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第20話 映画館デート


 アナウンサーのいってらっしゃいがまだ耳に残る中、少し進めば騒がしい学生の雑踏もみえてくる。

 しかし藤崎は、学生らの進行方向を逆走、閑散とする住宅街方面へとむかっていた。

 そわそわと、うきうきと、自信に満ち溢れるかのような面持ちだったが、しかし動きはロボットダンスのそれであり、整合性はまるでない。


 突如、藤崎のアホ毛がピコンと逆立った。

 動きのギクシャクはさらに深みを増していき、足に至っては震えるばかり。

 90年代前半のテレビゲームを彷彿とさせるモーションで、平手を左右に振り回す。


「すぅ、すす、炭木ぃ! ち、ちっす、ちゃーーっす!!」

「あれ? どうしたんですか藤崎さん、こんなところで。待ち合わせ先のY字路でしょ」


「い、いやぁー、なんとなく? 気分で? 裏道抜けてきたらなぁ、まぁここに繋がったわけなんよぉ。たまたまな、偶然な、まさかお前に会えるとはなぁ、思ってもみなかった……って感じだわな!」


 言動、表情、息づかい、すべてが「私、嘘ついてますよ」とでも自白しているような、パッとみただけでも虚言と見抜けるであろう様相。


 しかし炭木はふれなかった。

 その事実に目を瞑ったのだ。

 こいつ、かなりの利口である。


「……そ、それっ、そそそでで、そそっ、で、さ……さぁ」

「え?」


「そ、それでぇ! そででしゃあ! あ、あば、あびあばび……。あじなぁ、あし……あぁ! ひゅみゃあ、みゃあかぁあ! みみ……ひむぁ、か! おまゃおもも、まぁ!!」


「えーと……、それでさ、明日暇かお前……ですか?」

「おおぅ!! おお! おおっっ!!」


 未知との遭遇か、さながら異文化交流の通訳者。


 ちなみに解説しておくと、本日は金曜日であり、つまるところ藤崎の狼狽は、「休日に遊びに誘う」ことへの動揺によるもの。

 彼女にとってはこの程度でも、大いなる一歩ということだ。


「こここ、こ、これ! これぇ!!」

「ん、映画のペアチケットですか。これ知ってますよ、少女マンガ原作のやつですよね、恋愛の。ジップでやってた」


「そう! あのさっ、わ、私もさっ、原作ぅ……知らないんだけどさ……、明日っ! 明日ぁ!! 一緒にぃ……いきゅ、いきませんかぁっ!!」


 藤崎のしゃがれ声がこだました。

 こんなグダグダな誘い文句、ハーレーまたがる遊び人なら、反吐のひとつやふたつじゃ事足りないだろう。


 しかし、相手は炭木。

 このお人好しが誘いを断ることなど滅多なもので、いえば最後、一緒に遊ぶ確約がとれたも同義。

 はたからみれば優位は炭木に映ろうが、この時点で術中にはめたのは藤崎のほうなのだ。

 事実、藤崎もそれはわかっており、「休日に遊びに誘う」ことにのみ、全神経を集中させていた。

 本懐を遂げたいま、3秒で描いたようなへのへのもへじ顔になっている。


 まばらにいる人々からの視線が共感性羞恥もはなはだしいが、ふたりにとっては存在しないようなもの。

 時が止まっているかのように錯覚をおこすほどの静寂に包まれる中、彼女はじっとりと返答を待つのだ。


「……あの、藤崎さん」

「ん!! なに!? お、おおう!!」

「いや、ちょっと……申し上げにくいのですが」

「え……!? …………え?」



「その日、先約がありまして……いけないです、自分……」



「は?」



 ━━第20話 映画館デート━━



 通常、出先でなんやかんやする展開になるのだろうが、このふたりに限ってそんなものはない。

 学生の規範に則り歩みを止めはしていないが、張り詰めた藤崎の頬だけは、その場に置き去りにされそうなほどの硬直をみせていた。


「あの……別日には……」

「これ期限、明日までだし、お母さんから昨日もらったやつだから、こんなことなるなんて、かんがえてなかったし」

「それはまた……うん」


 炭木に返す言葉はなかった。

 先ほどとはまた別の、時が止まっているかのような静寂が、ふたりの間を襲う。


 ここで、「いやいやw、別の日にでもまたチケット買ったらいいじゃんww」、などとかんがえつく者もいるだろうが、そいつは藤崎検定不合格の烙印を押されてしかるべきであろう。

 この静寂は計画の霧散によるものではない。


「でぇ、なによ」

「はい……?」

「先輩のぉ、デート断ってまでぇ、しないといけん用事たぁなによ、つってんのよぉ?」

「あの、友達とゲームやる約束してまして……」


「はぁーっ!! 休日にゲームとか、まぁ! 陰キャド直球ド真っ盛りかよぉー!? しけた終日の消費してからになぁ!」

「咳払いしたほうがいいやつですか、これ」


 他人を卑下するとき、棚にあげた部分は饒舌になりがち。


「こうなりゃ片岡でも誘ってやろうかなぁ! あいつは私にほの字だからなぁ! お前と違って誘いがいあるだろうしなぁ! いままで1回も一緒に遊んだことないけど」

「じゃあなんだその肩肘」


 唾液混じりの叫びが耳を汚染する。


 そう、藤崎の言動力、それはいうなれば妬みだ。

 あれだけ力をいれた申し出を無下にされたことへの不満が、じわじわと、炭木の先約への妬みへと変換されていったのだ。

 面倒この上ない。


 だが炭木、涙目ながらにふんぞり返る藤崎へとむける顔は下がり眉。

 んーっと口をならして、なにかいいたげに眼差しを送る。


「こりゃあカップル誕生しちゃうかもなぁ! トリオ内でカップルなんざできたらぁ……、気まずいでしょうねぇっ!! しかしぃ!!」

「あの、藤崎さん……ひとつ、いいですか……?」


「あ!? なんじゃボケオラぁ! テメェは白濁色の青春でもおくっとけやぁ!! こちとら片岡とイチャイチャすんじゃぁいっ!!!!」



「その、一緒に遊ぶ友達……片岡さんです……」



「………………」

「…………」



「…………わ、私も……ゲーム、結構やるけど…………?」


「すいません、俺が同級生とやってるゲーム、片岡さんと他の3年生たちもやってるらしくて、じゃあ土曜に10人くらいでボイチャしよう、って話で……」


「…………」

「藤崎さんが、それでも参加できるなら……ですけど……」



「………………」

「…………」



 ひとは、完膚なきまでに打ちのめされ、行き場のない感情を有した時、黙りこくる以外の選択ができなくなってしまう。


 雀の声、子供の足音、自転車の車輪が回る。


 環境音も、人工音も、それが耳に届くたび、白く暖かい大きな手に具現化されて、彼女の頭を撫でるのだ。

 慰めるよう、宥めるよう、包みこむよう、頭を撫でるのだ。


 藤崎は、炭木からみえない角度で、えずくことしか、できなかった────。



 ………………

 …………



「…………それ、俺の妹がみたいっていってましたよ。一緒に──」

「いくわけねぇだろ。仲良くないし、あんとき話したっきりだし、絶対気まずいし」


「じゃあ……、俺の母さんもみたいっていってましたよ」

「なおのことなんだわ」


 抑揚なんてない、一定の声量が一定のリズムで発せられる。


「もういいよ。そんならくれてやるわ、こんなチケット」

「え、それは悪いですよ」

「うるせぇボケ。お前をデートに誘う口実に使っただけで、こんな恋愛モノもとより興味ねぇんだよ」

「全部いうじゃん」


 厚紙をくしゃくしゃに握り、その拳を無理矢理ズボンのポケットに突っこんだ。

 一度は憧れる小遣いのあげかた。


 鋭利なナイフのような、それでいて、心臓にあいた空洞へと隙間風を流しているかのような、虚な暴挙を感じさせる。

 そのナイフは握っているつもりでも、実体がまるでない。


「家族へのプレゼントたぁ殊勝じゃねぇかよボケ。高感度爆上がりだなボケ。ボケ親ボケ孝行ボケ」


「じゃあ貰いますけど、ほんとありがとうございます。母さんたちも喜ぶと思います」

「いいんだよっ、別に! 私が喜んでほしいのはお前だったの!! んなこといわれても、意味ねぇんだよっ!!」


「いや、そうじゃなくて……」

「あ?!?」


 ご近所の騒音問題にまったくの配慮をみせない藤崎をよそに、炭木の周りでは、なんとなくやわらかい感じのする空気が漂った。

 その言葉に、熱をのせる。


「うち、片親なんですけど、俺が中学までバスケやってたせいで、結構、無理させてたんです。俺も親の負担にならないように、やりくりしてまして……」

「………………」


「いままで、プレゼントとかも全然できてなかったんで、これあげたら絶対喜んでくれると思います」

「………………」


「ほんと、ありがとうございます!」


「…………」




 ………………………………。

 …………………………。



 ………………。






「……べっっつにいぃ〜〜??」






 ………………

 …………



「感想、聞いときますね。休み明けにでも教えます」

「伝言ゲームか」


 彼女の心中は穏やかなものだった。

 妬みゲージもいつのまにか承認欲求ゲージに置き換わっている。

 いつもの気持ち悪いニヤケフェイスを振り撒いては、周りの目を気にすることなく、スキップ混じりで道をゆくのであった。


「ぎゅふふ……ぐどぅふふふ……」

「え、キモ……。──あれ? なんか学校、騒がしいですね」


 しかし、前方に広がる光景は対照的。

 炭木の顔面を凝視しながら悦に浸っていた藤崎も、その声に反応して目をむける。


 だらしない不平不満が飛び交う校舎前では、ひしめく群衆が6つの列をなしている。

 学年別と男女別だろうか、生徒会の指示によって、登校してきたばかりの生徒も川の末尾へと吸いこまれていった。


「あら炭木くんと千鞠さん。おはよう」

「あ、安藤さん」


 校舎前に佇んでいたのは安藤咲希。

 生徒会となれば当然、彼女もいる。

 列の奥、川上には片岡の姿も確認できた。


「どうしたんですか、これ?」

「どうしたもこうしたもないわよ。私たちも急に召集されたんだから」

「……?」



「最近、校内に不要なものを持ち込む生徒が増えててね、抜き打ちで持ち物検査することになったのよ」



「…………っ!!!」

「……!?」



「機密性がなんとかって私たちにも黙ってたものだから、生徒会もてんやわんやだし」


「…………」


「ま、没収するわけでもないし、反省文20枚で済むから優しいものよね」


「…………」


「はい、1年生男子はこっち、3年生女子はこっちの列だから。早く並んでくださいね」


「……………………」




 その動きは恐る恐るだった。

 見上げるよう、彼のほうへと、ふりむくのだ────。




 ………………………………。

 …………………………。



 ………………。


 




「…………………………………………………………………………」



「……っ、…………」





 藤崎にはわかるのだろう。

 この、ハイライトのない、深淵の意味を。


 ひとは、行き場のない感情を有した時、黙りこくることしか、できないのだ。


 3点リーダー使わずに小説かけない人間。

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