陽介と友則
自分の好きなことだけを喚き散らすだけの講義など聴く意味などない。俺はあんたの好きな事にには興味はないんだ。大学生であれば自ら学ぶことを覚えなさい、だと?その手掛かりすら示さずに喚き散らすだけのやつが何を言う。そんな講義寝ていたほうがまだ増しだ。
このような大義名分、いや暴論を盾に、今日も眠りに耽る馬鹿が一人。
「おい、陽介!講義終わったぞ、いつまで寝てんだよ」
「んぁ〜、よく寝た」
「よく寝たじゃねぇよ、ったく」
「で?」
「は?」
「だから、今日はなにやったんだ?ノート」
始まった。こいつはいつもそうだ。最近でこそ慣れてきたが初めはイラッとしたもんだ。
「それじゃあ、今日はここまで」
それは俺が次の講義に向かおうと立ち上がろうとしたときだった。
「なあ、お前同じ学科の香坂友則だろ?」
「あ、あぁ…」
「俺は神楽陽介だ。お前と同じ学科な。よろしく」
そう言うと陽介は右手をこちらに差し出してきた。釣られて俺も右手を差し出し「よ、よろしく…」と応えた。
「よしっ!」
「?」
「と言うわけで、ノート見せてくれ」
「…なんで?」
「寝てた!」
「はぁ?」
「だから、寝てた!」
「んな自信もって言われても…」
「ああ、だからノート見せてくれ」
全然会話になってないよね?てか、嫌だよノート見せるとかさ。お前が寝てる間こっちは必死にノートを取ってたんだよ。それこそ先生の言っていることを一字一句違わず書き取る勢いでな!
それなのになんでお前に見せなきゃなんねぇんだよ。全然割りに合わねぇよ。と、その時だった。突如として陽介が俺のノートを奪い去ったのは。しかもルーズリーフを盛大にぶちまけるというおまけ付き。
「な、お前!」
「ん、あぁ…すまん」
「それだけ?」
「何か問題が?」
「問題が?って、お前なぁ…」
いや、もういい。もういいから早くここから立ち去ってくれ。お望み通りノートも見せてやったろ。だから早く。
「お前のノートさぁ、分かりにくいわ」
「はぁ!?」
「いや、だから、分かりにくい。もういいや。あっ、お〜い、なぁノート見せてくれよぉ」
もういいのはこっちだよ!なんだよ、分かりにくいって…せめて「ありがとう」ぐらい言ってから他のやつの所に行けよなぁ。
これが俺と陽介の出会いである。とてもでないが良い出会いとは言えない。にも拘らず一年以上たった今でも陽介と一緒にいる。
陽介の放った「分かりにくい」その言葉が俺には相当ショックだったようで…後日俺は内容をしっかりと纏めたノートを陽介に突き付けてやった。
その事がどうも陽介にはツボだったらしく、笑いながら「すまなかった」と謝り「今度からノート見せてくれ」と、まぁそんな感じだ。
そんなわけで陽介、もといこの馬鹿は
「なぁ、ノート」
「はぁ」
「なんだよ、見せてくれよ」
「んなもん知らねぇよ。そんなことなら寝てないでちゃんと聴いとけよ」
「だからさぁ、俺はいつも言ってんじゃん。大学の―」
「講義なんて聴く意味がねぇんだろ。知ってるよ」
「じゃあ」
「何がじゃあだこの野郎。見せねぇよ。ったく俺は飯食いにいくからな」
俺は陽介を残し教室をあとにする。
「なあ、友則」
馬鹿な友人を無視して。