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第2話 下ネタ


 扉を開けると、いつも藤崎は先にいる。

 ちょこんといる。

 そんなにも天文部が好きなのか、はたまた、ここにくる以外のやることが微塵もないのか。


「おつかれっす。あれ、片岡(かたおか)さんは?」

「おぉす……よっす。片岡は今日、委員会、らしい、よ。これないって。う、うん……って」


 挨拶もなあなあに、炭木は定位置である、藤崎から1つ離れた椅子に腰掛けた。


 藤崎の挙動が見るからに不審極まりなかったが、炭木にとって、不審はいつものことで変わりない。

 どうせまた、ろくでもないことでも、いいだすんだろう。と、藤崎の出方を待つのみである。


 スクールバッグから文庫本を取り出しては、藤崎を一瞥することもなく、太宰の世界に潜りこんだ。


「あっ……あぁー、ちょい、炭木くんよぉ」

「はぁ、どうしました?」


 炭木が目を通したのは、まだ1行目。

 これでもし、1ページ近く読み進めていたのであれば、炭木はひどく機嫌を損ねたであろう。

 藤崎視点、ギリギリのせめぎ合いなのである。


「あの、ねぇ……いや、ほんと……なんていうか。いまからさぁ、酷いこというんだけどさぁ、引かないでほしいなって、思って……まして」

「はぁ、でも、藤崎さんの話なんていつも酷いですし。もう早々、引くことなんてないと思いますよ」


 その言葉を聞くと、藤崎の挙動はさらにギクシャクし始めた。

 首を手で押さえつけ、ぐわんぐわんな目の焦点を、顔の向きだけで補おうとする。


 震える唇から出てきた吐息を合図に、細かな声が、振動した。


「……………………ぽ……」

「ん? なんて」


「ち…………ぽ……」

「は?」




「ちんちん。ちんぽこ、ぽこ。ちんぽぉ……」

「…………」



 ギギギ。

 すくっ。

 トタトタ、トタトタ。

 ギギギ。

 すっ。

 ポスン。




 藤崎(椅子 椅子 椅子 椅子 椅子)炭木




「あっ、いや、違くてっ! そういう意味じゃなくてっ!」

「ちんぽにそれ以上の意味なんてないだろ」



 ━━第2話 下ネタ━━



「引かない、つったじゃんかよぉっ!!」


「さすがに突拍子がない。異性の前で下品。キャラ作りだとしたらシンプルに痛い」


「淡白な批評が1番ダメージあるわ!!」


 藤崎の汗がしたたる。


 こうなっては面倒なもの。

 身を乗り出し、聞いてもいない弁明を、つらつらと並べ始めるのだ。


「これが! これがよ!? ……もし、実はお前のためにやってた下、ってなったら……どうする?」

「なんですか、そのカスの水平思考」


 3メートル離れた位置から、炭木の低い声が、さらに低く、放たれた。

 もちろん、軽蔑のハスキーである。


「まず! 私はお前と仲良くなりたいの!!」

「はぁ……」


「でさっ! 男の子って下ネタ好きじゃん!?」

「まぁ、女子よりかは、比較的」


「で! 男の子って、ちんぽ、好きじゃん!?」

「うーん……否定はしませんけど……」


「けどもさっ! マ○○はなぜか嫌いじゃん!!?」

「うわっ……あの、あんまでかい声ださないで」


「私には! マ○○しかついてないんだよぉっ! つまりぃ!! ちんぽ以外で共有できる、下ボキャブラリーがないんだよっ!!!」

「そもそも、下ネタが間違ってることに気づきましょうよ!!」



 ………………

 …………



「私はさぁ、お前とさぁ、ちゃっちゃ仲良くなりたいの。天文部を仲良しクラブにしたいの。新入生を歓迎するなんてさ、いい先輩だろっ!?」

「まぁ、はあ……。普通のこといってんのに、ちんぽのせいで淫語にしか聞こえねぇ」


 ピクっ……。


 そのとき、藤崎の肩が少しはねた。

 突然ピタリと黙り込む。


「…………」

「でも俺ら、もう結構、仲良いほうじゃないですか? 少なくとも、ちんぽで結ばれた友情よりはマシですよ」


 ピクっピクっ……。


「………………」

「……? あの、どうしました? さっきまで、ちんぽことか、いってたくせに」


 ピクっピクっピクっ……。


 藤崎はうつむきながら、眉に力が入っていた。

 その様子が炭木の原因の察知に、一役買ってしまうことなど、知る由もない。




「……………………」

「………………………………ちんぽ」


 ピクっピクっピクっピクっ……。




「あの、藤崎さん……。もしかして藤崎さんって、下ネタ耐性、ない?」

「………………」


 一瞬の静寂。

 認めて、降参さえしてしまえば、このよくない雰囲気も打破できていたであろう。


 しかし、ここで発動するのは藤崎の負けず嫌い。

 腕で顔を覆い、体を捻り、早口ながらに牽制し続けた。


「は? は? 私が下ネタ苦手とか決めつけんなよお前。なに? お前。こっちが嬉々としてやってること否定するタイプ? お前、あの、あれかよ。冷笑オタクってやつだお前」

「いいですよ……無理しなくて。俺もそんなに、下ネタ好きじゃないですし」


「あ? なんだお前。お前ぇあれか、下ネタは男だけのモンだと思ってるタチか? 女は……なんか……、化粧の話とかしてろってか。時代錯誤だなお前。全時代ヒューマンがよぉ」

「多様性も下ネタは管轄外だろ」


 藤崎の目には、少量の涙が滲んでいた。


 もう、宥めるほか道がなさそうだ。

 それが1番、めんどうくさくならなそうな選択なのだ。


「あの……俺も忘れますから、ね? ほら、誰かに見られる前でよかったじゃないですか。もう、やらなけりゃ、傷口広がりませんし」

「…………」


 黙る、藤崎。

 呆れる炭木。


 こうなると、困惑の汗を流すのは炭木のほうだ。

 藤崎が口を開けるまで、保護者の眼差しを向けるしかない。


 浪費されていく数秒の末、藤崎が導いた答えとは──。



「はぁ……はぁ……」

「…………」



「………………ちんぽ……くらいよぉ……」

「ん?」






「ちんぽくらいっ!! 私もいえるわぁぁぁあっっ!!!!!!! ちんぽおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!! ちんちんちんちんちんちんちんちんちんちんちんちんちんちんちんちんちんちんちんちんちんちんちんちん────!!!!!!」



「あーあ、壊れちゃった」


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