終局 ※終わりは新たなる物語の始まり
苦しい。狭い場所に押し込められ、潰されそうな感覚が彼女を襲う。自分の身体の感覚が徐々に薄れ、手足の感覚がなくなっていく。代わりに凄まじい苦痛が彼女に襲い掛かる
死にたい。幼いころから意味もわからず忌み嫌われ、蔑まれ、迫害され、それでもなおまっすぐに生き続けた。その報いがこれか。その結果がこれか。ならいっそ、消えてしまいたい。絶望の中、薄れ行く意識の中で想ったそのとき
「僕がお前の希望になる。だから生きろ。ソニア」
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タロス内部・心臓の間
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気がつくと黒野は大き目の空間の中に佇んでいた。正面の壁の数メートル上、ソニアが磔にされたような形で拘束されていた。体中にコードを突き刺され、さらにそのコードが身体に蒔き付き締め上げているようで、身体にコードの跡がついている
それは現在進行形で彼女に耐えがたい苦痛を与え続けている。
「ソニア! 生きてるなら返事しろ!!」
『クロノ……』
黒野が大声で問いかけると、エコーのかかった声でソニアが喋りだした。目は虚ろに開かれ、まるでロボットのような無機質な表情をしている。無機質で感情がまったくこもっていない声。冷たいその声色は依然彼女が発していた明るい声とはかけ離れたものだった
「今すぐ助けてやる、ちょっと待ってろ」
『放っておいてくれ……私はもう疲れた……』
以前として感情のこもらない声でソニアは平坦に続けた。
『この世界に私が生きていても何の意味もない……結局は私は利用されるだけの存在だったんだ』
「違う、少なくとも僕にとってソニアはそういうヤツじゃない!」
『何が違うというんだ。私は生まれてからずっと周りに忌み嫌われて生きてきた。ようやくできた友達も裏切って私は荒野に追いやられた。それでも生き続けた。その結果がコレだ……もう、疲れたんだよ。この世界にはほとほと絶望した、もう死にたいんだ……死なせてくれ』
「それはちょっと違うんじゃないか?」
『?』
黒野が慈愛に満ちた目でソニアを見やりながら語りだした
「さっきから微妙に口調が変わってるが、お前の素の喋り方も混じってる。まだ生きることに未練があるんじゃじゃないか?」
『なにを…』
「ソニアが絶望したのはこの世界だろ? なら、僕が新しい世界へ連れてってやる。そこで一旦自分の考えを纏めてみたらどうだ?」
『私が……生きることに未練を抱いている?』
「お前はロクな選択もできないうちにここまで追いやられた。今度こそ、自分の意思で決断を下せ。僕はそれを全力で助ける」
『私は……生きていていいのか? 生きていていい存在なんだろうか?』
「そんなことまだわからないさ。僕だってあの少女だって、人間みんな生きる意味を見つけるために生きてるんだから」
『私にも……生きる目的は見つかるだろうか? わかんねぇよ……』
黒野は自信に満ちた声で言い放った
「見つかるさ。ソニアなら、必ず」
『私は……生きてみたい』
「その言葉を待っていた!!」
磔にされているソニアの周りが綺麗に円状に切り取られ、ソニアは落下する。空中で絡みついたコードを手甲の熱で焼き溶かし、ソニアをお姫様抱っこし降り立つ
「さぁ、行こうぜ。ソニアの自由への第一歩だ」
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行間
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「さて、そろそろ効いてきたかしら~?」
リボルバーに呪詛を込めた弾をリロードしながらディエンは呟いた。彼女とチュー太は走った後には大量の空の薬莢が転がっている。今やタロスは体中に穴があけられ、見るも無残な姿に成り下がっていた。右腕は動かずだらんと垂れ下がり、左腕は肘から先が無い
それでも鎧の隙間から炎の弾丸を発射して応戦しているが、徐々にその威力も弱まってきている
「あの若白髪さん、上手くやれてるといいのだけれどね~?」
と、タロスの胸の中心に変化があった。宝石の周りが徐々に赤くなってきている。それはまるで熱せられた鉄のようで
と、タロスの胸の中心に大穴が開いたと同時に凄まじい勢いで炎が吹き出る。迸るマグマの奔流がまるでタロスから流れ出た血液のようで
「ヒャーーーーーッハァァァァァーーーーーーーーーーー!!」
そのマグマの波にノリノリで乗りながら人影が飛び出してきた。その人影は華麗にディエンの隣へと舞い降りる
「あらあら~、遅かったわね~?」
「待たせて悪かったな。さぁ、トドメと行くぜ!!」
純白の若白髪から燃えるような赤毛に髪色を変えた黒野時継は強く手甲を握りなおす
「灼熱の意思よ! 燃え尽きぬ心よ! 今汝の想い、具現せよ!! 焔界、ムスペリオン・ラ・スパイダ!!」
手甲から数え切れないほどの糸が飛び出し、空へと向かって伸びていく。大空いっぱいに広がっていく糸は絡まり、寄り合い、いつしかそれはまるで巨大な蜘蛛の巣の様になっていく。少し前とは比べ物にならないほど大きく、圧倒的な規模。この世界全てを多い尽くすほどに
「ば、バカな!! ありえん!! たかが異世界人風情が……」
この世界を覆いつくした蜘蛛の巣。突如としてタロスの全身に凄まじい量の紅い糸が絡まる。強固な鎧を溶かし、絡め、もはやタロスは身動きが取れない
「な、なんだ?!」
巣ということは少なからず家主がいるということで
タロス上空にそれは現れた。全身が赤い炎に包まれ、口の部分にある巨大な刃(というか歯?)を打ち鳴らしながら8本の足を巧みに使って巣から姿を現したのは、巨大すぎる蜘蛛だった。鋼鉄の巨人は最早、蜘蛛の巣に引っかかったエサに成り下がった
「おのれぇえぇぇぇぇえぇえぇぇぇええぇぇぇ!!!」
「チェックメイトだ、ガナル」
怨恨と絶望が入り混じった絶叫があたりに響いた
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行間
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「ふぃい……ひとまずこれで幕引き、かな……」
新しくできたマグマ溜まりを見やりながら黒野は呟いた。懐を探り、タバコチョコを取り出し食べようとする。トントンと口を叩くがなかなか出てこない。それもそのはず、この熱でチョコレートは溶けてチョコレートの固まりになってしまっていた。
黒野は残念そうにチョコを懐に仕舞い込んだ。と、後頭部になにか硬いものが押し付けられた。ガチャリ、という金属音つきで
「さぁ、契約を果たしてもらうわよ~? 霊石を渡して頂戴?」
ディエンがマスケットリボルバーの銃口を黒野の後頭部に押し付けていた。黒野はゆっくりと両手を上に上げて降参のポーズをとる
「まぁ焦るな、せっかちは嫌われるよ?」
「そうやって煙に巻かれちゃ困るのよ~? 口約束とはいえ契約は契約、そして私はちゃんと契約を守ったわ」
「そうだな。だが少々困ったことになってね」
「なにかしら~?」
「さっきの戦いで霊石とソニアが融合してしまってね、霊石とソニアは元々一つのものだったらしい。一人の魔女は2つに別れ、魔女の力は霊石に、そして魔女の身体にはソニアという人格が育った。そしてそれが元通り戻ったということは……残るものは何もないってことになる」
「……………」
ディエンが放心状態になっているのを黒野は気配で感じ取った。押し付けられていた銃口から力が抜けていくのがわかる
「あ~でもねディエン、そう悪いことばかりではな」
「うわぁぁぁぁん!!」
黒野が言葉を言い終わらないうちにディエンがリボルバーマスケット(以下RM)を虚空に向けて放つ。すると魔法陣が浮かび上がり、それに向かってディエンは飛び込み、姿を消した
「あ~あ……まぁいいや、記念として削ってアクセサリーにでもしてあげようかな?」
黒野の手には大粒のルビーの欠片が多数乗っていた。力を失い、砕けた霊石は大きな大きなルビーに変わっていたのだ。と、向こうのほうがにわかにガヤガヤとうるさくなる。同時にこちらに向かって走ってくる気配があった
「ぐろのざぁぁぁぁん!!」
「あ、忘れてた」
ずっとほったらかしにされていた少女が、顔をぐしょぐしょにしながら駆け寄ってきていた。さすがに少々申し訳なく思う
「ヒドいでず、ずっどほうちじで!! えぐっ、わだじだっでなにがでぎるごどあるがもじれないじゃないでずがぁ~!」
「……うん、なんかゴメンね、ついカッとなってやったんだ、後悔も反省もしてないよ」
ゴン!
「ゴメンなさい、猛省します」
怒れる女は何よりも恐ろしい、黒野はそう心に刻み付けた。とりあえず帰ったらフレンチトースト後馳走するということで収拾をつけた。鼻をすすりながら少女は黒野に尋ねる
「そういえばソニアさんは?」
「あぁ、彼女ならここだよ」
黒野が手を差し出す。黒野の手には先ほど戦いに使用した手甲がつけられている
「どういうことですか?」
「この手甲が彼女なんだよ。あの鉄クズ倒すのに一役買ってくれてね、力使って疲れてるんで今は手甲になって休憩してるよ」
「なるほど……人の形から武器へと姿を変えましたか……魔女ならさもありなんですね」
「お前も良くがんばってくれたよ、ありがとう、チュー太」
『ヂュイ!! ヂュヂュ!!』
手甲をはめた手で撫でてやるとチュー太は心地よさげに目を細めた。
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行間
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『クロノ………トキツグゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!』
「やれやれ、悪党はなぜこうもしぶといんだろうね。僕も人のこと言えないけれどね」
うんざりしたような表情の黒野の目線の先には、タロスの破片と融合し、どろどろに溶け合った醜いガナルだったものがいた。醜く破片と肉とが交じり合いどこがどの部分かすらわからない、タチの悪いスライムのような姿に成り果てている
『オノレ……イキテハカエサン!!』
「さすがにドン引きだよその造形……芸術家にケンカでも売っているのかな?」
『ワタシノチカラヲカエセ!!』
突如黒野の足元が赤くなり、マグマが炸裂した。まだ少々ソニアの力が残っているのか、それとも彼が元々持っていた能力なのか。どれにしろ先ほどの戦いで満身創痍の黒野には芳しくない状況だった
「くっ!」
2丁の愛銃、雷音と灰餌名をリロードしながら黒野は限界に近い身体に鞭打って攻撃を避ける。だがマグマの間欠泉は避けても避けても、新しく黒野の足元に発生する。避けきれない
連鎖的に地面が爆破し、黒野は炎に飲まれてしまった。凄まじい爆発で砂埃が大量に宙に舞う
「ぐああああぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」
『ヤッタカ?』
「やらせません……まだ、私は彼と彼女にお礼も謝罪も言えていませんから!!」
砂煙が晴れるとそこには円状のバリアで守られた黒野が立っていた。レイリとその他神官数人が黒野の回りにバリアを張り、黒野を守ったのだ。バリアを解除するとレイリは息つく暇もなく複雑な印を胸の前できると、金色の鎖が虚空から現れガナルの力を封じ拘束した
『ヌガ?! オノレ、カキュウシンアンノブンザイデ!!』
「すまない、感謝する」
「それより、ガナルにトドメを! 長くは持ちません!!」
印を維持しているレイリの手からは血が滲んでいる。彼女もまた無理をしてチャンスを作ってくれたのだ
「なぁ、ソニア。アイツが憎いか?」
手甲がにわかに熱くなる。ソニアがガナルに殺気を向けている。だが黒野はそれを嗜めた
「ソニア。あいつのやったことは確かに許せないし、許されることもないんだろう。殺してやりたいほど憎いのも、僕はよくわかってるつもりだ。
だがどうしても殺すというのなら、慈悲を持って殺せ。そしてその罪を僕に押し付けろ、これはお前が背負うべき罪じゃないんだ」
黒野の言葉に呼応するように紅い糸は再び手甲からするすると伸びていく。伸びた紅い糸は雷音と灰餌名に蒔き付き、その熱と力で2丁の銃の姿をどんどん変えていく。より強大な一撃を生み出す、より苛烈なほどの火力を持つ銃へと
「そしてもう彼を恨まず、そしてガナルという人物を覚えておいてやってくれ。死した人は皆平等なんだ、約束できるか?」
2丁の銃が完全に姿を変え、2丁の巨大銃となった。ゆっくりと銃口をガナルの方へと向ける。照準が合わせられる
「じゃあな、ガナル。お前は悪役らしい悪役だったよ」
引き金に指をかけ引き絞る
「これにて、終局(The end)だ」
2丁の巨大銃から放たれた粛清の弾丸は哀れなる死にぞこないを一撃のうちに葬った。残ったのは静寂と、この世界のしばらくの安寧