そして刻(トキ)は動き出す ※柔の拳の人ではない
キバッていくぜ!
「あ、熱いです! 離してください!」
「動くなっての。ちゃんと髪乾かさないと頭が雑菌の温床になるぞ。それに乾燥して痛みやすくなるしな、綺麗な髪なんだからあまりもったいないことはするな」
「うぅぅ…」
少女は今脱衣所にて、ドライヤーで髪を乾かされている。櫛で髪を梳かしながら黒野は理容師になった気分を味わっていた。ちなみに汚れていた少女の服は店の裏手にある洗濯機の中で洗われている。その間少女はダボダボのジャージを着ることとなった。
袖やズボンの丈は先ほどのガウンと同じように安全ピンなどで留めており、ギリギリ少女でも着られるものにはなっていた。なにからなにまで細やかな男である
「よし、乾燥終わり。店のカウンター席のほうでちょっと待ってて」
「わかりました」
脱衣所から消える黒野。流れに流されてここまで来たが、彼の真意は掴めない。猫のような気まぐれさの中に得体の知れないものが見え隠れする。
彼に渡されたスタンガンは脱衣所の籠の上においてある。一応、スタンガンをジャージのポケットに忍ばせて少女は脱衣所を出た
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行間
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少女が店のカウンター席へ来ると、黒野はなにやら調理をしていた。なにやらいい匂いが漂ってきている。甘いいい匂いだ、自然と涎が出てくる
「さぁ、できたよ」
「え?」
ちゃんと頭と体を洗い、清潔になった少女の前にフレンチトーストとオレンジジュースが出された。途端、少女の腹から響く虫の声
「フフ、………食べなよ」
「え?」
「食べなよ、って言ったんだ。店長の気まぐれサービスだ、返品は受け付けないよ」
厚切りのパンになにやらクリームを塗りながら、柔和な微笑を浮かべて黒野は言う。暖かい、粋な気遣いだ。だが初対面ということもあって少女は躊躇している。
「で、でも…」
「食べないとミキサーで液化させた後、ろうとで口に無理やり流し込むよ」
「こ、この外道! ロリコン! 不能にしますよ?! 自分で食べられます!」
「僕はロリコンじゃないよ、まいったね。ちなみにロリコンとペドフィリアは混同されやすいけど厳密に言えば違うといえるんだ、どこが違うというとだな…」
黒野が余計な知識を披露しようとするので、ごまかすように少女が急いでフレンチトーストをほお張る。出来立てなのでまだかなり熱が残っているのだが
「は、はふい! はふはふ!!」
いわんこっちゃない。はふはふと間抜けな姿をして熱をとろうとしている少女。というか焦らせた黒野のほうにも問題はあるのだが。
黒野の方はというとロリコンとペドフィリアの違いをいまだに説明しつつ先ほどのパンをトースターに入れ焼いていた。チン、という軽快な音とともに出来上がったのはアーモンドトーストである。
店の人気メニューだ。そして手際よくコーヒーを入れ、ティータイムを楽しむ。
「ゆっくり食べなよ、食べ物は逃げない」
「彼方が焦らせたんでしょう!」
「すまない、過去は振り返らないので覚えていないなぁ……」
「彼方って人はあぁぁ!!」
そうして二人は軽口を交わしつつ軽食に舌鼓を打ちながらゆっくりと過ごしていた
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行間
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「ご馳走様でした。美味しかったです」
「重畳だ。まぁくつろいでればいいよ」
「はい」
作った者が達成感を覚えるほどきれいにフレンチトーストを平らげた少女。クロノも満足そうに微笑を浮かべる
食器を片付け、洗物を始める黒野。この喫茶店のキッチンは対面式で、お客様が今店主が作っているものが見えるといった仕様である。と、マグカップを洗いながら黒野は唐突に少女に質問した。
「…………君の名前は? よければ教えてくれ。ここで出会ったのも何かの縁だし」
「私は……」
そこまで言った所で地響きがした、棚のガラスコップ類がカタカタと危うい音を上げる。幸いにも軽く揺れただけだ、棚のガラスコップ類は全て無事である。最近規模の小さい地震が頻発している。どれも震度2未満の弱いものだが、人々はいつか巨大な地震が来るのではと戦々恐々としている
ズズズズズ……
「……収まった、か。最近多いなー……この店耐震はしっかりしてるけど、ガラス類が割れるのはなんとも避けたいところだけど」
「もう時間がありませんね……すみません、お世話になりました、ご馳走様です。お暇します」
「あ、待って…」
謎の言葉を呟き、これまた唐突に立ち上がりそそくさと立ち去る少女。呼び止める前に少女は扉から姿を消した。イモジャージのまま。
あの服どうするんだよ……返せよ僕のジャージ……そんな割と的外れなことを黒野は思っていた
「……まぁいーか。これも一期一会かなー。痛ッ!」
最後の洗物を乾燥機に入れ、黒野は布巾で手を拭う。と、手からチリッとした痛みが走る。見ると、人差し指がささくれていた。少しだが血も滲んでいる。何とはなしに不吉だな、と思いつつ黒野はささくれ用の塗り薬を救急箱から取り出した。
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行間
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タッタッタッタッタ… ドタドタドタ…
「はぁ、はぁ、はぁ……」
少女は人気の無い路地裏を走っていた。後ろには大柄な影が3つほど。先ほど急いで走っていたせいで道行くガラの悪い男達にぶつかってしまい、絡まれたのだ。ここで時間を食っている暇はない。自分にはやらなければならないことがたくさんあるのだ。
焦りというのは時に無常な事態に陥らせる。足元のバナナの皮に気付かず、少女は転倒した。口の中を切り、鉄の味が口内に広がる。今時バナナの皮って。
ズデン!
「ッッく……っつ~…」
「チッ、鬼ごっこは終わりだクソガキ」
「誤りもしねぇで逃げやがって、ナマイキだねぇ、お仕置きしてやらねぇとなぁ?! ア?!」
「デュフフ、幼女ハァハァ」
絶体絶命である。と再び地響き。男たちも突然のことでビビッている。先ほどと同じように、少しして収まった。地響きがしていたときのチキン臭とは打って変わって急に強気になりだす男達。三下臭いことこの上ない
「デュフフ、この幼女、拙者に任せてもらってよいでしょうか? 裏ビデオ撮影としゃれ込みたいのですがデュフフ」
「おーおー金になりそうじゃねぇか! よし、とっとと捕まえて持ってくぞ」
「まー諦めろよ、運が悪かったって思ってさ! ギャハハハハ (メシャァ!) あぎヒアェイhxlkctvg、h・xf、?!」
男1号の汚らしい汚れた手が触れようとしたとき、少女の靴が近寄った男1号の大事な部分を急襲し、みし、とイヤな音を響かせた。近寄った男は無様に大事な所を押さえて倒れた。
「んなっ?! このクソガキ!」
「遅いです」
タッと軽快な音で男2号の膝裏へと流れるように移動、鎌のように美しい曲線を描きながら男の右膝裏を思いっきり蹴っ飛ばす少女。バランスを崩して倒れこみ、後頭部を硬いアスファルトに強打する男2号。
すかさず追撃で男の鼻っ柱に少女の踵が振り下ろされた
「ふぅ、また貴重な時間をロスしてしまいました……っ?!」
バチッという音とともに全身が言う事を利かなくなる。倒れた少女の視界先には先ほどのチンピラの一人が手にスタンガンを持っていた。青い火花がバチバチと散っている
「デュフフ、お、オレはケンカ弱いから、さ。こうやって強くなるしかないのでござるよ、デュフフ……さぁ、お服脱ぎ脱ぎしてお、オレとイイコトしよね~…」
「イヤ……やめて……」
助けて! 助けて! そう願ったその時
ヒュッ ビシィ!!
「あ痛?!」
チンピラの手に持っていたスタンガンが宙を舞い、見事隣にたまたまあったゴミ箱にシュートされた。コロリと地面に何かが転がる。これは………何かの種だろうか?
「なぁ、知ってる? アーモンドって、モモの一種なんだよ。硬い種を割ってその中身をローストしたものなんだってさ、最初食べた人はすごいよなー。人類の食欲は業が深いねぇ」
掌の上で先ほどの種を弄びながら壁に寄りかかっている男。白髪で髪を軽く後ろに流し、喫茶店の店長のような服を着ている男。というか彼は正真正銘喫茶店の店長なのだが。黒野刻継がそこにいた
「て、店長?!」
「久しぶり。ざっと数十分ぶりかな。どうでもいいけど。楽しそうな騒乱の匂がしたから来てみれば、ビンゴってとこだね」
手を庇いつつチンピラが黒野にガンを飛ばす。情けない、随分と迫力に欠けるガン飛ばしだが。対する黒野は相変わらず愛想のいい笑みを浮かべたままだ
「お前! 何者だ!!」
「通りすがりの喫茶店主さ。覚えておくといいよ」
弄んでいた種を仰々しい仕草で足元に落とす黒野。種が地面に落ちる前に足先で種を蹴り出し、チンピラの額にぶち当てる。
よろめいたチンピラは先ほどスタンガンが放り込まれたゴミ箱に躓き、盛大にゴミ箱の中をぶちまける。生ゴミに足を取られ見事に転倒。
呻きながらよろよろと立ち上がるチンピラ。正直臭いのであまり近付かないで欲しい
「お、お前、ただですむと…」
「そんなこと言われても、ねぇー……」
モソモソとポケットを探り、黒野が取り出したのはボイスレコーダー。仰々しい仕草でボイスレコーダーのスイッチを押す
『デュフフ、この幼女、拙者に任せてもらってよいでしょうか? 裏ビデオ撮影としゃれ込みたいのですがデュフフ』
カチッ キュリリリリ カチッ
『デュフフ、幼女ハァハァ』
「あ……あ…」
「まぁちょっとぶつかったくらいで裏ルートまで引きずり込むのはいかがなモンだと思うけど。 ま、コレは児ポ法とか色々と引っかかってる証拠になるよね、確実に。
んじゃ、お縄につきなよ、選択肢はそれ以外に与えない。今なら自首ってことで罪は軽くなるかもしれないよ。関係ないことだからテキトー言っただけで知らないけどさ」
黒野が喋りながらポケットをまさぐり、先ほどの種を取り出す。それを弄びながら、壁から突き出しているダクトをボーッと見つめている。次の瞬間、めしゃ、という何かが潰れる音。硬い硬い殻に覆われた種がぐしゃぐしゃに砕け散っていた
威圧感、恐怖、絶望が一気にチンピラへと襲い掛かる。黒野の方はというと相変わらず柔和な微笑を浮かべている。時と場合によってこの笑みが恐ろしいまでの暗黒微笑になるのだ
「お、オレは被害者だぞ! このガキに仲間をボコされて……」
「往生際が悪いねー無様な。……まぁ便利なことに日本には正当防衛というものがあってね。逃げられない状況下では許されるんだよ。
あと未成年に法律は通用しないって学校で習わなかった? あ、知らない世代か。まぁどうでもいい、塵は塵に、灰は灰に、罪人はブタ箱に。悔い改めてくるといいよ」
「ちくしょぉぉぉ!!」
チンピラが膝をつく。とその瞬間、世界から一瞬にして色素が抜けた
色素が抜けたというよりは全てが灰色と黒になり、それ以外の色が無くなってしまったかのような異質な空間になったのだ。黒野も驚きを隠せない
「これは……なんだ?」
「マズいです!」
少女が慌てだす。何がそんなに不味いのか、と問いかけようとしたとき、路地裏の奥のほうに異変があった。ヒビが入っていっているのだ。
壁ではなく、空間そのものにひびが入っているような。さしもの黒野も驚きを隠せず、彼の手から種の残骸が落ちる。
そうしている間にもヒビはどんどん大きくなり、小さく割れた。小さな割れた隙間から見えた物は、燃え滾る赤色の世界が広がっており、熱風までこちらに押し寄せてきた。吸い込まれれば助からないだろうという予感がよぎる
ヒビは全てを飲み込もうと迫ってくる
「これは……ここにい続けるのは得策ではなさそうだな」
「時間を稼ぎます、早く!」
言うが早いが倒れているチンピラ一人を起こして肩を貸す黒野。少女が懐中時計のようなものを取り出し横のツマミをグルグルと回すと、たくさんの針がそれにあわせて高速で回りだす。
と、ヒビの広がり具合が遅くなった。状況が飲み込めないが、逃げるなら今のうちだ
「ホラ、ビビってないて起きて倒れてるそいつを担げ!! 僕一人じゃ支えられねぇ!」
「ヒ、ひぃぃ!!」
チンピラの一人に激を飛ばしてその場から一刻も早く離脱する。先ほどの路地裏から数百メートル離れたところで、路地裏のあったところが消失した
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行間
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伸びたチンピラと泣きすぎて呼吸困難に陥っているチンピラを乗せたパトカーを見送りながら黒野は伸びをする。
「ふぅ、一応一件落着……とは言いがたいか。後日署に来てくれって……めんどくさいなー」
「あの…」
「ん? なんだい?」
「ありがとうございました。1度ならず2度までも助けていただいて」
「僕は僕のしたいことをやってるだけ。さっきも言っただろう、僕は僕が面白ければ何でもいいんだ。己の欲望に忠実なだけ。気付いたら君が勝手に助かってただけだよ、結果的にね」
イジイジと顎の下の剃り残した髭をイジりながら黒野は言う。しかしその顔は浮かない。目の前でいきなり起こった普通ではないこと。心の整理がまだつかないのだろう
「先ほどの空間の消失、ご覧になりましたよね?」
「うん、正直自分の目が信じられない。でも、なんか恐ろしく楽しそうだ。よければ首を突っ込ませてもらってもいいかな?」
先ほどまでの複雑な顔は消え、薄ら寒い笑みを浮かべる黒野。その瞳はまるで、新しい玩具が手に入った子どものように輝いている。
「これは……あなたの命にかかわることにもなりますよ?」
「僕が死ぬだけだ。僕は噛ませ犬でも一向に構わない。人生で一度はとてつもなく大きな花火で死にたいのが僕の本望さ」
キィーーーーン…
黒野が異常な言葉を放つ。少女が驚く間もなく次の瞬間、甲高い小さな金属音が響いた。少女のポケットかららしい。少女は先ほどの懐中時計を取り出した。フタを開いて文字盤を見た少女の顔が驚きに染まる
「まさか……そんな…」
「どったの?」
「………もう本当に猶予はありません………店長さん!」
「黒野でいいよ」
「では黒野さん。彼方に破界者となって欲しいのです」
『刻の羅針盤』の歯車はかみ合い、物語が進みだした
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行間
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時は少し進んで喫茶ゼニシア店内。カウンターに二人並び、黒野はコーヒーを、少女は出された麦茶をゴクゴク飲んでいる。走って喉が渇いたのだろう。
「んで、その破界者ってのはなにかな? さっきのヒビと関係あるんだろ?」
「んぐ……ぷは、ごちそうさまでした。そうです。率直に言いましょう、この世界はもうすぐ先ほどのように消滅してしまいます」
黒野は少女が言葉を紡ぐのをコーヒーを飲みながら黙って聞いていた。その表情からは何も読み取れない。
「世界というものはひとつの次元に多数存在しています。平行世界と言えばわかりますでしょうか。本来それぞれの世界は互いに干渉することなく存在しています。たまに偶発的に繋がってしまう事もありますが、それも誤差の範囲内で時の流れで修正できます。
ですがその世界の均衡が崩されてしまうことがあるのです。その元凶が、『魔物』と呼ばれる存在です」
そこまで話したところで麦茶を一口飲む少女。口をぬぐって話を続ける
「魔物はその世界を司る存在、『魔女』と呼ばれる存在を封印、力を奪い取ってその世界で悪逆の限りを尽くします。そうなった場合、その世界は衰弱してしまい、隣り合った世界をひきつけてしまうのです。
隣り合った世界のバランスが崩れると、弱いほうの世界へと隣の世界が引き寄せられ、衝突を起こして二つの世界が破滅します。最悪、2つじゃ済まないことも………私はそれを未然に防ぐべく動いているのです」
ここまで話したところで少女は麦茶を飲もうとしたが、空になっているのに気づいてコップを置いた
「なるほど。不安定な場所に置いた天秤のようにアンバランスにしていると片方から崩れて倒れてしまう、そんな感じかな。我ながらよくわかんない説明だなー。あ、磁石のほうが手っ取り早いか。同じ極同士が反発から引き合う感じは」
冷蔵庫からお代わりの麦茶を出しながら勝手に自己完結しだす黒野。というか、前述の推理はいらなかったのではないだろうか
「まぁそんな感じと思ってもらって結構です。それを未然に防げるのはこの『刻の羅針盤』に選ばれた破界者と飛ばれる人です」
懐中時計を取り出し黒野に見せる少女。数え切れない数の針があっちこっち違うほうに向いている。刹那、急に回りだし、すべてが黒野のほうへ向いた
「破界者は数々の世界へ旅をし、その世界の魔女の力を借りて魔物を倒して魔物から世界を奪い返し、均衡を保つことにあります。もう時間がないのです! ここ最近の地震はある世界の衰弱の影響です。徐々に引き付けられていっているのです」
涙目でこちらを真剣な眼差しで見つめる少女。首の後ろに手をやり、困ったように首を掻く黒野
「でも、僕は正直そんなに強いわけじゃない。魔物は大きく強いんだろう? 人間である僕に勝てる相手でもないだろうしなー」
「だからこそ私がいるのです。お願いします! このままじゃ全て滅んでしまいます!」
「君がいれば僕はその魔物と渡り合えるのか?」
「私が、戦う力を授けます。私一人じゃダメだから……」
悲しげに俯く少女。黒野は胸ポケットからタバコの箱とライターを取り出し、口のほうをトントン叩いて中身を取り出す。
「……いいよ、乗った」
「え?」
「何意外そうな顔してるんだ? 聞いてて楽しそうじゃないか。様々な世界を旅できて、いろんな人と出会えて、ヒロイン救出してボスを倒す。端的に言えばそんな感じだろう? 途中で死んだとしても本望と思える人生じゃないか」
タバコの箱かと思った物はタバコ型チョコの箱だった。トントンと叩いたときに出てきた一本を口に咥え取り出し、ライターに火を灯し、チョコを炙って食べだした黒野。
この人は他の一般人とは死生観が違う。自分の人生を退屈しのぎ程度にしか捉えていない。彼は今を全力で生きるタイプの人間なのだろうか。色々な世界を渡ったが、黒野のような理性と欲望が綺麗に同居しているものは初めてだ
「ともかくさ、その魔物と戦う武器みたいなものくらいはあるよね?」
いささか緊張感に欠ける態度で己の命に関わることを質問する黒野。熱せられたチョコの香ばしい香りが漂う
「え、ええ……」
「それは重畳だ。時間がないんだろう? 準備してくるよ、今からでも出発したほうがいいだろう。40秒ほど待っててくれ」
タバコチョコを一気に口の中に入れ立ち上がり、店の奥へと消える黒野。ガサゴソ、ジャキッと物を漁る聞こえるので何か準備しているのだろう。数十秒後、ビシッとオシャレかつ機能的にキメた黒野が出てきた。手に持っていたダークグレーのハットを被る
「さて、行こうか」
「わかりました。では付いてきてください」
少女はジャージのポケットから本を取り出し開いた。大きくゴツい本だ、どんな圧縮率で少女のポケットの中へ入っていたのだろう。というかいつの間に入っていたのだろう。ツッコミ所が多すぎて突っ込みきれないのでここまでにしておく
ペラペラとページをめくり、目的のページまで来たのか、そこに奇妙な模様が描かれた付箋を貼り付け、閉じる。
と、本がひとりでに開き、眩い光とともに黒野たちの目の前に重く、重厚な扉が現れた。軋むような音を立ててゆっくりと開く。
「いきましょう」
「さて、初めてのお仕事開始だ」
扉の中へ二人が消えると、扉は再び重厚な音を立てて閉まり喫茶ゼニシアの内部から姿を消した
さて、前回は短すぎました。ということでやっと序章が終わり。次回から本格的に異世界を旅します。おのれディケイ○!!