第6話 ラップバトル
もう数分もすれば、下校のチャイムがなりそうな時間だった。
久方ぶりに天文部に3人が集まったものの、ろくに活動らしいことはしておらず、みな、思い思いの放課後をすごしている。
だが、一見、平常心を感じさせるこの空間で、太宰片手に目をぱちくりさせているのは炭木。
朝イチ、昼休み、そしていま。
今日、すでに3度も邂逅しているはずだが、この鼻垂れのがきんちょ、静かすぎるのだ。
嵐の前の静けさか、炭木は経験上、藤崎がおとなしいということは、これから騒々しくなる前振りであるとしっている。
いつくるか。
藤崎を薄目に覗きみて、挙動不審になる瞬間を、いまか、いまかと、うかがうのだ。
「…………」
「──……ずんずく、ずん」
「え?」
「ずんずく、ずんずく、ずくずくんっ。ずんずく、ずんずく、ずくずくんっ」
「え……そっち?」
突如、指で机をスクラッチさせ、謎のリズムに縦乗りを始めたのは、まさかの片岡のほう。
「え、なに? DJ?」などと、30点にもみたない返答をかえすことしか、炭木にできるリアクションはなかった。
そして、まあ、片岡にアホの片鱗をふきこんだ元凶は、どう考えてもこいつしかいないであろう。
「Listen! to my rhyme!!!」
「…………は?」
「ヘイ! 炭木ぃ! 正直なんか冷めてる最近? なら、ちょっぴりバカ奏でる、ロマンティックな口説き合いぃ!?」
「イェーイ!」
炭木、呆然。
「あの……なんすか、これ」
「おいおい、しらばっくれんなよ? お前が最近、ラップにハマってるってのは、1年のヤツから調べがついてんだよ(片岡調べ)。逃げ腰なんてゆるさねぇぞ?」
謎の自信があふれる藤崎を前に、顎に人差し指をおいた炭木は、少しの間、木魚をあたりになりひびかせた。
そして、すぐさま、頭の上に豆電球うかばせる。
「あっ! ああ……、違う、違うんですよ。藤崎さん」
「なんじゃい、なんじゃい! 片岡のビートにはのれねぇってのか!? お前はよ!!」
「いや、だから、そもそも俺、ラップなんて全然やってないですよ!」
「……ん?」
炭木は困惑しながらも、話をつづけた。
「あの、俺……最近、お菓子づくりにハマってまして。それでよく、ラップとかアルミホイルとか、つかうから、すぐなくなって困るな、って……」
「…………」
「………………」
「……………………え?」
━━ 第6話 ラップバトル━━
「え、あの……私、付け焼き刃で3日前にやり始めたばっかだから……、なんならお前から、色々、教えてもらって……とか……、そういうのは……」
「す、すいません。ラップのラの字もしらないです……俺……」
高校生の同じ部活の3人が集合し、こんなにも気まずくなることがあるだろうか。
顎をふるわせる藤崎の歯が、カチカチと微かにきこえる。
だれかが口をひらいてしまえば、その瞬間、同情という名の本当の地獄がまっていることは、みな、わかっていた。
だからこその沈黙。
このまま、なあなあにでも終わってしまわないかと、思うばかりであった。
しかし、空気がよめないというべきか、むしろ、空気をよんだというべきか、この沈黙にたえきれなかったものがひとり。
「あ、あの! せっかくだし、やってみても、いいんじゃないかしら!?」
「え……? か、片岡ぁ……、でもぉ……」
「ほら、練習したんでしょう? ね! 炭木くんも、きいてみたいよね!?」
「そ、そうですね……! あんま、詳しくはわかりませんけど」
もちろん、ふたりとも本心ではないだろう。
ただ、彼女が不憫にみえて、仕方なかったのだ。
「お、おお、そう……? じゃあ……、やる……」
そういうと、こほんと咳払いをし、かまえるように腰をおとした。
はにかんでいるのか、ただヘラヘラしているだけか、羞恥心からにじみでる表情をうかべる。
そして、「あー……」と、エアマイクのチューニングを装いながら、喉をならした──。
「ETERNAL CONNECTION.」
作詞:藤崎 千鞠
作曲:藤崎 千鞠
(1カメ)
「こ……こちとら今年でもう3年、雪空こごえりゃさよならか。そんなの勘弁、まあ止めもられんがこのままじゃ」
(2カメ)
「私はほしいの、みんなの接点。でもしってるの、私の欠点。ほんとにごめんよ、ただ駄々たらたら」
(3カメ)
「でもいい加減、つながらないから。できることなら、ちょうだい可能か? お前のもってる、携帯番号ぉ……」
「…………」
「…………」
声が、部室の壁に反射して、すこしだけ、ゆれた。
悠久だとすら思っていた。
時間にして20秒。
その程度でさえ、無限に感じる。
片岡は、炭木の顔をみて、小さく彼を指さした。
炭木は、それを確認し、八の字眉で首をふった。
わからなかったのだ。
だれも。
優れているのかすら、劣っているのかすら。
口をとじ、目をとじ、腰をおとしたポーズそのまま、微動だにしない藤崎に目線をむける。
そして、やがて、苦笑のふたりは、苦笑なりに、手をたたいた。
ぱちぱち…… ぱちぱち……
ぱちぱち…… ぱちぱち……
ぱちぱち…… ぱちぱち……
ぱち…………ぱち………………
「学゛芸゛会゛かああああああぁぁぁっっっ!!!!!!!!!!!!」
藤崎、ほえる。
「新入社員歓迎会でダダ滑りしてる入社5年目かああああああぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!」
「それはしりませんけど……」
藤崎の表情はもう、しっちゃかめっちゃかだった。
それでも、腰を落とした臨戦態勢ポーズだけは、継続している。
片岡も、炭木も、顔に作り笑いを貼りつけるほか、なだめる手段がない。
「で、でも! すごかったわよ! 歌詞とか……ほら、あれ……メロディ……? とかも、オリジナルでしょ?」
「そ、そうですよ! あと、歌! 歌唱力よかったですよ。普通に歌、うまいんじゃないですか」
「うるさいっ!! やめろぉっ!! 素人がする『よくわかんないけどすごいね』って感想やめろぉっ!!!!
風俗嬢かっっ!!!!!!」
「それもしりませんけど……」
………………
…………
「そもそもさ、炭木がさ……炭木のためにさ、ラップかじっただけだからさ、私もさ、そんなさ、そんな……ラップしらないからさ……」
「うん……うん……」
片岡は相槌をうつことしかできなかった。
藤崎の姿は泣きだす一歩手前の赤子だ。
なんらかの言葉をのせた瞬間、その波がピークに達してしまう。
ならば、波を滞らせ、このまま家に持ち帰らせ、ベッドの上で布団にでもくるまりながら、解放してもらうしかない。
それがいま、藤崎にとっても、天文部にとっても、1番の穏便であろう。
だがしかし、隣にいるのは、キョトンとした無表情。
普段は察しのよさを売りにしているこの男、なぜだか納得していないのか。
片岡の取り計らいなどおかまいなしにと、ずけずけ口をひらいていく。
「でも、ほんとに歌、うまかったっすよ。素人目でもききやすい感じして」
「ちょ、ちょっと……、炭木くん……」
炭木の挑発ともとれる言動は、大気に流され、藤崎へと一直線。
それが体にはいると、当然、逆鱗にまで浸透していく。
「は? は? なんだお前煽ってんのかコラお前。なんもわかってないくせに調子のってんじゃねぇぞお前な。うまかったらなんだってんだよ。なんにもなんないこと褒めたって意味ねぇだろうがよこの野郎め」
皮肉にも、様相はラップバトル。
韻はない。
ネチネチ激昂する様子をみて、炭木は頭にハテナをうかべた。
そして、それが当然であるかのように、いつもの声色でといかける。
「いや……、もっと藤崎さんの歌いろんな曲できいてみたいんで、帰りにカラオケでもよりませんか?」
「…………!!」
「……………………」
「えーと、予定もなんもなかったらですけど……」
「ふ、藤崎ちゃん……?」
(1カメ)
「……………………」
(2カメ)
「………………………………」
(3カメ)
「………………………………………………」
「……いくぅ」
( ⸝⸝⸝ ´ ⩌ ₃⩌`⸝⸝⸝)◞◟
ラップパートがちゃんとできてるかだけが心配。
次回は9月中に更新できたらいいなって思ってます。