18話
ラゾーナそんな行かん
ラゾーナに入ると、人の流れに押されるままエスカレーターの前に出た。
特に理由もなく、俺たちは地下へ降りる。
目的地があるわけじゃない。ただとりあえず下へという曖昧な選択だった。
地下に着くと、甘い香りが漂う。
「……スタバあるけど、それ以外行くとこあるか?」
ガラス越しに見える店内は満席に近い。
「ラゾーナって何があるのかい?」
「俺にはわからん」
「……私、来た事……ない」
三人揃って情報ゼロ。
「ならマップ探すか」
「僕が調べようか?」
秋山がスマホを取り出す。その横で、俺は一瞬だけ響を見る。
響は、まだスマホを持っていない。
契約できない事情がある。
連絡手段がないというのは、想像以上に不安定だ。
その不安を誤魔化すみたいに、響が俺の手を握る。
さっきより、少し強く。
……迷子になりそうだから、って顔じゃないな。
「こんな感じだよ」
画面を覗き込む。
「地下に無印あるのか。生活用品ならそこで揃うな」
「服は上の階だね」
「……何を……買うの?」
「響が家に住むのに必要な物」
「……服、あるから……大丈夫」
「三着だけな」
「僕でももっとあるよ」
「歯ブラシも必要だろ」
「……それは……いる」
小さく頷く。
無印に入ると、木の匂いと落ち着いた照明が広がる。生活が形して並んでいる空間だ。
カゴを持って歩き出す。
「ニトリみたいだな」
「脳みそ売ってるかな」
「お前のは返品不可だろ」
「……性格……」
「響君まで!?」
少し笑いが起きる。
その瞬間だった。
視界の端に、見覚えのある男の姿。
俺と秋山はほぼ同時に気づいた。
高校が一緒だった拓人だ。
相手はまだこちらに気づいていない。
「どうする?」
俺は横を見る。
響の手が、無意識に強くなる。
「……大丈夫だよ?」
そう言ったが、握る力は緩まない。
大丈夫と言うときほど、大丈夫じゃない。
知らない人間は、今の響にとって安全圏じゃない。
「声かけるより、買い物優先だ」
俺は進路を変える。
食品コーナーへ。
緊張を切るみたいに、レトルト棚の前で立ち止まる。
「カレー買う?」
「またカレー週間だね」
「……お菓子……欲しい」
キャラメルスコーンを三つカゴに入れる。
歯ブラシも、歯磨き粉も、いつの間にか入っていた。
「入れた?」
「通りがかりに」
気づかなかった。
響も首を振る。
買い物を終え、上の階へ。
エレベーターの中、鏡に映る三人の姿を見る。
奇妙なバランスだ。
服屋が並ぶフロアに出ると、選択肢の多さに足が止まる。
「響、服どうしてた?」
「……お小遣いで……」
「俺たちのセンスって金で買える?」
「億単位だね」
「普通は数万だろ」
「……選んでくれるだけで……嬉しい」
その言葉に、胸が少し重くなる。
依存。それを自覚しているのか、いないのか。
GUに入る。
レディースとメンズが左右に分かれている。
響はどちらにも踏み出せず、真ん中で止まった。
「……どれを……選べば……いい?」
俺と秋山は顔を見合わせる。
「今日じゃなくていい」
「……うん」
服は買わなかった。
生活用品とお菓子だけを抱え、ラゾーナを出る。
帰り道、夕方の空がやけに暗く感じた。
家に着くと、まず米を研ぐ。
水の冷たさで、頭が少し冷える。
「何食べたい?」
「カレー以外」
「……何でも」
「炒飯にするか」
炊飯器の音を背に、振り返る。
響は立ったままだった。
「座らないの?」
「……一緒に……座る」
俺がソファに腰を下ろすと、ぴたりと隣に座る。反対側には秋山。
挟まれる形。
これが、いつの間にか定位置になっていた。
沈黙が落ちる。
「……お願いがある」
「何?」
「……親族の集まりに……来て」
予想外だった。
「いいけど。秋山も一緒で?」
「……うん」
「暇人だから良いよ」
秋山は即答した
「働け」
「向いてない」
「……私も……向いてない」
少しの沈黙。
「……多分、吃音……なんだと……思う」
言葉が詰まる。
それを、自分で認めた。
「治るかもな。ストレス減れば」
「……そうで……あって欲しい」
俺は何も特別なことは言えない。
でも。
「吃音でも、響は響だろ」
それだけは、本心だった。
炊飯器が、カチッと音を立てる。
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