第21話 セフレ
神妙な面持ち、とでもいうべきだろうか。
うつむきながら黒々としたオーラをまとう、そのたたずまいには、気品すら感じる。
炭木も、顔を覗きこんでは逡巡し、文庫本の世界に戻る、という一連の動きを3度ほど繰り返していた。
触らぬ神に祟りなし、とはいったものだが、こうも鬱屈とされては気になってしまうもの。
どうにか声をかけれないかとタイミングを見計らう炭木。
しかし、そんな彼を置き去りにするよう、先に動きをみせたのは藤崎のほうだった。
「なぁ、炭木よぉ」
「は、はい」
「あの……自分でも変なこときいてるな、ってわかるんだけどさ。ちょっと……いいか?」
「大丈夫ですよ、変はいつものことなんで」
「失礼極まりないなお前」
すこしはにかんだ様子の藤崎は、眉をひそめ、そのまま言葉をためる。
数刻の流れる中、その眉をみた炭木は、「しまった」といった顔をした。
そう、この女が言葉をためる時、それはどうしようもないことをいう前振りなのだと、今更ながらに思い出したのだ。
あ、今回もあの流れか、なんて考えたところでもう遅い。
藤崎のチャージは、すでに完了している。
「……レ、ってさ」
「え?」
「お前、セフレって、興味ある……?」
────セックスフレンド:性交を楽しむことだけに焦点をあてた男女関係を指す俗語。通称セフレ。恋人未満どころか、恋愛そのものを排除した関係ともいえる。
それはもう、本作の最終回である。
「そこから友達に繋がると思ってるなら、俺は心の底から軽蔑しますよ」
「あっ、そうじゃなくて! 別にお前と関係をもちたいわけじゃなくて!」
━━第21話 セフレ━━
「昨夜っ! 私はお前との関係性を言語化していたのよ」
「作家? ……それで、なんでセックスフレンドなんですか」
シンプルな疑問。
「セフレってのは多岐にわたってなぁ、行為をするだけの関係だけじゃなく、ペッティングのみ、キスのみ、中には添い寝するだけなんてのもあんだよ」
「はぁ」
「これきいてお前は、どう思う? どう、思った……!?」
「え、もう『セ』じゃないじゃん、ってとこですか」
「セ」ではない。
そのセリフを耳にした藤崎は、再度、眉をひそませる。
ことの本質は自覚ではない。
セフレの定義、そのものなのだ
つまり────。
「つまり、私たちの関係をひとことで言い表せば、セフレ、になるんじゃないのか?」
「な、なるほど……?」
顔をしかめ、ふたりは同じ目をしてみつめあった。
「たしかに、ペッティングはしてますね」
「した、ケツも胸も乳首も弄られた」
「互いに恋愛感情はないと」
「ない、これも確認済み」
「なんか最近、結構イチャイチャ的なことしてますよね。藤崎さんの要望ですけど」
「うん、私はお前を男としてみてるからな」
だせばだすほど露呈するのは摩訶不思議。
その情報の波は陰謀論のそれであったが、こうも並べてしまえば、単なる友人とは名乗れない。
「セ」のつくあれが、右脳を高速で横切っていくのだ。
セ、セ────。
「セフレだなぁ! これは!!」
「だろお!!」
………………
…………
いかんせん焦点のズレも感じるが、着目すべきはそこではない。
わたわたと、焦燥感あふれる様子の藤崎は、矢継ぎ早で詰めよった。
「正直、私はお前と関係性を保てるのであれば、セフレでもいいと思ってる」
「依存彼女みたいなこといってる」
「私の憂慮は自意識じゃない、外聞のほうだ。私らの交友関係は上位カーストのが多いだろ。ちょっとでも漏れりゃあいっぱつドヒュン、たちまち時のひとになるぞ」
ただの奇天烈交友関係であるとはいえ、広義の意味ではセフレである以上、風当たりが強いというのは事実。
いくら本人たちが納得しようと、この関係がセフレとして広がっては、世間体はよろしくないだろう。
「別にみんながいいふらすとは思ってないけど、万が一はある。私がクラスの人気者にでもなってみろ、想像しただけでゲロ吐くね」
「たしかに、先生からも問題児扱いはされそうですね」
「これに気がついた今、早急な対策が求められてんだ。この関係がセフレであると断定されないための口封じが!」
ふたりは頭を悩ませた。
当事者になればあまり冷静な対処はできなくなるもので、「そもそも、それいいふらされても、そんなダメージなくない?」などという思考が介入する余地はない。
頭からお尻までずっと冗長な時間が流れている中、ボソっと藤崎がつぶやいた。
「片岡もさ、松山さんもさ、お前だと咲希ちゃんか。ここでの知り合いって、全員私らに好意もってくれてんじゃん」
「まぁそうなのかな」
「寝るか、全員と」
「本末転倒って知ってる?」
………………
…………
「もうしなければ、いいんじゃないですか?」
「え」
悠々と、炭木は語る。
「こういう紛らわしいことしてるから勘違いされるのであって、互いにパーソナルスペースを作ればいいかと。こんなアホみたいなことしなくても、俺らは友達ですよ」
「む、ん……」
友誼は結びたいが後ろ指をさされたくないとなれば、そもそも論、この奇天烈コミュニケーションを排除してしまえばいいのだ。
そりゃそうといえば、そりゃそうである。
「ま、藤崎さんがとんでも発言を自重すればいいだけなんで、関係性は変化ないと思いますけど」
「…………」
「……? どうしました?」
「いやお前さ、1年の友達、何人くらい……いんの」
「え、1、2……、8人くらいですね。よく話すメンバーならそれくらい」
「……」
いえばいうほど、藤崎の顔はみるみる曇天がかっていく。
寸秒の末、それをみた炭木は、「しまった」といった顔をした。
本日2回目。
藤崎が藤崎たる所以とでもいったところだろう、ブラック企業の上司か、漫画の編集部か、くどくどドロっとした口調が炭木の耳をほじくりまわす。
「要はモブどもとさぁあ、同じランクに降格させようって話じゃん、私を、ん? セフレがどうこういわれようともぉ、いまの地位を剥奪するなんてのは、いささか極論すぎるってとこはないかなぁ、って」
久しぶり。
メンヘラカス。
「私がいってんのは口封じの話なので、関係を改めたいわけじゃないのよなぁ、わかる? 私とお前は固い契りで結ばれてて、他のヤツらとは違うのよ。そこちょっと理解がたりないんじゃあねぇの?」
「あの、藤崎さん」
「ん? あー……ん?」
「そもそも、友人にランク付けなんてしないですよ。普通」
「…………っっっ!! ……っ!!!!」
急所。
会心。
クリティカル。
「す、炭木よぉ……」
「はい、なんすか」
「舌だせコラ、ベロキスすっぞ」
「錯綜しちゃった」
………………
…………
「やなのっ! 私はお前と特別な友情を芽生えさせたいのっ! 群衆の中のひとりじゃダメなのっ!」
つまり、①後ろ指を刺されたくない、②セフレでもいいからふたりだけの特別な関係は維持したい、ということ。
このふたつを両立させるというのが、藤崎のもつ課題なのだ。
難儀だね。
「じゃあいままで通りでもよくないですか。冷静に考えたら恋人がいるわけでもないし、拡散されたところで痛くないですよ。藤崎さんとならどう思われても嫌悪感はないですし」
「あ? じゃあなんだお前、私とドスケベできるってんのかよ。ヘタなこと口走ってんじゃねぇぞ、ふかし野郎が」
ひどい悪態ではあるが正論っちゃ正論。
炭木は人差し指を顎に置き、少し言葉を探ったのち、口を開ける。
「うーん、普段のあれらをエロと仮定するのであれば……。俺も結構楽しんでるんで、付き合わされてるって感覚はないですよ」
「……!!!!」
藤崎は硬直した。
藤崎の、内の内にある核心だったのだ。
自身の劣情を発散するような行動の数々を、ほぼ巻きこむという形で付き合わせた罪悪感。
布団の中で何度、背骨を氷像に変えてきたか。
それでもやめてしまえば、たちまち手が届かなくなる気がして、胸を焦がしながら提案する日々。
その枯れが、いま、解消された。
彼女の脳裏に「セ」のつくあれは、もう存在していなかった。
晴れやかな顔とは、まさにこの顔。
白く輝く芝生の上で、小鳥の囀りさえも聞こえてきそうなほどに────。
「…………炭木ぃ」
「はい」
「エッチなんだからっ、もう!」
「うざ」
最近ぽけのもんとイチャイチャするために家造りまくってるから全然小説に身が入ってない。
法かなんかで規制すべき。
ここ2日やってなくて手震えてんもん。




