魔女の法則 ※後始末はセルフサービスとなっております
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行間
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「うぅ……」
穏やかな陽の光が窓から降り注ぎ、コーヒーの香り漂う喫茶店の店内にて。臨時休業中の店の中に大きな石造りの扉が現れた。黒髪の少女がまず一番に出てきて、その後に白髪の男が続く。ここまでは出発前と同じだが、今は違っていた。
白髪の男の右隣には真っ赤な髪をした少女がいることだ
「ふぅ、やっと帰って来れたね。ちょっと時間をかけすぎたかな」
「破界者としては異例の早さですよ……本当に何者なんですか?」
「フフ、僕は誰でもないよ。ただのどこにでもいる普通の喫茶店主さ。さ、やることが山ほどある、忙しくなるぞ? な、ソニア」
「あぁ! ぐぁんばるぞぉぉ!!」
火の世界にいたときよりも幼くなったソニアと少女の頭を撫でながら黒野は柔和に微笑んだ。
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帰宅前
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「さて、帰るか」
「そうですね」
パチパチと燻っている火をボーっと眺めつつ黒野と少女はポツリと会話を交わす。銃に巻きついていた紅い糸が解けていき、元の姿に戻っていく。それをクルクルと数回回した後懐のホルスターに戻す。
ほどけた糸は黒野の隣に集まり、人の形を形作る。ソニアが再び人の形に戻ったのだ。戻った直後、フラリとバランスを崩すソニア。黒野は肩を掴んで抱き寄せ、受け止めた。
「あ、ありがとな……へへ、こんなに疲れたの初めてだ…」
「ご苦労様。よくがんばったね」
ソニアを抱きとめながら頭を撫でる黒野。安心したのかソニアは穏やかな寝息を立てて眠り始めた。よほど消耗が激しかったのだろう
「あの……」
「「ん?」」
レイリが深く頭を下げながらそこにいた。黒野と少女は顔を見合わせる
「「なんのこと?」」
「この世界を救ってくれたこと、そして私の……親友を救ってくれたことです」
なるほど、ソニアが言っていた親友とはレイリのことだったのだ。レイリはソニアのお目付け役として傍に居たが、過去に何かあってソニアが遠方地へ隔離されてしまい、それに負い目を感じていたのだろう
「うん、かまわないよ。それと明日には僕たち帰るよ。ソニアも連れて帰るから、それまでに謝っとくんだよ? ケジメはつけなきゃね」
「はい…………は?」
「さて、ソニアちゃんのとこでささやかな祝勝会でも開こうか。一旦帰ってソニアちゃん寝かせてから……そうだな、君はソニアちゃんの傍に居てあげてくれる? 僕は食材をもらっておくよ」
「わかりました、期待してますよ?」
「フレンチトーストももちろん作ってあげるさ」
「やった♪」
しれっとソニアを誘拐しようとしている二人。レイリが慌てて止めに入る
「ち、ちょっと待ってください! それはさすがにマズいですよ! ソニアはこの世界の中核を担ってきた存在です、そのソニアがいなくなったらこの世界が…」
「大丈夫だよ、この世界はもうソニアの力は必要ない。ソニアと一時融合してたときにわかった、この世界はもう自力で自分を維持できる。これから先のことはセルフサービスだ。君たちにこの世界のことを全て任せるよ」
「なにを……?」
「僕が霊石と融合して、さらにソニアと僕が融合したとき、魔女という存在に込められた長い歴史を垣間見たんだ。この世界の成り立ちとかね」
昔を思い出すように遠い目をしながら黒野は語りだした。
「この世界は魔女が無から創り上げた、言い方は悪いけれど魔女のおもちゃだったんだ。魔女は人や動植物、その他もろもろを部品として創り出し、ある程度それらが成熟したらその世界へと降り立った。そして魔女はそこで最も高位の存在として君臨しその愉悦を味わっていた。
そうして暮らしているうち、その部品と思っていたものたちが織り成す物語に惹かれ、いつしか彼女は力を霊石として切り離し、人の身になり人に混じって生きるようになった。ロマンチックだね。
霊石や魔女の血などの力は世代を超えて引き継がれていった。そして今、ソニアへと受け継がれた。コレが大体のこの世界の創世の物語だよ」
「そうだったのですか……でも、ガナルが倒れた今覇権を争って争いが起きる可能性があります、ソニアには民を導いてもらいたいのです!」
「いままで散々な目にあわせといて、いざとなれば掌を返して利用するか、愚かだな。そして不愉快だ」
「ッ!」
黒野は吐き捨てるように言い放った。ぐうの音も出ない正論。レイリを恐ろしく冷え切った目で見やる黒野。思わずレイリは後ずさりをしてしまう
「僕の仕事は魔女を救い出し、世界の均衡を保つこと。内輪もめなんて自分たちで解決してなんぼでしょう? ということでソニアは僕が貰っていくよ。返して欲しいなら奪いにこればいい、ただし今日はソニアも疲れてるからカンベンだね。明日なら相手してあげるよ」
ソニアを抱きかかえて黒野はその場を後にした。まだ若干の熱が残る荒地にレイリは一人立ち尽くしていた
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夜
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夜もそれなりに深まり、ささやかな祝勝会も終わった時間。黒野は一人皿を洗っていた。少女はもう既にベッドの中で寝息を立てている。今回なんだかんだで心労をかけ続けてきたので、今度はもう少し、少女のことを考えて行動するなど善処してみようかと思っている。
「よう、なんか手伝おうか?」
不意に後ろから声がかけられた。ソニアだ。祝勝会後、ソニアも疲れていたのか泥のように眠っていたのだが、目が覚めたらしい。戦闘後も眠っていたので目が冴えたのだろうか
「いや、もうほぼ終わりだからいいよ。ありがとね……ん?」
最後の皿を拭き終えて振り向くと、そこにはソニアを小さくしたような娘がいた。
「あれ? ソニアさんってそんなに小さかったっけ?」
「前々から思ってたんだが、その堅っ苦しい話し方やめてくれ。もっとテキトーに話してよ」
「わかったよ。で、なんで縮んでるの?」
「あー……よくわかんねぇんだが、今はこの姿がラクなんだ」
「なるほど、省エネルギーモードか。魔女って底知れないな」
「それでな、俺、魔女として完全に覚醒したわけだ。今は疲れてるからムリだけど、炎とか自由に操れるし、熱風を操ったりもできる」
「まぁそうだね」
「そんで俺とクロノ、合体しただろ?」
「融合ね。意味は同じだけどそっちのほうがいいような気がする」
「それでな、今の俺とクロノは魂が中途半端に溶け合っちまってるんだ。緊急時だったし、不安定だから突貫合体って言ってもいい」
「ふむ、突貫融合か……それで、半端に魂が混じってるとどうなるの?」
「互いが過度に干渉しちゃうんだ。例を挙げるならそうだな、俺が死ぬとクロノも死ぬ、みたいな」
「ふむ、それはまずいね……」
「そんで、提案なんだがな、俺と契約して欲しいんだ」
「魂抜き出されて宝石にされてゾンビにでもならなきゃいけないのかな?」
「なんだそれ?」
「いや、なんでもないよ。続けて」
「契約することでお互いをはっきり分離させるんだ。簡単に言えば、いつでも俺と合体できるようになるってことだ」
「なるほど、はっきり分離してれば僕が傷つくことでソニアも傷つくってのは回避できるわけか。そしていつでもソニアの力を使えるようになると」
「そういうことだ」
「いいよ、契約しよう。どうすればいいのかな?」
「クロノ、手を出してくれ」
黒野が右手を差し出すと、ソニアが手を取り、口付けた。
「これで完了?」
「いや、クロノも俺に同じことをするんだ」
「わかった」
ソニアが右手を出してきたので、黒野は右手でそっとソニアの手をとり口付ける
「これからよろしくね、ソニア……ソニア?」
ふとソニアを見ると、顔の下から徐々に真っ赤になっていき、最終的に耳まで赤くなっていた。
「どうしたの?」
「うぇ?! いや、なんでもないんだが……急に顔がアツくなってきやがった……」
「あぁ~……そういうのも教えてあげないとなぁ……忙しくなりそうだ」
やれやれと首を振りながらも黒野の表情は穏やかな微笑を浮かべていた