第7話 ラブコメ回
炭木いわく、今日は藤崎の様子がおかしいらしい。
気がついたのは昼食時。
いつものように、ふたりで部室にきて、弁当をつつきあっていたのだが、世間話をしようとも、どうも会話が噛み合わない。
どうせまた、よからぬことでも、しでかすのだろうと一蹴していたが、そもそも人がかわったかのような、言動そのものが不自然なのだ。
炭木が「藤崎さん家の弁当いつも美味しそうですね」と社交辞令をしても、「……うん」と猫撫で声しかかえってこない。
普段であれば、震えたドヤ顔が乱舞し、許容外量のオカズ交換でもしてくるであろう炭木のセリフ。
だが、今日は違った。
うつむく彼女は頬を赤らめ、まったく目線をあわせようとしてこない。
すこしだけ心配になったのか、「どうしました?」ときいても、「いや……ほんと、うん……」と答えになっていない返答をする。
なんというか、朝からずっと、女々しいのだ。
これまで、だれもが近所の子供くらいにしか、あつかってこなかったひとが、その実、悩む姿は女の子。
炭木もまだ高校1年生で、人生経験にはとぼしい。
悩む異性への声のかけかたなど、わかるわけがなかった。
そんな艶っぽおとめ状態のまま放課後に突入、いまにいたる。
「…………」
「……」
「…………あの……さ、炭木ぃ。いま……いいか……」
「っ!! は、はい! いいですよ、どうしました?」
まるで、恋するおとめのような口調。
緊張のあまり、まくしたてるよう、ききかえした炭木の額には、憂慮の汗がしたたっている。
「男子じゃないと、わかんない話なんだけどさ……、こ、こんな話できる男子さ……、お前くらいしか、いないからさぁ…………」
「別に、全然、大丈夫ですけど……。あの、片岡さんじゃ……?」
「ダメなの! ……お前じゃなきゃ、ダメだから……」
部室に唾液をのみこむ音がひびいた。
藤崎は、なにをのぞんでいるのか。
なにを、のぞまれるのか。
「れ、恋愛……相談だよ……」
「恋愛相談!? 藤崎さんが!?」
「お前なんか失礼だぞ」
お咎めである。
「い、いや、すみません……。でも、なんで俺なんかに?」
そうきくと、藤崎はまた視線をそらし、唇をつきだした。
すこしの沈黙。
そして、すぐに、はにかみながらも、ぽそりと口をひらく。
「…………お前、…………お前の、ことでの……話……だから……」
「えっ!? そういう体!? そういう体のやつですか!? でも、急にいわれても、どうやって断ればいいかわかりませんよ」
「お前やっぱ失礼だぞ」
再度、お咎めがおちた。
しかし、さらりと失恋したはずの藤崎であったが、悲哀は表情にでていない。
というよりむしろ、怪訝なようす。
「ていうか、なんで私がふられないと、いけないんだよ」
「え? だって、恋愛相談で俺の話ってことは、つまり、そういうことでしょう」
「ちげーよ! 逆だろ、逆!」
「は?」
「お前が私のこと好きなんだろ」
「?????」
「お前が私のこと好きなのに、私は恋愛なんてよくわかんないから、お前のことに1番詳しいお前に教えをこいてるってことだよ!」
「もうっ……、なん……うぅん……、なにからつっこみゃいいんだよ」
━━ 第7話 ラブコメ回━━
つまり、藤崎は炭木が自分のことを好きだとおもっている。
だが藤崎、生娘であるため、どうすればいいかわからない。
ならば、炭木のことを1番しっている、本人に相談をしようというわけだ。
わけだ、じゃないが。
「いや、まあ、俺の話を俺に相談するアグレッシブさはいったんいいとして、そもそもなんなんですか? その前提」
「しらねぇよ! 私のこと好きになったのはお前だろ!!」
いつもの濁声が鼓膜にとどく。
もう、おとめの片鱗はうせていた。
その声をきいて、炭木はすこしだけ嬉しそうにしながら、ため息をつく。
「えーと……そうじゃなくて、藤崎さんはなんで、俺が好きになったと、おもったんですか? なにか理由があるんですよね」
「お、おんおう、そうか、それか。じゃあな、またな、回想はいるやつやるぞ? いいか?」
「ああ、はい。どうぞ」
そう、あれは、お昼休み前の出来事でした。
お弁当を片手に部室へとむかおうとしていたところ、背後からだれかによびとめられたのです。
「よっす、藤崎ちゃ〜ん。どこぃくん?」
「びゃっ! えっ!? ま、松山さん……?」
そう、私がなにかをしようとするとき、必ずちょっかいをかけてくるのは、「一軍おんなキラビヤカ〜ズ」松山さん。
ギャルという生き物は、自分の楽しさだけをおいもとめ、自分の価値観だけにいきる生物。
私のような底辺人間への配慮なんてない。
娯楽をみいだし、しゃぶってしまえば、ポイをする。
ギャルというのは、怖い生き物。
「で、どこぃくんょ〜」
「あっ……! あの……、部室で……ご飯、食べる……」
「ぁぁ! 例の後輩くんと?」
「う、うん……」
松山さんはそうきくと、目をほそめながら、にんまりと笑いました。
その顔が、脳裏にこびりついて、はなれません。
いま、おもいだしても、鳥肌がたちます。
「ゃっぱさ〜、っきぁってんの? ふたりって」
「そ、そんなことないよ。ただの後輩、後輩」
「ふ〜〜ん……。でも、むこぅは、そぅ、ぉもってんのかな〜?」
「え?」
「たとえばさ! なんか最近、進展みたぃなことって、なかったの?」
炭木のことを恋愛目線でみたことはありません。
ですが、クラスメートと久しく会話をしていなかった私は、即座に話をうちきり、彼女に嫌われてしまうことを憂いました。
なんとかして、くらいつこうと、してみます。
「進展もなにも……。あっ、この前、(人生で)初めてカラオケにいった」
「ぇぇ〜! それ絶対すきだからさそったやっじゃん〜。ほかにはなぁぃ?」
「え、えーと……。あっ、あの、体臭がきになるって話したら、臭い、(かげっていったから)かがれた」
「ひゃ〜、ぇっち! 無自覚にそぅぃぅことされるって、信頼されてんだよ〜」
ウザがらみの類いなことは重々承知していましたが、私も、もりあがってしまっていたのは事実。
ですが私はこのとき、彼女がもりあげ上手な一軍女子であることを、すっかり忘れていました。
彼女のペースに、のまれているともしらず、私は口をはしらせていたのです。
「あ! あとね、あとね……」
「ぅん。ぅん」
「この前、おっぱいとおしりさわられた!」
「はぇ?」
空気の一変をかんじました。
正直、なにがダメな発言だったのか、いまでも見当はついていません。
「ふ、藤崎ちゃん……。それ、どぅぃぅ状況?」
「え? おしりに腕はさめば、きもちいいんじゃないかって、いわれて」
彼女の表情がくもっていきました。
こんなにも眉をひそめた松山さんを、私は初めてみたとおもいます。
「…………ぁの、藤崎ちゃん」
「ん? な、なに……?」
「それ、利用されてるょ」
「え?」
「だってさ、どんなになかょくても、女の子の胸はさわらなぃょ。って考えたら、カラォケもタィミング見計らってただけかもだしぃ、体臭かがれたってのも、そぅぃぅ……」
「え、えっと……つまり……?」
松山さんは息をはいて、ためるようにいいました。
「藤崎ちゃん、後輩くんの性欲のはけぐちにされてなぃ?」
「……っっっ!!!?!??!!!!!??!」
「──ってことがあったのよ」
「好き勝手がすぎるだろ。その話」
………………
…………
「ていうか体臭もおっぱいも、全部、藤崎さんがいいだしたことじゃないですか」
「そう! 私もおもった。けどさ、いちいち、つきあってくれてるってことは、それって好きだからじゃないの?」
「ああ、それでそこにもどるんすね……」
炭木は藤崎の顔を一瞥した。
その顔は、このふざけた内容に伴っていない必死さで、茶化していいものでないことは、炭木も理解しただろう。
炭木は、普段の穏やかな声色とはうってかわり、力のこもった声で、藤崎のほうをがっちりみる。
「藤崎さん。もうこの際だから、はっきりいいますね」
「お、おおう。なんだよ……」
「俺は藤崎さんのこと、女性としてみてないです」
炭木、渾身の謝絶。
「いままでのも、異性としてみてたら、できたもんじゃないですよ。ていうか、つきあってても、やりたくないです」
「あー……そう……?」
「そうですよ。そもそも俺も、男友達とじゃれあうくらいの感覚だったんで、藤崎さんに意識されたら、もうできませんよ」
「すぅー…………、なるほどねぇ…………」
吐くものすべてはきだした炭木は、スッキリと汗をぬぐった。
しかしそれをきいて腕をくむのは、納得のいく答えがかえってきたはずの当の本人。
なぜか不満げな表情をうかべている模様。
「……あの、なんですかその顔」
「ん? いや、べつにね、全然、っていうか」
「ああ、はぁ」
「いってしまえば、紅一点なわけじゃん。私は。この部活の。私はお前のこと好きじゃないけど、お前は私のこと好きであれよ」
「メンヘラガキ大将?」
………………
…………
またはじまった。
藤崎が、藤崎である所以。
久しぶりの、承認欲求バカ。
しかし、炭木。
冒頭のフリはなんだったのかと、今回ばかりはだまっていなかった。
この甘えたガキンチョに、1杯食わせてやろうと、くわだてる。
「じゃあ藤崎さん。まず、仮定として、俺が藤崎さんを好きとしましょう」
「お、おう」
「で、好きだとして、藤崎さんはどうするんですか? 俺が告白とかしてきたら、なんてこたえるんですか」
「え……? なんて……って」
「想像してみてください。俺が告白して、恋仲になった未来を」
「…………」
炭木は藤崎の生態を理解しているつもりだった。
予期せぬ思考が介入したとき、あらぬ方向にむかってトンチンカンな回答をだし、結果、大恥をかくという流れ。
自分自身を触媒に、このワガママガールを、己の言動に慙愧させる。
それこそが、ひそかなる、しゃらくせぇ、みみっちい、しょんない、炭木による逆襲なのだ。
だがしかし、炭木は藤崎をみくびっていた。
この女が、コミュ障で、卑屈で、妄想癖もはなはだしい、残念女子であることを────。
「………………」
①夕日が落ちる放課後の教室。
『藤崎さん。すみません、急によびだして』
『お、おう、うん』
『あの…………好きです。藤崎さんのこと』
『おう、うん……まあ、私も……だけど、お前のこと、うん。ど、どういうとこが……好き、とかある……?』
『手間かかるとこですかね。母性をかんじれて好きです』
『だいなしだよ、お前』
②街の駅前広場でまちあわせ。
『(はぁ、はぁ、電車が遅れて遅刻しちゃった。炭木のやつ、怒ってないかな?)』
『(遅いな藤崎さん。寝坊かな。寝坊だろうな。ま、べつにいいけど)』
『ごめーん。まったぁ?』
『はい。20分まちました』
『ほんとのこというな』
③デート先の遊園地。
『あれのろっ! あれ!! 絶叫系!!』
『あ、あぁー……。いいですけど……』
『おいおい、なんだお前。苦手か? こういうの。ん? お?』
『いや、命にかかわることなんで、不用意にのろう、なんていえないですよ』
『お前いま私の身長のことイジったろ』
④下校中の路地。
『じゃあ、俺こっちなんで』
『お、おう……』
『ん? どうしました?』
『うん……、……あのさ、今日、うちに親いないから、……こない? 家……』
『ああ、はい。エッチなことするんですか?』
『全部いうな』
「────────………………」
「あの、藤崎さん……、藤崎さん……?」
「………………」
「あの……なんですか、この時間」
「………………ちょっとまって……」
「え?」
「いま! ゴムのつけかたわかんなくて、ググってるとこだからっ!! ちょっとまって!!!!」
「なんで妄想のディテールこってんだよ」
「………………」
「…………??」
「…………」
「……っ!!!!!」
「俺でっ!!!! なんちゅう妄想してんだ!!!!!! あんたはっ!!!!!!!!」
セリフばっかな描写、最終的に妥協になっちゃう。
次回は9月か10月にだせるとおもいます。
だせたらいいなっておもいます。