異世界ダンスデュエル
ようこそ、異世界サルターレへ。お目に止まりましたなら、少し覗いていってみてはどうでしょう? あなたの世界とは違う価値観の世界が、そこには広がっておりますから。
サルターレは、ダンスこそが至高と叫ばれる世界でございます。それゆえ、何者も幼少よりダンスを学び、ダンスの腕が誰からも最高であると認められた者が王を務める。そんな世界でございます。
そして今回お見せするのは、そんなダンスこそ至高の世界、その中の一国家で、王の選抜が行われる大事な日の一幕です。
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ここは円形闘舞場。国中の者たちが老若男女問わず集まったここで、今日、次代の王が決められます。
既に役者は揃っており、皆が見守る中、二人のダンサーが闘舞場の中央で向かい合っておりました。片方は女性で、栗毛の長髪を頭の後ろで纏め、引き締まったその身に纏うのは、全身に張り付いたような銀の服。そして同色の薄布が腰に巻かれております。その目は金色で鋭く、今日の相手をその視線だけで倒してしまうのではないかと思う程。一挙一動の身のこなしに品がある事から、幼い頃より優秀な先生の下、ダンスを習ってきた事が窺えます。
対するは男性です。女性とは対照的にダボッとした服装をしており、その服は膝と肘でキュッと絞られております。紅の髪は側面を短く刈り込み、頭頂部は前から後ろへとワックスで固められています。目は琥珀色で、どこか余裕を窺わせる笑みを浮かべておりました。少し猫背で、服も決して上等とは言えないものなところから、女性と比べると家格が落ちる家の出である事が察せられます。
「それでは、これより王選ダンス三本勝負を始めます!」
それまで静まり返っていた闘舞場に、役者が揃っている事を認めたこの決闘の見届人が声を発すると、観客席から多くの歓声が降り注ぎ、それと同時に観客たちは手拍子と足踏みを始めました。
パンドンパンドンと、闘舞場が壊れるのではないかと言う程の手拍子と足踏み。それは独特のリズムを作り、ダンサーの二人はこのリズムに合わせてダンスを競うのです。闘舞場では否が応でも興奮と共に緊張感が増していき、皆の視線が二人のダンサーへ熱く注がれます。
「まずは足!」
そんな中でも、見届人の声は闘舞場全体に響きます。この三本勝負は、足、手、体の順にダンスをしていき、二本勝った方が、次代の王となるのです。
スッと見届人が女性の方へ手を差し出すと、女性は了承の首肯を返し、フーッと一つ大きく息を吐き出すと、タンタンとその場でジャンプを始め、スタンとジャンプを止めたかと思ったら、その場で回転を始めました。
とても綺麗な回転です。背筋がピンと伸びた女性が回転する仕草は、腰の薄布がふわりと広がるのも相俟って、見る者の胸を射る美しさがありました。それも技術あってのもの。人はぐるぐる回れば目を回します。これを最小限に抑えるには、頭を固定するのが肝心です。身体が回転する中、頭をギリギリまで残し、これ以上は残せないとなったところで、身体に合わせてグルンと回る。そうする事でとても綺麗でそして速い回転を実現するのです。
女性の足表現はこれで終わりませんでした。速い回転からピタリと足を止めたかと思ったら、直ぐ様爪先立ちとなり、闘舞場のリズムに合わせてステップを踏んでいきます。始めはツツツと静かに、そしてその動きは段々と大股となっていき、動きが最速まで加速したところで、バッと女性はジャンプしました。とても高いジャンプ。しかもそれに合わせて女性は足を開脚し、それは足の爪先から爪先に掛けて、一直線になる程の大きな開脚でした。これには観客席からも声が上がりましたが、女性の足表現はまだ終わりませんでした。
スタンと開脚から足を閉じて着地した女性の足は、ピタリと左右平行となっており、脚はO脚。そしてO脚となった脚のバネを使って、女性はその場でジャンプしました。回転を加えたジャンプは、女性の身体を鋭く回転させて、その回転数は四回にも及びました。軸のブレない回転ジャンプを終えた女性は、綺麗に着地して最後は優雅な一礼で演技を終えました。
女性の足表現の素晴らしさに、闘舞場の観客席から、万雷の拍手と歓声が降り注ぎます。しかし女性はそれに反応する事なく、対戦相手の男性を見据えていました。
「では! 次!」
万雷の拍手と歓声は見届人の声に遮られ、また観客たちは手拍子と足踏みに戻ります。
観客席から手拍子と足踏み以外の音がなくなったのを確認した男性は、いきなり素早いステップを踏みました。地面を蹴るようなステップで、膝に腰は右へ左へと常に蹴りと交錯するように動かす事で、複雑さを表現し、見る者にあっと言わせる動きでした。いきなりトップスピードで交錯する足技を見せられた観客席のあちこちから歓声が上がります。
そして男性の足表現もこれで終わりません。高速ステップからシームレスで次のステップに切り替わりました。
『うおおお……』
これには手拍子と足踏みのみで静観していた他の観客たちからも声が上がりました。何せ、信じられないものだったからです。そのステップは独特で、右足左足と交互に踏んでいくのですが、片足が地面を踏む前にもう片方の足を動かす事で、男性の身体は一瞬、宙に浮いているように見え、それが連続して行われる為、まるで男性が宙に浮いて移動しているかのように見えたからです。空中ウォークとでも言うべき未知なるその動きに、観客たちから更なる歓声が上がる中、男性はステップを終了させて、ぐにゃんと足から頭に向けてウェーブさせて、演技を終了させました。
観客席から降り注ぐ歓声に、両手を上げて応える男性を、見届人が一つ咳をして咎めます。これに肩を竦めてから、男性は腕を組んで対戦相手の女性に一睨みしてみせました。しかし女性は動じません。
「それでは続いて、手!」
見届人が今度は男性へ手を差し出します。これに片手でガッツポーズをしてから、男性は手表現を始めました。
まず男性は両手を横に伸ばすと、それをウェーブさせて波を表現すると、続いて腕を曲げて拳を作った手を腰、胸、頭の後ろとリズムに合わせて動かします。それはドンドンと激しいものへとなっていき、更に途中途中に観客席を指差すような動きや手を胸の前で交錯させる動きを足して、観客たちを煽りながら、場の雰囲気を盛り上げていきました。そして最後に右手を回転させながら胸の前で止めて、左手で女性を差してピタリと止まりました。
盛り上がる観客席とは対照的に、女性は静かに佇んでいました。泰然自若とした女性の態度に男性はクイッと顎を動かし、不満を表しました。
「では! 次!」
観客席から期待の眼差しが女性に注がれます。どんな凄い演技を見せてくれるのか、そんな熱視線に晒されながら、まず女性がしたのは合掌でした。胸の前で指をピンと伸ばした合掌姿。そして真剣な表情でピクリとも動かなくなった女性に、観客たちはざわつきます。
それが十秒と続いたでしょうか? これで女性の手表現は終わりなのか? と観客たちが疑問に思い始めたところで、女性は合掌したその手を鋭く前方へ突き出しました。
かと思えばすぐに胸元にその手を戻した女性は、そのピンと伸びた手を面前で交差させていきます。それは幾何学模様を作り出すような動きで、連続で様々な幾何学模様が作り出されていく様は、男性のとはまた別の驚きを観客たちに与えるもので、これまた観客たちから低いどよめきが起こりました。
両手による高速幾何学運動を見せた女性は、最後には左手をゆっくりと下から顔に近付けていき、無表情だった女性の顔の前をその手が通り過ぎると、女性の顔は男性に向けて挑戦的な顔に変わっていました。この演出に沸く観客席。
そんな沸き上がる観客たちを宥めながら、見届人は頃合いを見て、最後の表現を宣言しました。
「続いては体!」
これに観客たちは大盛り上がりです。それもそうでしょう。観客たちはこれを、ダンサーたちが身体全体を使った最大のパフォーマンスを見る為にここまで来たのですから。
そうして盛り上がり、手拍子や足踏みまで更に強いものへと変化していく中、見届人はダンスをする両者に向けて、手を差し出しました。最後の体表現は、両者同時に表現するからです。
両者の動き出しは同時でした。女性がくるくる回転しながら、闘舞場を大きく使って舞い踊るのに対して、男性はその場でバク転をしたかと思えば、その手で立ち、崩れるように手から肘までの前腕を使ってその場で回転を始めます。足を大きく広げ、ぐるぐる回転する姿は、派手で男性だからこそ出来る力強さを最大限に魅せるパフォーマンスで、更に足を上部で回転させるだけでなく、下部に、腕の間を通すような技まで織り交ぜる事で、立体的で力強さを表現する素晴らしい体表現です。
対する女性も負けていません。横回転から今度は縦回転です。側転バク転を織り交ぜながら、闘舞場を舞い踊るその姿は、女性特有の柔軟性を存分に発揮したものであり、やはり舞台を広く使ったパフォーマンスは、それだけ観客の目を引きます。そしてそこに横回転のジャンプも加えた動きには観客も息を飲みます。
両者ともにそのパフォーマンスは相手の闘争心を刺激するものだったのでしょう。前腕で回転していた男性はそこから立ち上がり、鋭く足を交差させながら女性に近付いていきます。その動きはネコ科の肉食獣を思わせるもので、獰猛さをその顔に宿しながら、近付いてくる男性に対して、女性も回転を止めると、腰に手を当て胸を反らしながら男性に近付いていきます。
その近さは、もう互いの息がかかる程で、両者ともにその目を相手から外す事はありません。両者とも狡猾な笑顔をその顔に貼り付けながらの睨み合いは刹那に終わり、バッと両者が距離を取ると、今度は技の見せ合いです。
男性が女性の回転ジャンプを真似してみせると、女性も男性の空中ウォークを真似してみせます。互いが互いに、自分だってそれくらい出来ると、相手に見せ付けながら、相手の技を繰り出していく様に、沸き上がる観客たち。大歓声に拍手、そして大地を揺らす足踏みにより、闘舞場は熱狂に包まれます。
これに呼応するかの如く、今度は両者ともに今まで隠していた技を繰り出します。まるで前に進むかのように後方へ下がる男性のステップ。それは更に高速となり、まるで駆けるように闘舞場をバックしていく男性。
対する女性は腰に巻いた薄布を、腰から剥いだかと思えば、それを巧みに使い、時に回転しながらそれを上下に棚引かせたり、薄布を放り投げて、薄布が空中をふわふわと漂っている間に、地上でパフォーマンスをしながら薄布の落下地点まで正確に移動し、それを見事にキャッチして、その流れのまま次のパフォーマンスに移行する。
両者が最大限のパフォーマンスを絞り出しながら、舞い踊り、飛び跳ね、闘舞場の熱狂は日が沈んで、両者のパフォーマンスが見えなくなるまで続いたのでした。
さて、両者の決闘の決着はどうなったのか。気になりますか? それが困ったもので、その場の誰にも両者のどちらが優っていたか、決められなかったのです。ですので、たまたまこれを目撃してくださったあなたに、この結末を委ねる事となりました。あなたはどちらが勝者だと思われますか?