動き出した運命の歯車 ※物理的な意味で
「ウクク……とりあえず、キョテンに来る?」
ということで黒野たちはルラトが普段利用しているという拠点にお邪魔する事にした。距離はそう遠くないらしく、正直黒野は安心した。さすがに幼女二人を背負えるほど黒野に体力もないし、二人を背負う背中の面積も持ち合わせていない。二人とも体は幼いので、体力も低いだろう
「ノアのハコブネは飛立ち、残されしものどもはダイチのコヤシ……ウク……ハコブネにノッタのは オロカなるケンリョクシャ………ウクク……」
機嫌がいいのか、歌を口ずさみながら黒野たちを案内するルラト。歌詞のほうは不気味だが、機械音声とは思えないほど綺麗な声で声を響かせている。抑揚やビブラートもカンペキだ。歩きながら思わず話しかける
「歌上手だね」
「ウクッ?! う、ウタ?」
無自覚だったのか、というか歌すら知らなかったのか? 話しかけるとビクッと驚くようなリアクションを取るルラト。今まで無表情を貫いていた彼女の顔に初めての表情が浮かんだ。
「え、無自覚だったの? 綺麗な声で抑揚とかもカンペキだったんだけど」
「そ、ソウ……なのか……ウタ………」
何かを考えるような表情を浮かべ歩くルラト。なにかあったのだろうか? どれだけの間彼女が存在していたのかはわからないが、黒野たちの世界とは比較にならないほど発達したアンドロイドだ。感情豊かな彼女にもなにか記憶しておきたくない記憶があるのだろう
「歌、好きなの?」
「ウタ……タブン、スキ……?」
「そっか。それじゃさ、僕の仕事が終わったらまたいい曲とか教えてあげようか? こう見えて僕、色々とCD集めてたりとかしててさ、きっと気に入る曲とかあると思うんだ。どうかな?」
「ウタ……いいね……ウクククク……キヒヒヒヒ……」
テンションが上がったのか笑い方が変わっている。不気味だが、コレも彼女の感情の変化の一端だ。本当に彼女アンドロイドなんだろうか。と、少女が黒野の袖をクイクイ引っ張る
「ところで黒野さん、この世界の魔物はなんなんでしょうか? 彼女以外何もないなら魔物はどこに…」
「さぁね……まぁ調査次第かな。どれにしろなにか大きなことが起こってるか、これから起こるか、それは確かなんだ。油断は出来ないね」
以前のように寝込みを襲撃者に教われるようなことはないだろう。ここは快眠できるだろうが、空気が悪いのが気に入らない。世界を滅ぼした兵器が近くにありながら、なんとも呑気な黒野だった。
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行間
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「長い間使われてないイメージあったからどんなのかと思ったら……」
「割と綺麗ですね」
数十分後、黒野たちはルラトの拠点の中でくつろいでいた。人がいなくなって数百年使われていない研究施設。そのロビーだったらしい場所のソファーに座る4人。
「ウク……やるコトもないから、ソウジとかしてた………」
「スゴいね、技術♪」
「あ、喫茶店に置いてある格闘マンガ読んだなソニア?」
表情は1mmも変わっていないが、独特の笑い声からして喜んでいるのだろうか。某宇宙人を思い出す黒野。ある意味ルラトも創られた存在ではあるが
「とりあえず、ナニがしたい?」
「そうだね……最近あったこの世界の異変、とか聞きたいかな。例えば、突然地面から生きた木が生えてきたとか」
「サイキン……そう、あれは1マンネンと2センネンマエ……セカイはキョダイなホノオに包まれた……」
「最近って年じゃないですよ?! しかもどこかで聞いたような感じの!」
「具体例を挙げれば世紀末な拳法かな?」
「そっちですか?!」
「あれ? 合体する機構兵だっけ?」
「どっちもだろ。なんか合体したり指で突かれる度気持ちよさそうにしてたけど」
「指で突いた方は確実に死んでますよね? なんかよくわからないセリフ吐きながら」
「あ、休憩室に置いてあったDVD見たんだね」
「うん、なんかよくわかんないけどガナルそっくりなデブが弾けてた」
「ソニアさんがだんだんと俗っぽくなっていってる?! というかごちゃごちゃしすぎです!!」
ルラト、黒野の流れるようなボケに少女の鋭いツッコミが冴える。ここまでルラトは無表情である。そしてソニアが良くない影響を受け始めているような気がしないでもない
「話を戻すけれど、一旦はこの世界は滅んだってことでいいのかな?」
「ウクク……このセカイはセイブツが生きていくにはヨゴレすぎた……だからイチドセカイをリセットするヒツヨウセイがあった……選ばれたニンゲンタチはハコブネに乗ってソラへと上がった……そして、このセカイはたったヒトツのヘイキによって焼き尽くされた……」
「たった一つの兵器に焼き尽くされた?!……恐ろしいね、核だったりするのかな」
「それが、ワタシ……」
「そうなんだ、やっぱりこの世界の技術はスゴいんだね……」
ん? なにかおかしな会話が展開されたような気がするが
「ウククク……ムカシヤンチャしてた……」
「あぁやっぱり幻聴じゃなかったんだねー、アハハ! よし、二人とも、準備はいい?」
「おう」
「いいですよ」
「せーの」
「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ?!」」」
「この、ヨゴレスギタセカイはワタシによって滅ぼされ、リセットされる……そのマエに、ハコブネに乗った選ばれしニンゲンはこのセカイをダッシュツ
そして世界はリセットされ、ハコブネに乗ったレンチュウのオモワク通り……そしてカンキョウがニンゲンが生きていられるジョウタイに戻るまでハコブネはソラのウエで待つ……それが、1マン2センネンマエに起こった『箱舟計画』」
「箱舟に乗った人間はきっと傲慢な権力者だったんだろうな……何も知らない一般人たちは環境と一緒に土に還されたんだろうな」
「そんな……」
世界を修正するために作られたアンドロイド。この小さな体に世界をたやすく滅ぼす力が凝縮されている。彼女を造った人間は彼女を禁忌になぞらえて彼女をこう呼んだ。『タブー』と
「もうそろそろ環境は整っているだろう。これより帰還計画を実行する」
黒野たちのいる地上から遙か上空、箱舟の唯一の乗組員は降下スイッチに手を伸ばした。自分にとって最大の誤算が2つほどあることも知らずに
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行間
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衝撃的な昔話の後、4人は別室でこの世界の資料を探していた。滅ぼされたという事で期待していなかったが、かろうじて残っていたこの拠点は何かの研究施設だったらしい。たくさんのこの世界の資料が出てきたので、ルラトに翻訳してもらいつつ手がかりを探す
「あの昔話が本当なら……魔物はルラトさんの可能性が高いですね…」
「結論を出すには早計だよ、なにしろ不透明な事が多すぎるからね……」
顎下を親指でなぞりながら黒野は思案する。禁断の兵器、ルラト。世界ヒトツを滅ぼせる力を持った、禁忌の力を内包した少女型アンドロイド。人類は何を思って彼女を作り出したのか、彼女は何を思って世界を滅ぼしたのか
「ルラトさんが起動し、地上文明を滅ぼしたのは闇の世界の時間単位で1万2千年前……何故今になって時空が歪んだのか……僕たちの世界と闇の世界との時間のズレに関してはよくわからないけど……どうなのかな?」
「わかりません……それぞれ世界の生物発生の仕方も、発展の仕方も違うので、1万2千年前に大破壊が起こっても不思議じゃありませんが…」
「それだと1万2千年前に魔物が現れなきゃならないからなぁ……このズレはなんだろ……待てよ……」
1万2千年前の大破壊の目的がこの世界のリセットなら、今の闇の世界はどうだろう。それなりとはいえ環境は改善され、人が生きていけるようにはなっている。もしかすると
「決していい環境とは言えないけれど、環境はそれなりに改善されてた……てことは……ルラトさん! 箱舟の奴らが帰ってくるまであとどれくらい?」
「ウク……そういや、もうすぐ?」
黒野は髪を後ろに撫で付けながら口角を吊り上げた
「BINGO♪」