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帰還、そして僅かなる日常※日常に慣れましょう




「うん、そうそう……そんな感じ……」


「あわわ、ぅお?! なんかグチャグチャしてるぞ?1 大丈夫なのか?!」


「アハハ! 大丈夫、ちゃんと出来てるよ。ホラ、ここで塩と胡椒で味を決めて……ハイ、これで完成」


「おお、できた! やった!!」


「ハハ、エライエライ」




 町外れの知る人ぞ知る場所に存在する喫茶店、ゼニシアのキッチンにはいい香りが漂っていた。コーヒーの香ばしい香り、そして卵の焼けるなんとも言えないいい香りが3人の鼻をくすぐる。


 白髪の男、黒野が焙煎したコーヒー豆をコーヒーミルでゴリゴリ引きながら隣で料理している少女に料理の手ほどきをしている。


手ほどきを受けているのは真っ赤な髪をした見た目10歳前後の少女、ソニア・インフェルナ・フレイア。立ち馬のような長い台に乗り、身長をカバーしつつフライパンの中身を菜ばしでかき混ぜている。


 彼女が今作っているのはスクランブルエッグ、卵料理の初級とも呼べるものである。言ってみれば誰でも出来るような料理だが、ソニアはスクランブルエッグの存在さえ知らなかった。なぜなら、彼女は異世界人だから



 ソニアがこの世界に来て数週間が経った。以前消失したあの路地裏は元に戻っていた。少女曰く、『世界の歪みが修正されれば全てが元通りになる』とのことだ。


 命をかけた激闘。多くの人が傷付き、絶望に飲まれる中で黒野は闘った。己の命を賭けて一人の少女を救い出し、世界を守ったのだ。だがそれを知るのはもう数人しかいない。歪みが矯正され元に戻ったため、歪んでいたときの事象はなかったことにされる。つまり、誰からも称えられることの無い仕事だ。


 誰からも称えられなくともいい、黒野はそう思っていた。自分は決して称えられるような立場ではない、むしろ蔑まれるべき家に生まれ、今までのうのうと生きてきたのだから





 黒野が手際よくコーヒーを抽出していると後ろでトースターが金属音を立てる。どうやらトーストが焼けたようだ。コーヒーが抽出されている僅かな時間で黒野はトースト3枚を皿に盛り、ソニアの前へ出す。




「ちょっと難しいけど、ココの上に3等分して乗せていってくれる? あとはココにちょっとケチャップを垂らせばスクランブルエッグ・トーストの完成だ。僕は彼女を起こしてくるから、とりあえずテーブルに運んで置いてくれる?」


「わかった」



 ソニアに朝食運びを任せ、黒野は喫茶店の居住スペースへと歩を進める。やがて一つの部屋にたどり着く、そこは少し前まで物置となっていたのだが、黒野たちが荷物整理することで部屋を空け、ソニアたちの居住スペースとしたのだ。黒野は部屋をノックし、中にいるもう一人の居候に呼びかける



「起きて、もう朝だよ。早く起きないと君の文の朝食はぼくたちが片付けるよ?」



 部屋の中からくぐもったような小さな声が聞こえる。どうやら彼女は朝に弱いらしい。黒野が最初に出会った異世界からの来訪者。彼女は寝ぼけ眼でドアをゆっくりと開け出てきた



「おふぁようございまふ……」


「はいおはよう。顔洗って歯磨きしておいで、ちゃんとキレイにするんだよ?」


「こどもあつかいしないでくだふぁい……」



 少々ボサボサの髪を掻きながら少女は洗面台のほうへと向かっていった。フラフラの足取りで左右の壁にガンガン衝突しながらだが



▼=▼=▼

  行間

▲=▲=▲




「それでは手を合わせて」


「「「いただきます」」」



爽やかな朝の日差しの中、喫茶店億の休憩スペースで3人は食卓を囲んでいた。


今日のメニューはスクランブルエッグ・トーストとハムサラダである。程よい具合に火の通ったトロトロの卵と、いい色に焼けたトーストとの相性は抜群だ。


間につまむハムサラダは、ハムの塩気と野菜のシャキシャキ具合も丁度いい具合にマッチしており、ドレッシングがそれらを引き立ててさらにいいアクセントになっている



「おぉ、このタマゴパンうめー!」


「スクランブルエッグトーストね……って言うのも長すぎるかな……よし、SETと命名しよう」


「おぉ、なんかカッケえ! SET!SET!」


「安直過ぎです……」



 少女がツッコミを入れつつハムサラダをつまむ。どうやらお気に召してくれたようだ、少女の分のサラダがもうなくなっている。



「このドレッシング、美味しいですね……ゴハンにかけて食べたいです」


「「いや、それはおかしい」」



 二人同時のツッコミ返しに少女は少し顔を紅くし、誤魔化すようにトーストに齧りついた。かかっていたケチャップが少女の鼻先と口の周りにべったりくっつく



「アハハ、さすがにケチャップで口紅はマズいんじゃないかな?」


「ハハハ! 口と鼻真っ赤だ!」


「~~~~~~!」


「おっと、袖で拭いちゃダメだ」



 袖で口元と鼻を拭おうとしたので黒野は少女の手を掴んで阻止する。そしてティッシュを取り出し少女の口元と鼻についていたケチャップを綺麗にふき取る



「子ども扱いしないでくださいってば!」


「あぁごめん、ちょうど口元と鼻を拭きたくなったところに丁度よくケチャップで汚れた口元と鼻があったもんだから、つい」


「なんですかそのわけのわからない理屈?!」



 少々騒がしくも暖かい、平穏な朝である。





「さて、仕込みも大体このくらいあれば持つかな、で、あとは……午後に業者が豆届けにくるんだっけ」



 朝食後コーヒーを飲みつつ壁のコルクボードのメモを確認。小さなメモ用紙がたくさん張られており、仕入れや仕込み、経理など事細かにメモされて画鋲で止められている



「まぁいつもどおりってところかな……さて、ある程度片付けたらそっちの事も聞いとかなきゃね……」



 黒野が思案をめぐらせている事案は最近始めた副業についてだ。彼女から色々と聞かなければならない、全てを。



「ともあれ、そろそろ開店時間だ。今日も全力運転マキシマムドライヴしますかね」



 店の外に出、オススメメニューを書いた黒板を玄関先に置き、ドアにかかっている札をCLOSEからOPENへと引っくり返す。喫茶ゼニシア、開店である







また世界が歪む。均衡が乱れ、運命が掻き乱され、世界が引き合う。


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