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続くラブレター

 何度も何度も木下に電話をした。だが、つながらなかった。


 とても授業を受けている場合ではない。だが、他なにをしたらいいのだろうか。


 今朝、登校したら下駄箱には十六枚のラブレターが下駄箱に入っていた。


 この量になると、さすがに下駄箱の中も限界に近づきつつあった。


 このペースだと、次は三十二枚。下駄箱にとてもおさまりきらない。どうするんだ?


 授業が終わり、電話をするために教室の外に出ると、がやがやと女子の声が聞こえた。


 周りを見ると、いつの間にか女子に囲まれていた。


「あ、西園寺先輩だ」

「西園寺先輩!

「あの、西園寺先輩……」

「ラブレター、受け取ってくれました?」

「西園寺先輩」

「これ、今日食べて欲しいんです」

「西園寺先輩」

「せんぱーい」


 思わず教室の扉を閉めた。その勢いが激しかったせいか、教室中から視線が集まったが、それについてはどうも思わなかった。


 僕はようやく、物事の真相に気がついた気がした。


 僕にとって邪魔な存在が、消されている。


 最初は松浦が死んだ。

 確かに嫌な教師だった。腹がたつ奴だし、心の中で何度も死ねと願ったことがあった。


 次が木下だ。

 木下は……


「ねえ、真くん。大丈夫?」


 いつの間にか夏希が近くにいた。彼女は僕の背中を摩り、心配そうな表情を浮かべる。


 僕は、夏希が好きだ。そして木下は、夏希を奪おうとした。だから僕は……


 心のどこかで願っていたのかもしれない。木下が消えて欲しいと。


 それを、あいつらが叶えた?廊下の外には今も女子生徒の黄色い声が聞こえていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 僕が、殺したのか?


 結局その日はその考えが頭から離れなかった。

 僕が願ったりしたから、みんな殺されてしまったのか?


「真くん。カズくんのことなんだけど、やっぱり電話に出ないみたいなの。今日、ご両親が警察に捜索届けを出すらしいけど、私たちも一緒に」

「来るなッ!」


 思わず叫んでしまった。

 夏希はビクリと身体を震わせると、「ごめん」と呟いた。


 何やっているんだ、僕は。完全に八つ当たりだ。


「ごめん、夏希。僕は行けない」

「え、どうして……」


 僕はカバンを掴み、廊下に出た。先ほど授業終了のチャイムが鳴ったばかりだというのに、もう廊下の外には女子生徒が集まっていた。


 今まで所在なさげにしていた女子生徒たちは僕が登場すると突然目の色を変えて、頬をピンク色に染めて、笑いながらこちらに近寄ってくる。


 どいつもこいつも好意に満ちあふれた仕草をしていたが、僕はそんな彼女らを押しやりながら廊下に出て、そのまま走り抜けた。


 とにかく、あの女どもから遠ざかりたかった。近くにいると、まだ誰かを消し去ってしまいそうで、頭がおかしくなりそうだった。


 だが、バス停前にはもう女子生徒の群れが存在した。正門を塞ぐようにして群がる女子生徒たちは、西門も、東門にもいて、ニタニタと僕の方を見ていた。


 嫌だ。嫌だ。嫌だ。


 僕はその場で蹲った。誰か助けて欲しかった。


 女子生徒たちは弧を描くようにして僕を取り囲み始めた。


「西園寺先輩」

「ねえねえ、先輩」

「きゃっ、こっち見た!」

「西園寺先輩、私のお弁当美味しかったですか?」

「真くん」


 僕は最後の言葉に反応した。女子生徒の群れを縫うようにして夏希が飛び出してきた。


「ねえ。これ何の騒ぎ。ちょっと変だよ」


 彼女は僕の手を握り締め、「早く行こう」と引っ張ろうとした。


 だが、僕は彼女の手を逆に引っ張り、そのまま抱きしめて夏希にキスをした。


 一瞬、世界中がしんと静まり返ったような気分になった。夏希は目を大きく見開き、反対に周囲にいた女子たちは目を細くしていった。


 群衆と化していた女子生徒たちはだんだんとまばらになっていき、その姿を一人二人と消していった。


 どのくらいキスをしていたのだろう?


 もしかしたら一時間ほどかもしれないし、もしかしたら十秒にも満たないのかもしれない。


 やがてキスをするを止めたときには、校庭には僕と夏希しかいなかった。



 ◆◇◆◇◆◇


 一体、どんな顔をしたらいいのだろう?


 次の日。いつもと同じ時刻のバスに乗ったにも関わらず、バスに乗車していたのは僕だけだった。


 あいつらを追いやるために夏希にキスをしてしまった。確かに成功したのだけれど、別の問題が出来上がった。


 やがてバスは停まり、学校に到着した。正門に女子の姿はなく、また元の風景に戻った。


 だが、隣にはもう木下も夏希もいない。僕はただ一人で校舎に向かって歩いていた。


「真くーん」


 頭上から声がした。四階の窓には、夏希がいた。


「遅いぞーッ!」

「遅くねえよ」


 僕は夏希の幸せそうな笑みを見ていて、一瞬背筋が氷ついた。


 学校の窓という窓に、女子の顔があった。しかし、その表情はどれも冷たく無表情で、僕の方を見ていなかった。


 彼女たちの視線の先には、夏希がいた。


 僕は急いで一階の玄関ロビーに向かった。


 終わったはずなのに。


 靴箱には僕のシューズが一足あった。ラブレターは入ってなかった。


「ない。じゃあ、終わったんじゃ……」


 ぶぶぶぶぶぶぶぶぶ。携帯のバイブレーションが唸り始めた。携帯の画面を覗くと、大量のメールが受信されていた。その件数は32件だった。


 ぐちゃ。


 突然、外の方から何かが落ちる音が聞こえた。外を見ると、この学園の制服を来た女子生徒がいた。


 その女子生徒の身体からはみるみる赤い血が溢れ始め、グランドに血溜まりが出来上がりつつあった。


 それは、夏希だった。


「うわああ」


 夏希は目を開いたままだった。


「うわああああ」


 口はだらしなく空いている。


「あああああああああッ」


 だが、ぴくりも動かなかった。



「ああああああああああああああああああッ!!!」


 グラウンドには野球部の金属バットがあった。僕はそれを掴みとると、いつの間にかグランドに降り立っていた女子生徒たちに向かってバッドを振り上げた。


 殺してやる。殺してやる。ぶっころしてやる!!


 そう念じて何度も何度もバッドを振ったのに、その先端はただ虚しく空を斬るだけで、誰にもあたらなかった。


 パトカーのサイレン音が遠くから聞こえた。いつの間にか僕は、逮捕されていた。


 僕は、夏希を殺害した容疑で逮捕された。



◇◆◇◆◇◆◇


 あれからどれくらいの月日が経過したのだろう。


 僕は塀の中で長い、本当に長い人生を過ごした。


 刑期を終えた僕は今日、シャバに出ることになった。


 刑務服を着替えて外に出ると、あまりにも眩しい日の光に目が痛かった。


 気がつけば、涙が出ていた。


 どうして、こんなことになったのだろう――


「……」


 どこか遠くから声が聞こえた。


 後ろから、何かの足音が聞こえた。


 今目の前にあるのは、今まで僕を社会から隔絶してくれていた壁があるだけだ。


 後ろには、誰もいないはずなのに。


 僕は後ろを振り返るのが、怖った。


「せんぱーい」

 女の子の声が聞こえた。


 いやだ。いやだいやだ。いやだいやだいやだ。


「帰してくれッ!」


 僕は刑務所の壁にすがり寄った。


「頼む、中に入れてくれッ!!!!」

 

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