二者択一、取捨選択 ※旅行者を狙う犯罪者に注意されたし
とりあえず二人は町中を歩き回ることにした
が
「人がいない」
「人がいませんね」
町には人っ子一人誰もいなかった。砂塵を含んだ風が空しく吹いている。西部劇とかでよく見るあの草の塊らしきものが風に流されて飛んでいった。
「ほぼゴーストタウンだな。どーしたもんか……」
と
「おや、誰ですかな? 見かけない方ですが」
「「ん?」」
声の聞こえたほうに眼を向けると、そこには恰幅のいい一人の中年男性が立っていた。こちらを見てニコニコ笑っている。
「あなたは?」
「私はこの町の町長です。あなた方は……察するに旅の方ですかな?」
「えぇ、先ほどここに来たばかりなのですが。不躾でなければ聞いても良いでしょうか、どうしたのですか? この町は。随分と活気がないような…」
町長は少し俯く。笑っていた顔が少しだけ曇った
「ここのところ天災続きでしてなぁ……人もすっかりいなくなってしまったのです。どこの町もこんな感じだと聞いております」
「それは……失礼いたしました」
「いえ、滅相もない。よければ私の家でゆっくりしていきませんか? 久しぶり異邦人と話がしたいのですよ」
「僕たちでよければ喜んで」
黒野たちは町長に導かれるまま彼の家へ徒歩を進める。先に立って歩いている町長の口元が怪しく歪んだ
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行間
▲=▲=▲
周りの家とは違いかなり豪勢に作られている町長の家。趣味の悪い金持ちの家テンプレどおりの家だ。二人は客間に通され、豪華な造りの椅子に座るよう促された。町長は同じく豪華な造りのソファーだ。
どっかと豪快にイスに座る町長。促され、黒野と少女もイスに座った。少女はイスが高すぎて足が地面についていない。
執事らしき人物が黒野と少女に近づいてくる。
「お飲み物はいかがいたしましょう?」
「あぁ、おかまいなく。適当でかまいませんよ」
「私も……」
ペコリと頭を下げて下がる執事。数分後、カップ3つとお茶菓子が載った盆を執事が持ってきた。それが机に置かれると、黒野にとって初めての異世界での茶会が始まった
「まぁゆっくりしてください」
「ご好意ありがとうございます」
カップをとり、傾ける黒野。少女も真似をしてカップを傾ける。いい香りが鼻腔をくすぐる。
「この町は前までは鉄鋼業が盛んでしてね。少し前まで町も賑わっていたのですが、災害のせいで仕事もなくなり、ほとんどの人が他の町へ移住したりして寂れてしまいましてね…」
少し俯いて悲しげに話す町長。出会ってから終始浮かべていた笑顔に若干の陰りが出ていた。新天地を目指し町を捨て、次々と出て行く住民。どうにもならない災害の数々、彼の苦痛は計り知れないだろう
「なるほど。そんな状況下であなたはこの町にい続けているのですか。感服します」
「仮にも私は町長ですから」
「なるほどさすがです。そして」
と、黒野が唐突に懐に手をいれ
「罠の用意も周到だ」
一瞬にして拳銃を抜き放ち、天井に向かって大型拳銃をぶっ放す。と、メリメリと天井の板が音を立てて抜け落ち、大柄の人が落ちてきた。先ほどの弾丸が大男の眉間にヒットしていた。空いていたもう片方の手でもう一度懐を探り、黒いサングラスを取り出しつける黒野
「チッ、ばれていたか?!」
「隠してた人がお粗末過ぎるよ。大きいとこう薄い天井じゃこの体格の人だと音が響くし、気配も殺せてない。ドシロウト巻き込んでどうすんのさ。あと、この飲み物にも何か入れたのかな? 香りがちょっとワザとらしかったよ」
町長は座っていた豪奢なソファーからスックと立ち上がり、パチン指を鳴らす。と、ドアからドカドカとやかましく沢山の人が出てきた。全員武装している、格好は昨日の襲撃者と同じだ
「貴様からは魔女の匂いがするぞ!! 者共、捕らえて殺せ!!」
「ん? ヤダなぁ、僕は男だよ。まぁ中世ヨーロッパで行われてた蛮行「魔女狩り」のときには、男さえも魔女狩りの対象になって殺されたりしちゃってたみたいだけどね。根拠も無いのに迷惑な話と思うよ」
「そういうのを言ってるんじゃないような…」
少女がツッコミを入れながらも戦闘体制に入る。黒野は座ったまま片方の腕に銃を構え、もう片方はポケットに突っ込んでいる。少女はいつでも戦える体勢だが、黒野は相変わらず食えない笑顔で余裕の態度をとっている
「本当にお粗末だね。殺すつもりなら相手が戦闘態勢に入る前にけりをつけなきゃ。こうやって」
黒野が立ち上がり、すかさずポケットに突っ込んでいた手を出すと、黒光りする楕円形の物体を持っている。閃光手榴弾、スタングレネード。
「爆ぜろ」
ぽいとゴミを捨てるようなしぐさで町長の前へ放り投げる。光があふれた
パァン!!
「ははは! 逃げるが勝ち!!」
刹那、彼は何のためらいもなく逃げていた。町長たちと同じく意識を失った少女を小脇に抱えて
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行間
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しばらく走り続けること数分。町のはずれの辺りまで黒野は逃げおおせていた。廃家屋が多く、なにやら隠れていそうな雰囲気がプンプンする場所である
「待て、貴様」
彼らの進行方向に、昨日の襲撃者のメンバーがいた。あのできる挑戦者だ。剣は構えておらず、道の真ん中に仁王立ちしている。ここは通さない、という意思が見て取れた。
黒野は無視して通り過ぎようとした。だが彼(?)の背後から現れた影を見て黒野は停止せざるを得なくなる
「っとと?」
「…………」
「ソニアさん?!」
ソニア・インフェルナ・フレイアが彼(?)の後ろに立っていた
「今だ、やれ!」
いるはずのない人物の登場で黒野は動揺、上から降ってきた網で少女ごと一網打尽にされてしまう。
「うわ?! しもた!!」
「お前たち、お運びしろ」
「ハッ!!」
「うーわ、やってもた……」
こうして黒野は網に捕らえられ、狩られたイノシシのような状態で運ばれて行ってしまった
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行間
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数十分後黒野たちはどこかの家の地下室にて、イスに全身を縛りつけられていた。ソニアはいない、あの後すぐさま雲散するようにして消えたのだ。蜃気楼の類だろうか?
おもむろに挑戦者が話し出す
「こんにちは。昨日振りですね」
「うん、昨日ぶり。てか女性だったんだ」
元挑戦者が顔を隠していたフードを取ると、そこには流れるように艶めく黒髪を後ろでひとつまとめにした少女がいた。
年は10代後半だろうか。若干のツリ目に凛々しい雰囲気、出るところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいるスタイルのよさ
「昨日は夜半の夜襲、失礼しました。私はレイリ。レイリナギ・ラルカステル・アイリです」
「現在進行形で無礼だけれどね。黒野 刻継です。以後、お見知りおきを」
軽く会釈をした後、黒野は部屋を見回す。屈強な男が二人、部屋の入り口を押さえ、後はレイリ一人だ。脱出できないこともないが、彼女が黒野たちを捕縛したのには、町長たちの思惑とは違う何か別の意図があるように思えた
とりあえず彼女と話をしようと口を開くと、彼女の方から話しかけてきた
「昨日はすばらしい戦い方でした。どこでああいった訓練を?」
「貴方の知らない場所で、ひっそりと、とだけ言っておきましょうか。……レイリさんも相当な腕でした。また貴女とは手合わせを願いたいものです」
「同感ですね」
ニコリと笑うレイリ。お淑やかであり、だがその表情には確かな強かさが見て取れる。本題に入るのか、少しだけ姿勢を正したレイリ。それを促すように黒野が切り出した
「なぜ僕たちを殺害で無く拘束したのです? 町長の家に出てきた下っ端はあなた方と同じような格好をしていました。内部分裂でもあったのですか?」
「……お話しましょう、事の起こりを……私たちはこの世界の神を崇める神官の集まりです。何百年も前から、私たちの先祖はこの世界の神を崇めていました。その恩恵として私たちは少しだけ魔法が使えます」
「ほぅ。では先ほどの幻覚らしきものも?」
「はい。標的の精神を揺らがせる幻覚を見せる蜃気楼を発生させる魔法です。私の得意技なんですよ?」
「それはうらやましい! 魔法か、僕も使ってみたいものです。あ、続けてどうぞ」
「ありがとうございます。私たち神官の仕事は凄まじい力を持つ霊石の管理にあります。それはこの世界の力を司るもの、この世界そのものといっても過言ではありません。
私たちはそれを神殿の奥底へ隠し、永い間何世代にもわたって管理していました。霊石はすさまじい力を秘めたもの、私たちでも扱いきれません。ですが……いまの町長は違った」
「あの男は元は私たちと同じ神官でした。彼は神殿で霊石を管理していたのですが、少し前にそれを奪取、そして自らが思うままに使い始めたのです。
男は霊石の力を思うがままに振り回し、世界を蹂躙しました。世界のバランスは崩れ、力の流れが暴走し、この世界は最早崩壊寸前です」
と、急にレイリが土下座をする。止めたいが、イスに縛られているので止めようがない
「ちょっと、なにしてるんですか!」
「お願いします! 彼方ほどの腕前なら彼を倒せるかもしれません、私たちに協力してもらいたいのです! お願いします!!」
「あー……そんなこと言われてもねぇ……」
困ったように顎の下をイジる黒野。複雑な表情を浮かべている。昨日殺そうと襲ってきた襲撃者に手を貸して欲しいなどと、虫のいい話にもホドがある。とりあえず話を切り込んでみる黒野
「その霊石ってヤツと昨日の襲撃の関連性はあるのかな?」
「彼女は……神官の血を色濃く告いだ、神官の最上位に位置する『巫女』と呼ばれる者なのです。巫女は強力な世界の力を自由に使えます、その巫女の中でも数百年に一人の確立で凄まじい力を持った巫女が生まれてくる、それが」
「ソニア・インフェルナ・フレイア……ということですか。でもなぜソニアさんを殺害するのですか?」
「巫女と霊石は交わると、この世界の力の暴走が始まり世界が崩壊するといわれているのです。過去にこの世界は一度滅び、再構成されたといわれています、滅びた原因というのが…」
「巫女と霊石が交わった結果、と?」
「幸い、というものおかしな話ですが……ソニアはまだ自分が巫女であるという事に気付いていません。そして霊石と巫女は惹かれあいます、このままでは……」
「町長の手で滅ぼされるか、それとも霊石と巫女が交わって滅ぶか、か。霊石と巫女が交わる前に、滅びの可能性を潰しておきたかったというわけですか」
「もうどちらにしても猶予はほとんどないのです。少し前、この世界にこの世界のものではない物質が大量に降り注いで甚大な被害をもたらしました。これは間違いなく…」
「まぁ、どっちが原因にしろ前兆だろうねぇ…」
ずいぶんときな臭い話になってきた、黒野はこれから起こることを憂いてため息をついた。初っ端から難度がかなり高い。
だが、それすらも楽しく思えてくる。黒野の胸は興奮で満たされていた。立ち上がり、コキコキと肩をならす。どうにか救う手立てを考えなければ
「考えさせてもらうよ。こっちも色々とあるんだ」
「えぇ、いい返事を期待しています……ってあれ?! 拘束が解けてる?!」
「今更だね、結構前から自由だったけど。そういえば、僕が抱えてたあの娘はどこだい? 回答しだいでは君たち全員後悔するくらい苦しんで死ぬことになるけど」
黒野の柔和な笑みが一瞬にして消え、無表情へと変わる。レイリは思わず身震いした、今までこれほどの恐怖を感じたことはない
「大丈夫です、別室で女性の仲間がベッドに寝かせて様子を見ています」
「そうか、安心したよ。それじゃ今日はここでお暇するよ。ひとまず君たちとは協力関係を結ぶ、また明日来るからそのときに詳しい話をしよう。この町の東側の門で昼過ぎに待ってるよ」
黒野の表情に再び柔和な笑みが戻る。それをみてレイリは心底安心してしまった。
「わかりました。では、おやすみなさい」
「お休み。いい夢をみなよ」
部屋の隅においてあった水を勝手に飲みながら黒野は微笑を浮かべた