねた月を見ながら黒野は呟いた。ポケットからタバコ型チョコを取り出し、ライターで炙って食べる。ちなみにこのチョコ、中身はおろか箱まで手作りだ。黒野は喫茶店のお土産として販売することを考えていた
と、下から人の気配がした。感覚を研ぎ澄ませる。おそらく一人、誰か屋根を上がってきている
ガタガタ……
黒野の手は自然と懐へ移動する。そして誰かが屋根に上がると同時に懐の中のものと瞬時に取り出す!
ガタッ ヒュバッ
「よいしょっと……ぅえ?! なんなんですかコレ?!」
「やぁ。いい夜だね。涼しい夜長にホットココアでもどうだい?」
屋根の上に上がってきた少女の目の前に温めのホットココアが差し出されていた
「なにしてたんですか?」
「ん? 月を眺めてたよ。こっちの月って青いんだね」
「そうですね……とっても綺麗です」
少女はホットココアを啜り、黒野は相変わらずタバコチョコをポリポリ食べている。しばしの間沈黙が流れる。だが、不思議と気まずさはなく、少女はこの沈黙が心地よいとさえ思っていた
「………これからどうするんですか?」
少女の問いかけに黒野は神妙な顔をしながら答えた
「この世界の中核に近い神官たちに近づけたんだし、とりあえずは彼女らから情報を集めるよ。そんで町長から霊石奪って破壊する」
「霊石を破壊するんですか?! そんなことができるんですか?」
「うん、わからないよ。でも破壊するかどうにかしないとずっと過去の惨劇が繰り返されるだろうね。僕たちの世界に持っていくってのも考えたけど、なんか恐ろしいし」
「そう簡単に壊れてくれますかね…?」
「……全ては明日の情報収集次第だね。方法が無いなんて事はないんだから、まぁ希望的観測だけど。方法が無いなら作るなりしないとね、それに……
ソニアさんも放っておけないし。自分が何をしたわけでもないのに、誰かの安寧のために殺されるなんて不条理あっちゃいけないんだよ……」
屋根に寝転がり黒野は呟いた。タバコチョコはもう1センチほどになっている。
「………黒野さん」
「何?」
「火山灰つきますよ?」
「しまった!」
あわただしく上半身を起こしてバタバタと服に付いた火山灰を払う黒野。それをみて少女は笑ってしまった。カッコいいのか、カッコ悪いのか。彼と過ごす時間が心地いい。このままずっとというのは贅沢だろうか、と少女は思っていた
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行間
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後日昼過ぎ、黒野は神官たちの管理する図書室に閉じこもっていた。永いこの世界の歴史が凝縮された書庫で、黒野はその紡がれてきた物語の片鱗を垣間見る。
彼の周りにはすでに埃っぽい本が山のように積まれている。黒野の隣で少女が詰まれた本を少しずつ元の場所に戻してくれている
「……ふぅ。やっぱりか……」
「何かわかったんですか?」
「うん。ひとつだけ。僕この世界の文字わかんないや」
少女は盛大にずっこけた。
「まぁ薄々気付いてはいたけどね。不思議なもんだよ、言葉はわかるのにね。まぁ助っ人に来てもらおう、そのほうが早いや」
「助っ人?」
「うん。この世界のことがわからないならこの世界の住民に聞けばいいじゃないってコト。レイリさーん」
数列離れた場所で本を立ち読みしていたレイリがこちらに来る。話はズレるが、彼女の凛とした雰囲気はこの図書室にとても似合っていた
「お呼びでしょうか」
「うん。この図書室で一番古い歴史とか神話の本ってどこにあるのかな? それでその本を通訳して欲しいんだ」
「わかりました。といっても私はそれほど図書室について詳しくないのです。私だけでは心もとないので助っ人を呼びます」
「わかりました、お願いします」
レイリが机に置いてあった鈴をチリンチリンと鳴らす。と、どこか近くでドサドサ! とたくさんの重いものが地面に落ちる音がした
「きゃっ?! し、少々お待ちください、今手が離せなくて~……」
どこからか高い声が聞こえてきた。先ほどの音のこともあわせて心配になったのでそちらへ行ってみると、本棚一つが倒れており通路に本の山ができていた
「た、助けてくださ~い……」
本の山の下の方から片手だけが出てきてピョコピョコ動いた。とりあえず掴んで引っ張る黒野。
「わかった、ちょっと痛いだろうけどガマンしてね……せー…のッッ!!」
「あ、ダメ、痛、あぁっ……んっ……!」
「ガマンして、あともうちょっとで全部……」
「「…………」」
……なんだかアブない雰囲気を感じたような気がしたが、そこで少女とレイリは考えるのをやめた。と、ほどなくしてズボボボボと本の山から女性が発掘された。
ボサボサの髪、大きなメガネ、おっとりした雰囲気。優しさが雰囲気から感じ取れる、またしても美人だ。しかも大きい。なにが、とは言わないでおく
「ぷはぁ、助かりました~……取り出そうとしたら引っかかって倒れてきちゃったんです~…」
「大丈夫? どこか痛むところはある?」
「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます~!」
「いえいえ。ところでいつまで手を握ってるのかな?」
黒野が助け出すときに握られた手は、硬く握られたままだった。主にこの女性のせいで
「はわっ、すみません~! つい暖かかったので……」
「いいですよ、これくらい。レイリさん、この方が?」
「はい、彼女はディエン・ルメール・ラウムー。この世界のあらゆる知識の管理者です」
「ディエンです。よろしくお願いしますね~?」
ニコリと彼女は微笑を浮かべた。少女の表情がちょっとむくれていたのは気のせいだろう。ボソリと少女が「大きいだけが正義じゃないですよ…」と小声でぼやいたのを黒野は不本意ながら耳にしていた
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行間
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「ふぅ、こんなものかな……ありがとうディエンさん、助かりました」
「いえいえ~、私にできることであればなんでも~♪」
「そうだ、手伝ってくれた御礼に後でコーヒーでもどうですか?」
「こーひー、ですか~? なんでしょうかそれ?」
「はは、僕が暮らしていた地方での伝統の飲み物です」
「いいですね~、楽しみにしています♪」
倒れた本や出してきた本を片付けた後、黒野たちは小休止に入った。コーヒーを飲みつつ黒野は思案していた。四苦八苦しながら手に入れた本の情報はおおよそレイリが言っていたことと合致していた。とりあえずはやるべきことは決まった。
町長を倒し、霊石を取り戻す。そして……これから行うことについて黒野は少女に一つ二つ質問をする
「ちょっと聞いていい?」
「なんですか?」
「実はね、ゴニョゴニョ…」
「フムフム、そうですね……誰も試みたことがないのでわかりませんが……ヘタをすればバランスが崩れてしまいかねないですよ?」
「古臭い常識や規則、不条理な掟なんて破るためにあるものさ。僕は破界者だからね」
「詭弁です……」
「いいんだよ、僕はそれで。これくらいブッ飛んでるほうが面白いだろ?」