第19話 ふたりがイチャイチャする回
耳をすませば雀の声も聞こえてくる教室内。
喧騒とする3年1組で、また自分達の空間を作り上げ馬鹿騒ぎする、「一軍おんなキラビヤカ〜ズ」たちの姿があった。
ぼーっとその様子を眺めているのは、まだおねむ、半目びらきの藤崎。
会話にはいりたいわけでもなく、声量に不満があるわけでもなく、ただ声の鳴るほうに視線を向けているだけで、そこに自分の意思などはまったくない。
「ちょっち、みかチュー、重たぃよぉ」
「えへへ〜。ここ、特等席だもんねぇー!」
意味もなくパタパタ手足を振り回す小柄ボディの彼女は、松山とイチャつくべく、膝の上でふんぞりかえっていた。
しかし、暴れるがままケツの重心が膝からずれ、頭から床に転がり落ちる。
生っぽい音が教室に響いた。
「──………どぼっ……、……お゛っっ」
「キャハハ! なにゃってんのぉっ!」
まぁ、そんなすったもんだは日常茶飯事で、彼女たちグループ以外も気に留めてはいなかった。
ふたりの後ろには、やれやれ顔で腕を組むヤンチャそうな子と、あらあら、うふふ、と母性の眼差しをむける巨乳の子。
おそらく全員、世界には自分達しか存在していない前提で会話をしているのだろう。
人目をはばかる様子はまるでない。
そして藤崎、この「男の顔がまったく描写されないタイプの漫画」のような雰囲気に、真顔という真顔を貫く。
どこを眺めていようが自分は空気のようなものだし、みられていることすら気づかれないだろう、とそんな考えの元だった。
たが、藤崎の失念は、全員が身内間の殻にこもっていると思いこんだことだ。
ひとり、殻の隙間から自分を覗き返していた人物に、気がつかなかったのである。
「……ん、藤崎ちゃん? 藤崎ちゃんも、こっちくる?」
「ぶれえっへぇっ!!??!」
そう手を差し伸ばしてきたのは松山。
藤崎との親交を深めたい松山は、「一軍おんなキラビヤカ〜ズ」の門をくぐらせようと目論んだのだ。
「ほらー、ぉぃでよぉー」
「ふへぇ……うえ……」
だがしかし、その手は悪手といわざるをえないだろう。
藤崎は自分の立場をわきまえているタイプの陰キャであり、仲良し四人組の異物になることへの拒否反応は人並み以上。
パンパンッと膝を叩く松山の平手は、藤崎にとって飲み屋のイッキコールのそれと同義であったのだ。
このちんちくりんボディを内包できる萌え漫画なんて、せいぜい「ちび○子ちゃん」が限度。
ある種、炭木の妹にむけた感情と、似たものが渦巻いてくる。
玉石混淆、百合に挟まるダークマター。
「ん、こなぃのぉ?」
「わ、わたし……私ぃ……」
息が荒くなり、肩は震え、頬は自然とひきつっていく。
そして、藤崎のだした回答は──。
「──わ、私は…………いっかな……」
「座りたかったんやぁっっ!!! 私もぉぉっっ!!!!!」
突如、現実に戻ってきた藤崎が、そう吠えた。
ここは夕刻前の天文部。
長々と回想に付き合わされた炭木も、頭をポリポリ掻きながら中身のない相槌を打つほか、することがなかった。
「人肌がぁっ!! 人肌が、恋しかったんやぁあっっ!!!!」
「なるほど、それでさっきから俺の膝上に座ろうとしていたんですね。予習しておくことで後々の対処が楽になる、と……」
先ほどから藤崎は、炭木の膝へとケツの照準をあわせることに没頭していた。
説明なくそんなことをするのは、萌え漫画かバカップルか藤崎しかいないだろう。
この並びじゃ萌え漫画もイカれコンテンツみたいじゃん。
「そうと決まりゃあ話は早い。今日のお前には人間椅子になってもらいますっ!」
「えぇ……まぁいいですけど」
「でも安心しろ、ずっとじゃないぞ。私が背面座位を極めるまでだからな!! ほら、やるぞ、背面座位っ!!」
「まずあれを背面座位って呼ばないとこから始めましょうか」
━━第19話 ふたりがイチャイチャする回━━
とはいえ、年頃の男子には苦悶な要望だろうが、炭木に限ってそんなことはない。
この不感症男、乙女の皮膚をただの皮としてしか認識していないのだ。
普段の奇行に比べれば楽な要件である。
「じゃあ……はい、いつでもどうぞ」
「うん? うぅーん……」
太ももをポンポンと、素直に迎えいれる体勢をとった炭木だが、なにか腑に落ちない顔をむけられる。
「なんかさぁ、違うんよなぁ……」
「は?」
「ギャル連中が身内ネタに嫌々感だすわけねぇだろぉ? 艶っぽさがないっていうかねぇ……、無味乾燥的な? 事務的すぎんのよなぁ。もっとさぁ、朗らかな感じっていうの? だせないもんかねぇ」
こいつ、一発ぶん殴ったほうがいいんじゃないか。
「あの、藤崎さんは俺になにを求めてるんですか?」
「こう、あれだよ……あの、慈しむ心……といいますか。相手をおもんぱかる気持ち……といいますか」
「はぁ」
「湖畔の中央に浮かぶ一輪の花を、愛する者のためだけに摘みにいく献身の心、みたいな。ギャルってのは絶対的信頼のもと、冒涜的な背徳を友好の眼差しにこめるもんなんだ」
偏見である。
「そう、例えるならSEXっ!! お前に求めるのは、カップル初夜の、あの初々しいSEXだっ!!」
「背面座位が表現の正解なんかい」
………………
…………
「最初からいってんだろ。ギャルなんて見せ物小屋の盛った家畜みたいなもんよ」
「こういうひとがクレーマーになるんだろうなぁ……」
藤崎は思っても発言する勇気がないから大丈夫だったりする。
しかし炭木、SEXとなれば不得手の分野。
相手をおもんぱかる思慮深さはあれ、それはあくまで親睦の一環、分け隔てなどは存在しない。
恋愛感情などもってのほかである。
「そういわれても全然わかんないですよ、彼女とかできたことないし」
「別に見様見真似でもいいぞ。愛されているという『てい』がほしいだけで、空虚な愛でも私を満たすことは可能だからな」
「成人しても絶対ホストとかいかないでくださいよ」
演技といわれれば小っ恥ずかしいだけで簡単なもの。
炭木も「まぁそれなら……」といわんばかりに首を縦に振る。
さらっとスケベ心が透けてみえる気もするが、炭木は気づくこともなかった。
「じゃあ……いきますよ」
「おう、ばっちこい」
「──千鞠さん、ほら、おいで☆」
「……ちまっっ!!??!」
藤崎の肩がビクッと跳ねた。
耳というより皮膚全体で感じさせられているような、心の臓を射抜くためだけの低音ボイス。
そんな声でファーストネームなんて呼ばれてしまえば、内なるリビドーが呼び起こされることもやむなし。
そもそも炭木はどうしてここまでノリ気なのかと疑問は残るが、そんなことに頭を回せるほど藤崎に余裕があるわけがない。
蛍光灯に無我夢中の蛾が如く、フラフラ膝上へと吸い寄せられていく。
「うへ、うふへへ……じゃ、じゃあ、ちまりさんがぁ……失礼しますねぇ……」
「はい、どうぞ☆」
そういうと、一切の躊躇なく膝の上へと座りこんだ。
こんな時だけ行動力が凄まじい。
「なんか、あれだな。お前の太もも、カッチカチだな……うへへ」
「バスケやってましたからね。千鞠さんの肌も柔らかくて、触れば女の子って感じがしてかわいいですよ☆」
「ちまっ……。おほ、おほほほ、そうか、そか……でへへへへへ」
一体なにをみせられているんだ。
「ふへへ……うん、あぁ……」
「……?」
しかし、こんなにもホス狂いの素質を垣間みせた藤崎だったが、なぜだか次第と顔が曇っていく。
おほおほうへうへ、いっていたアホ面は見る影もなく、口がつぐまれ押し黙ってしまった。
「どうしました、千鞠さん☆」
「うん……なんかさ……」
鼻をすする「スピー」という音と、震えた口調が合わさる。
「小学生の頃に書いてた夢小説、思いだして……自己嫌悪が……」
「おぉぅ」
「某サイトに投稿してたけど、ID忘れて消せなくなって、いまもネットの海を漂ってんのよね」
「あの……」
「この前ほんと些細な好奇心で確認してみたら、10年選手なのに合計hit500もなくて、自分の才能のなさを痛感したよね」
「もうやめましょうよ、この話」
………………
…………
ただの自虐でしかないが、なんだか不憫にみえたのだろう、炭木は即座に話題の転換を試みる。
「ほら千鞠さん、元気だしてください。俺と一緒の時くらい、楽しい思いしましょうよ☆」
「お、おぉん。なんか……ごめんなさいね、うん。ありがとね……」
俗にいう賢者タイムか、藤崎のこの顔は親や子供にむけるそれと同じ。
低音イケボそのものが地雷と化してしまったのだろう。
恋愛スイッチがまったくはいっていないのだ。
だが炭木、振り回された張本人であるにも関わらず、納得のいかない顔をみせる。
普段の察し能力はどこへやら、もう打ち切って問題ない話のはずなのに、なぜかこの鼻につくイケボを継続させた。
「でも俺、千鞠さんのそういうとこ、素敵だなぁって思います☆」
「へぇ、はぁ」
「千鞠さんって繊細ですけど、それってようは誰にも染まっていない、ってことだと思うんです。自分の価値を他人との関係に見出せる、共感性の高いひと、って☆」
「ほぉん、ふぇん」
「千鞠さんって名前通りにちっちゃくてかわいいですよね。後ろからハグ、してもいいですか☆?」
「あう、どうぞぉ」
バックハグをきめるも上の空。
藤崎視点、やれといった以上、今更「やっぱいいです」とも引き下がれず、この不可思議な空気を味わうしかなかったのだ。
とはいえ、この度し難い空間を作り上げたのは、炭木自身にほかならない。
普段なら、藤崎本人がなげれば炭木もやめるはずだが、なぜか今回に限って継続の意向を示している
「…………」
「ん? 悩んだ顔も、かわいいですね☆」
藤崎は今更、疑問符を浮かべた。
なにがここまで焚きつけるのか、小っ恥ずかしくないのか。
だが藤崎、いまの炭木をみていたら、なんだかそわっとしてしまう。
人の振り見て我が振り直せではないが、藤崎だからこそ気がついたことが、あったのだろうか。
そして、そっと、ガラス細工にでも触れるかのように、問いかけた。
「…………なぁ、炭木ぃ」
「はい? どうしましたか☆」
「お前、声かっこいいって思われんの、気持ちよくなってない?」
「…………☆、……っ☆」
核心だったのだろう。
月並みだが、その頬はゆでだこと呼んで差し支えなし。
ひきつる笑顔も、どこか見覚えのあるものだった。
炭木も年頃なもので、自分の声がいいというスペックに、曖昧なかっこよさを感じていたのだ。
いつも反応がよろしいぶん、今回もノリノリだった手前、この程度で折れてしまうとプライドが許さない。
それで手応えがなくとも無理に続けた、という流れである。
「…………☆」
「あ、あのぉ……」
「いや、うん、え? そそ、そんなことないですよ☆。やだなぁちょっと……え、なに☆? なんかねぇ、確証とかあんの☆? っていいますかね☆……ん?」
「うわぁ! 否定の理由は全然話そうとしねぇ! ひどい共感生羞恥だ!!」
………………
…………
*
明朝、教室内で自席に突っ伏す藤崎は、獲物をとらえる鷹の目をしていた。
昨日のことをポワポワ思い返しているのか、そのたびに鷹の目がしぼんでいっているが、それでも特訓の成果はあったといえよう。
背面座位どころかバックハグもきめたんだ。
いま、藤崎には死角がない。
そうこうしているうち、ターゲットがダルそうに教室へとはいってきた。
迎えいれるいつものメンバーより先に、藤崎は彼女の前を立ち塞ぐ。
「松山さんっ!! いま、いい!?」
「ぇ!? 藤崎ちゃん? ど、どぅしたのぉ……」
藤崎からのアプローチなんて滅多なものなので、松山はカースト上位特有の優位感も発揮できずにいた。
現状、ふたりは同じ土俵にいるといえるだろう。
ほんの少し言葉に詰まったせいか、独特の緊張感まである。
だが、そんなものに目眩がするのは松山のみ。
おかまいなしの藤崎は、意を決して声を上げた。
「昨日は逃げちゃってごめん!」
「ぇ? なにぃ? なんの話ぃ」
「私のこと、いつでも抱いていいからねっ!! 声かけてくれたら、全然、抱かれにいくからねっっ!!!!」
きまった。
すべてをだしきった藤崎は、陶然とした表情で松山の出方をまっている。
これで今度からは、気後れすることなく松山のお膝を堪能できることだろう。
この返答を待つ沈黙なんて、ウイニングランのようなもの。
そしていま、松山の口が開かれた。
「……ぁ……ぁの、藤崎ちゃん……」
「ん!? なに! なに!?」
「それは……痴女、だょぉ……」
「………………」
「…………」
「…………!!!!!!!!!!!!!」
片岡いわく、先1週間の天文部はやけに静かだったとのこと。




