消えるラブレター
「これすごく美味しいよ、真くん」
結局、食堂で食券を買わなかった。自動販売機でペットボトルのお茶を購入すると、そのまま校庭に向かった。
校庭の隅にはベンチがあり、三人でランチをとるにはちょうどよい場所だったからだ。
幸い、ベンチには誰もおらず、暖かい日差しが降りそそいでいた。
僕は弁当を開けると、その中身を夏希と木下にもあげた。とても一人で食べられる量ではなかったからだ。
「この唐揚げ、冷凍食品じゃねえな」
箸で一つ、ひょいっと持ち上げながら木下がつぶやいた。
「手作りってこと?よくわかるな?」
僕はウインナーを食べる。タコさんウィンナーないい感じに焼けていて、美味しい。
「立て続けだよね」
もぎゅもぎゅとリスみたいに頬張りながら夏希が言った。
――この頬、突っついてやりたい。
そんな衝動をぐっとこらえ、「そうだな」
「しかも同時に二人。罪な男だね」
「まだ何もしてないだろ」
「でもさ、二人同時に告白されても、一人しか選べないでしょ?何もしてなくても感じ悪いよねー」
告白?まだされてないだろ。
僕はおにぎりを掴んで食べる。中身は鮭だった。
「心配ないよ」
「なんで?」
「断るから」
◇◆◇◆◇◆
そうだ、僕が好きなのは夏希なんだ。ラブレターが何枚来ても関係ない。
だが、次の日靴箱を見ると、ラブレターは四枚に増えていた。
「うわあ、増えてる。これ全部違う人なのかな?」
「知らない」
僕はラブレターを取り出し、それを全てゴミ箱に捨てた。
「え、それはひどくない?」
「ひどくないよ。だいたい、全員差出人は不明じゃないか。卑怯じゃないのか、そういうの……」
「どうしたの?」
夏希が小首を傾げて不思議そうに僕を見る。
彼女の後ろの方を見ると、女子生徒が一人こちらを見ていた。
知らない女の子だった。彼女はただこちらを見て、クスクス笑い、頬をピンク色に染めていた。
◆◇◆◇◆◇
「あの、西園寺先輩」
「これ、今朝作ったんです」
「よかったらお弁当……」
「食べてください」
教室から廊下に出ようとすると突然、四人の女子生徒がいた。彼女たちはそれぞれ両手を差し出し、小さなお弁当箱を僕に向けていた。
なんだ、これは。
男だったら喜ぶだろう展開なのに、僕は若干、背筋に悪寒を覚えた。
本当だったら無視して立ち去りたいけれど、人目があったので受け取った。すると、四人の女子生徒たちは嬉しそうな表情でお互いを見て、またきますと言って立ち去った。
走りゆく彼女たちの背中を見ていると、本当にどこにでもいるような女の子にしか見えなかった。
◇◆◇◆◇◆
弁当は結局、全部食べた。といっても一人で食べられる量ではないので、夏希と木下に手伝ってもらった。
ただここまでくると、最初はからかっていた二人もだんだん心配そうな表情を見せ始めていた。
お昼休みが終了すると、5時間目は英語の授業で、チャイムと同時に松浦がやってきた。
まずい。こんなときに松浦かよ。
食べ過ぎのお腹をさすりつつ、カバンから英語の教科書と電子辞書を取り出そうとした。ただその日に限って、電子辞書がカバンに入っていなかった。
「嘘だろ」
松浦の授業は電子辞書がないと少々きつい。いつどこで長文の翻訳をしろと命令してくるのかわからないからだ。
まいったな。今日は指名されないことを祈るばかりだ。
世の中の不幸というのは、やってきて欲しくないと願えば願うほど、発生する確率が高くなる傾向があるのかもしれない。
案の定というべきか、それとも食べ過ぎで体調の悪そうな僕をいじめて楽しみたいのか、松浦は突然僕を指名して、
「西園寺。次の文章を訳してみろ」とドスのきいた声で言った。
「はい」
僕は席を立つが、まったく文章が頭に入ってこなかった。しばらく嫌な沈黙が流れ、やがてしびれを切らした松浦が「どうした?」と怪訝そうな顔をする。
「あの、わかりません」
「はあ?お前は予習してこなかったのか」
松浦は教壇を降りて、わざわざこちらまで近づいてくる。
「しっかりしろ」
頭を教科書で叩かれた。別に痛くはないが、人前で殴られるのは正直腹が立った。
だが、その怒りのおかげでラブレターを送ってくる女子生徒のことを一瞬、忘れることができたのは確かだった。
ただ僕が席に座り直し、廊下側の方をなんとなく見ると、そこに女子生徒がいた。
彼女はこちらを見るのではなく、松浦の方を睨んでいた。やがて僕の視線に気づくと、はにかんだような表情を見せてどこかに消えてしまった。
――なんで授業中にあんなところに?
◆◇◆◇◆◇
事件が起きたのは次の日だった。いや、正確には昨日の夜だったらしい。
帰宅途中の松浦が駅のホームで飛び降り自殺をしたらしい。轢断された遺体はバラバラで、見るも無残な姿だったそうだ。