第5話 おっぱいマウスパッド
キーボードをたたく軽快な音があたりに響くなか、チカっとしたブルーライトの発光が、炭木の体を包みこむ。
1年生に課せられた調べ学習の課題だが、いまだにパカパカ携帯を愛用している炭木にとっては未知のもの。
部活動支給のパソコンを使うほか、なかったのである。
しかし、部室にいるということは、当然、一緒にいるのは140cmお姉ちゃん。
なにが楽しいのか、唇を3の形にした彼女は、パソコンに悪戦苦闘する炭木を眺めていた。
静かに頃合いをさぐりながら、そして、息を吐くのだ。
「るー、るるーるるる……、るーるるー……」
突然のハミング。
片手タイピングが奏でる最悪のテンポ感と、口ずさまれた旋律によるマッシュアップ。
その不安定なメロディーは、オウムの調教か、はたまた黒い柳の部屋か。
集中状態であったさすがの炭木も、その不協和音には、線が切れてしまった。
「……あの、なんですか? それ」
「ん! なに!? 私!?? 私になんかよう!!?」
「いや……その歌、なんの歌かな、って」
「ん、ああ、これ? これ、私のオリジナルの……ヤツ」
「あっ、そうなんですね」
「………………」
「…………」
そして、おとずれたのは静寂。
あきらかな気まずさ。
この話題、話の広げようが特にない。
「……………………あのさ……炭木ぃ」
「はい……なんすか」
「おっぱいマウスパッドって知ってる?」
「急カーブがすぎるだろうよ」
━━第5話 おっぱいマウスパッド━━
いかなる話題の転換であろうと、その対応力には定評のある炭木。
しかし、額のしわが描くのは、WARNINGの文字だった。
パトランプがニョキッと生える。
脇の下しかり、ちんぽこしかり、この女がするこの手の話はろくなものがない。
普遍を求む炭木は、無難な話の膨らませ方で様子をみる。
「あの……あれですよね、女キャラの胸に腕はさむやつ。UFOキャッチャーとかで、たまにみる感じの……」
「そう! 昨日さ、ゲーセンいったら、あったんだよ、おっぱいマウスパッドが!! 私、初めて見てさ、2千円くらいかけてとったんだよね」
思ったよりも普通な日常トークが展開して、炭木は虚をつかれたような顔をした。
異性の上級生とする話題ではないだろうが、いつものカスと比べれば些細なこと。
安堵のような笑顔をみせ、ため息を漏らす。
そして、そのまま、藤崎へと問いかけた。
「それで、おっぱいマウスパッドが、どうしたんですか?」
「あれさ、思ったんだけどさぁ、生身でもマウスパッド、できるんじゃねーかなって」
WARNING! WARNING!
ヴー ヴー ヴー ヴー
チカッチカッ チカッチカッ(赤黒い点滅)
………………
…………
「いや、でも、服の上からだと、マウスの操作とか、しにくいんじゃ、ないですかねぇ……」
「え、なに? 私に脱げっていってる?」
「いまからやる気満々なのかよ」
炭木は、顎を真横に突きだして、眉間のシワをはっきりとさせた。
やる気に欠け枯れた顔とはこのこと。
「で、なんすか? 藤崎さんの谷間に腕はさみゃいいんすか?」
「なんかお前なげやりだな」
そういいながらも、机の上に座る。
「ちょうどお前、パソコン使ってるだろ。私が机の上に仰向けで寝転ぶから、おっぱいに腕はさむんだよ。いいな!」
「はいはい」
「あと! この位置からだと、パンツみえるかもだけど、覗かないでよね!!」
「あ、はい」
「はいて……お前」
藤崎は顔に不服をうかばせつつ、頭を奥にむけるよう寝転んだ。
横たわった人間の体を上からみてみると、同性異性、関係なく、征服欲が湧くものである。
こんな女とはいえ、年の近い女の子。
それらの欲求が高まっても、おかしくはないであろう。
しかし炭木、心拍数から顔のひくつきまで、一切の微動がなかった。
藤崎の胸部へと、冷ややかな目線を飛ばすのみ。
ここまで、男女の友情という言葉が、冷酷な総称となることがあったろうか。
「じゃあいきますよ」
「おう、ばっちこいや!」
マウスを持った右手を上にあげた炭木は、そのまま谷間へと振り下ろす。
一切の迷いなどない。
そこが、右腕の帰すべき寝床であるかのように、すっぽりと、谷間へはめにいった。
「…………」
「……?」
だが、腕と胸が接触する、すんでのところ。
炭木は動きをピタッと止めた。
「………………あの、藤崎さん」
「あ、なんじゃい」
「やっぱり……やめませんか? 正直、こんなことしても、なんにもならない、っていいますか」
「…………」
藤崎の胸部にむける、その冷ややかな視線が、互いの意思を共鳴させる。
この先、1歩、踏みこむことが、どれほどの責任になるか。
ふたりとも、すでに、わかっていた。
「………………炭木ぃ」
「は、はい……」
「やれ、やれよ。いますぐ」
「……わ、わかり……ました」
胸に腕を近づけるたび、緊張が高まって、炭木の額が濡れていく。
先ほどまで彼にあった冷酷な感情は、とっくに抜け落ちていたらしい。
ガラス細工を扱うように、震える腕を、谷間へと、おろしていった。
「……」
「…………」
「………………どうだ」
「……え?」
「使い心地よ、つかいごこち。どうだって」
「あ、ああ……そうですね。まぁ、その、鎖骨が……ちょっと、邪魔かなぁ……なんて……」
「あはは、そうだよなぁ。おっぱいマウスパッドってな、おっぱい以外、全部平面だからなりたつんだもんなぁ。人体じゃむりかぁ、だはは」
「そ、そうですかね……、あ、あはは……」
藤崎は笑った。
炭木も、愛想笑いをした。
だが炭木は、彼女がいま、笑っていないことを知っている。
「いやーよかったなぁ、いい知見になったなぁ」
「………あの、藤崎さん」
「しかし炭木よ。これならな、もっといい場所もな、あるかもな」
「……もう、もう……やめましょうよ…………」
抑制をふりきり、藤崎の渾身が、言葉にのった。
「私なら、おっぱいの上で操作したほうが、邪魔になるもんもないだろ、つってな」
「……」
「いやお前。私のおっぱいは下敷きかい、って」
「…………」
「これがほんとの、おっぱいマウスパッドかい、って」
「………………」
「がはは、みんな死ね」
………………
…………
「あの、無粋なこと聞いていいですか」
「おうなんじゃい、殺すぞ」
寝そべりながら、悪態つくよう膝をたてる。
炭木視点、水色の布地と薄紫のリボンがこんにちはしていたが、彼がそこに触れる猶予はない。
「なんでこんなこと、したんですか」
「あ?」
「いや、こうなることなんて、わかりきってた……、っていいますか」
その一言で、藤崎は目を閉じた。
もう、ここまできたら、なにをいわれようと、憂うことしかできない。
「昨日、ゲーセンでとったおっぱいマウスパッド、貧乳キャラだったんだよ」
「え……そんなのあるんですか?」
「おう、キャラの格差を埋めるためにな、たまにでんだよ。貧乳マウスパッド」
「はあ……」
「で、家に持ち帰ってよ、腕おいてみりゃあ、わりと気持ちよかったわけですよ。貧乳が」
「……」
「夢……みちゃってたんだよなぁ。おっぱいマウスパッドなら、って。案外、乳なくてもやわらかいじゃん、なーんて、なぁーあ……」
炭木は黙ることしかできなかった。
自分からいいだしては、自分で自虐するという、一見してメンヘラ彼女を内包する藤崎。
しかし、炭木は、彼女のすべてが不憫にみえて、なんと声をかけたらいいか、わからなかったのである。
「……あの、藤崎さん」
「あ? なんじゃ、殺すぞ」
「1個だけ、俺にも案があるんですけど──」
………………
…………
窓のオレンジ色が目に染みて、美味しそうな匂いも漂いだしてきた。
天文部内、そして、ふたりの体にも太陽がみえる。
しかし、このふたり、そんな余韻など知ったことではない。
熱のこもった声にかかれば、夕日なんてひとひねり。
「ああ! やっぱこれ、いい感じですよ!」
「………………そうか……」
「やわらかくて、ふにふにで、腕もだいぶ安定しています!」
「………………おう、……おう」
「やっぱりマウスパッドの正解は、ケツだったんだ!!」
双璧と化した桃の果実が、炭木の腕をすっぽりはさんでいた。
机と顔面キッスするよう、まっすぐうつ伏せになった藤崎のケツが、綺麗にわれる。
「これいいですよ、藤崎さん!! 桃尻の弾力はさることながら、背中のラインは広々して、うごかしやすい!」
「…………」
「さらに、尾てい骨が手首にフィット!! 軽いスナップで、ワイドなマウス操作を実現してます!!」
「………………」
「藤崎さん!! 藤崎さんの体でも、マウスパッドにできるんですよ!!」
「……………………」
「よかったですね!! ねっ! 藤崎さん!!」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
3点リーダー君、迫真の文字数かせぎ。
次回の更新は4週間後くらいになります。