忌まわしい過去※因縁はいつまでも付き纏う
夜。拠点の屋根の上で黒野はタバコチョコを食んでいた。この世界には夜という概念がないに等しい。確かなものが無いと人は簡単に発狂していく。朝なのか昼なのか夜なのか。幸いにも黒野は時計を持ってきていたので発狂せずにすんでいた。
発狂しない理由はそれだけではないが。と、屋根の下からガタガタと音がする。誰かがここに上がってこようとしているようだ。黒野は気配を殺し、ゆっくりと懐に手を入れる。
「クロノさ……ひゃっ?!」
「こんばんは。曇天の夜長にココアでもいかが?」
屋根の上に上がってきた少女の目の前に湯気を上げるココアが入ったコップが差し出されていた。
「どっから出したんですかこのココア?」
「企業秘密ってヤツだよ。ご都合主義とも言い換えられるけど」
「それ触れちゃいけないことじゃないんですか?」
どこかでこんなやり取りあったな、そんなことを思いながら少女はココアに口をつける。火傷しない絶妙な温度加減と甘すぎない適度な甘みが少女の喉を通る。おいしい。
屋根好きだね、と黒野が言う。それは黒野さんもでしょう?と切り返すと、黒野はおかしそうに笑う。少女も釣られて笑った。
空を眺めながらしばらくココアを味わっていると、唐突に黒野が喋りだした。
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行間
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「僕がどうして人を傷つけるのに躊躇しないか……だったかな?」
いきなり確信に迫る切り出し方だった。口に咥えているタバコチョコが喋るたびピョコピョコ揺れる。なんでも器用にこなせる黒野だが、こういう人の心が絡むと少々不器用なのだろうか
「ここで話すんですか?」
「時間になったら集合場所の倉庫に行こうかと思ったけど、ここに来てくれたからね。それにここのほうがあの娘達に聞かれないだろう?」
「…………」
タバコチョコを指でつまみ、遠く地平線を見つめながら黒野は口を開いた。
「さて……どこから話したもんかな……僕の家……黒野の血筋は遠く昔からずっと世界の裏で暗躍していた。始まりはとある出すぎた支配者の暴挙に耐えられなくなった一人の男かららしいんだけどね」
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行間
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その男はいわば嫌われ者だった。誰もが彼を忌み、誰もが理不尽な事を彼に押し付けるほどには。そして押し付けられたのだ、支配者の暗殺を
その男は支配者を暗殺し無事生還した。そこから男は太陽上る昼の世界から逃げ出し、自分を隠してくれる暗闇の夜の世界へ身を隠した。
支配者の追っ手から逃げ続け、襲い掛かるものを殺し続け、そうしていくうちに男は殺しのプロとして認められるようになっていった。彼の元には莫大な金と裏での名声、そして殺しの仕事が舞い込んでくるようになった。
黒野の名前の始まりだ。闇でしか生きられない、正真正銘のクソ外道。闇で過ごすうち髪の毛は脱色されたように白くなり、太陽の光で病に陥る、まるで吸血鬼のような存在へと成り果てた
「先祖代々この髪色。アルビノっていう遺伝性の皮膚の病気なんだけどね。視力も悪いし、肌も太陽浴びただけで皮膚がんになるほど弱い、だけど僕の家系はそんなもの関係ないんだ。夜に生きているんだから太陽には当たらないし、目は見えずとも耳と感覚だけは異常に研ぎ澄まされるようになった。
生まれついての暗殺者さ、どうすれば一息に殺せるか、どうすれば音も立てず忍び寄れるか、どうすれば任務遂行に都合がいいか。それが遺伝子レベルで僕の脳に刻み込まれてる。そして僕はその血族の末裔、一つの暗殺者の完成系なのさ」
これが彼の白髪の理由。彼の優れた戦闘技術の理由。人々に闇に押し込められ、生きるために殺しに特化した進化をしてきた悲しい一族。黒野は血の湖の真ん中に住まう鬼
「で、でも黒野さんは普通に外に出てたじゃありませんか?」
「いくら社会の闇に生きるものでも日中の外出はしなきゃならないときがある。だから忌まわしいご先祖様はあるものを開発した」
黒野は懐から丸い入れ物を取り出し、少女に見せた。名のある化粧品メーカーの日焼け止めである
「日焼け止めクリームってね、僕のご先祖様が作ったものなんだよ。それを日焼けを嫌う女性の味方、化粧品会社が作り方とか権利やらを莫大な金で買い取って商品化したのさ。今じゃ恩義ってことで大手メーカーから月一で日焼け止めが届くからね」
「…………聞いてもいいですか?」
少女が遠慮がちに黒野に問う
「何かな?」
「その、今もしているんですか? 暗殺というか、殺しは……」
「アハハ、そんなのしてたら喫茶店なんて開いてないよ。今は店が苦しいときとかに要人の軽いボディーガードとか偶に受けるけどね」
それもそうだ。そんな非日常と日常を行き来するなんて、それこそマンガやゲームのような御伽話だろう
「僕の爺さんが殺し屋一族とは考えられないほど真っ直ぐな人でね。父母は僕を立派な暗殺者にしたくて訓練を受けさせてたんだけど、18になったとき
『この子くらいは全うな道に進ませる、暗殺だの殺しだのはやらない事はもうさせん!』
って言ってくれてね。密かに抱いてた僕の夢、喫茶店を開く事に尽力してくれたんだよ。父母とかは必死こいて僕を裏道へ戻そうと考えてるみたいだけど」
「……………」
少女は俯いた。少々喋りすぎただろうか。黒野は思ったが、覆水盆に帰らず。自分の暗い素性を受け止めてもらうしかなくなってしまった。しばらく間をおいて、少女が口を開いた
「誰にだって後ろめたい事はあります。正直私も言いたくない事や隠しておきたい事はありますから。でも、黒野さんは私に打ち明けてくれました、私を信頼してくれてるってことでいいんですよね?」
「…………うん」
「よかった……私は大丈夫です。貴方がどんな過去を背負っていようと、私は貴方の傍にいます。だから、こう……なんて言ったらいいんだろ……」
もじもじしながら目を泳がせる少女。傍から聞けばプロポーズである。その答えに対して黒野は、普段浮かべる笑みとは違う微笑を浮かべた。
「ありがとう」
少しコーヒーの匂いのする大きな手が、少女の頭を優しく撫ぜた。柔らかい感触と暖かな感触。心地よさに思わず少女は目を細めた。このまま撫でられながら寝かしつけられたら数分と持たないだろうな、と思うくらいに心地よかった
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行間
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翌日。相変わらず空を見上げていたルラトの目は、遙か上空から降ってくる巨大な物体を捉えていた
「ウク………来た……」
心なしか、上空を見上げるルラトの目線がきつい。自分と、両親を見殺しにした彼らに思うところがあるのだろうか。黒野は彼女の隣に立ち、その頭を優しく撫でる
「さぁ、復讐の時間だ。おそらく彼らは僕らのことはもう見えてる。誘い込んでツブすよ」
「ウン」
2丁の銃にマガジンを装填し黒野は一人呟いた
「さぁ、Show Time だ」
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上空
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『地上にいるアレはなんだのだ……? イキモノか?』
地上から遙か上空、箱舟の館長である『ブノーサ・マジツ』は呟いた。機械の計算によると既に地上は生き物が生きられる環境にはなっている。だが数百年という短期間で生物が再び発生するわけがない。
『どう思うかね、フライドラン』
箱舟を操縦している操舵手に問いかけるブノーサ。操舵手の名は『タモン・フライドラン』。この世界の人々が空へ旅立つ前に勃発していた大戦時には数々の功績を挙げ、その功績から箱舟に乗る事を許された男だ。タモンは歴戦の戦士らしく答える
『ここからの距離でちらと見ただけではなんともいえません。やはり地上に降りて綿密に調査すべきです。例えアレが生物だとしてもここにいる我々には何も出来ますまい。それは我々も同じですが』
『ふむ、そうだな。整備員を全て起こせ。降下準備を始めよう』
ブノーサが手元のボタンを押すと、どこかの部屋のロックが解除された。箱舟の深部にあるどこかの部屋に置いてある、たくさんの棺が耳障りな音を響かせながらゆっくりと開いた。出てきたのは
『各員、準備でき次第降下し調査を開始せよ。ここに我々の新しい世界を創る! 素晴らしき戦乱の世界を!!』
棺から立ち上がったのは機械人形だった。頭部に位置する部分に、試験管を逆さにしたような、直径30センチほどの細長いガラスがはめ込んである。そのガラス半ばほどに暗視ゴーグルのような眼だし部分があり、底が不気味に発光していた
眠りから覚めた機械兵たちは各々武器を取り上げる。そして箱舟が大気圏に突入し降下地点まで来たとき、機会兵たちは一斉に箱舟から飛び降りていった。
『まずは周辺のサンプルを採取しつつ謎の存在が向かった方向へ動け。過去文明の産物はほとんど残っていないだろうが、気になるものがあれば採取しておく様に』