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第17話 男らしさ


「すみません!! 遅れましたっ!!」


 天文部の扉が勢いよく開かれ、中にいたふたりは扉の先の炭木に注目した。

 ドタバタした騒音に少し申し訳なさそうにしながらも、あがった息は抑えられていない。


「お、おおぅ……お前、あれだぞ? 意識低いみたいな……なんか、そういうやつだぞ!?」

「すみません。6限の体育が長引き増して……」


「あらほんと、ジャージのままね」


 身長の高さで誤魔化せてはいるが、その様子に華やかさはまるでない。

 運動後特有の発汗と、ボサボサの頭髪、赤らんだ頬が、体育終わりに急ぎ足でやってきたことの証明となっていた。


「大丈夫? 汗、すごいことなってるわよ」

「あぁー……臭いますかね。外ででも着替えてきますね」

「外ぉ? 別にお前、ここで着替えりゃいいじゃんか」

「え、いや、いいですよ……」


 だが藤崎、食いさがる。


「心配すんなって、窓開けりゃあ汗の臭いとかもどっかいくだろ」

「はぁ……藤崎さんがいいなら、まぁ、はい」


 煮え切らない返事をした炭木は、弱腰な素振りでジャージを脱ぎだした。

 上を一枚脱ぐと、汗ばんで体操服にぴっちりと張りついた、純白の胸筋が露わになる。


「……!!」


 鞄から、午前中まで着用していたカッターシャツとスラックスをとりだし、机の上に放る。

 普段みることのない肌に密着している部分、制服の内側が丸見えになっていた。


「……!!!!」


 半袖半パンになった炭木が次に手をかけたのはジャージ下。

 藤崎の目線を気にしながらもゴムを伸ばすと、その隙間からトランクスの布地が見え隠れして、群青色がくっきり映りこむ──。


「……!!!!!!!!!!!!!!」



 ──ガシャァーンッ!!!



 などと、騒音を撒き散らしながら、座っていたパイプ椅子を蹴飛ばしたのはこの痛女(いたおんな)

 ダンっと机を両手で叩き、威圧した眼差しで頬を赤らめる。


「お前、それ!! 性的搾取だぞっ!!!!」

「脱がせたのそっちだろぉ」



 ━━第17話 男らしさ━━



「ていうか、藤崎さんって片岡さんのこと女だと思ってますよね」


 外で着替えてきた炭木が戻ってくるや否や、ハンドタオル片手にそう問いかけた。


「あっ、それ私もちょっと思ってた」

「え、なにが? は? いきなり……ん?」


「さっき俺のストリップ中に席外さなかったのって、片岡さんが横で平然としていたからですよね。同性が目ぇ逸らす事象であれば、ガン見とかしなかったでしょ」


 炭木の十八番、ド正論マジレスが炸裂した。

 リアルでやったら普通に嫌われるやつである。

 だが、毎度のことだが残念ガール、一手二手で「はいそうですね」なんて従順になってしまえば、残念な女の烙印など押されはしない。


「は? いや、昨今ね……こう、昨今の時世といいますか。え、なに? お前、価値観アップデートできてない系? はぁー! なんていうか……はぁー!」

「あら、そういうのなら私、関係ないわよ?」


 片岡、衝撃告白。


「私のはあくまで楽しんでるだけだしね。家だと恥ずかしいから男の子として振る舞ってるし、素もそっちよ。女装趣味の口調版、っていえばわかりやすいかしら」

「もしかして藤崎さん、2年も付き合いあるのに知らなかったんですか?」


「おっ……、でゅうぅ………………」


 藤崎は唇をプルプル震わせ、その現実を虚妄なものにするべくか、ニヤニヤのブサイクな作り笑いを披露した。


 友人間の共通認識から弾かれていた事実が、高威力なことはいうまでもない。

 だが、彼らの優しい口調とは裏腹に、藤崎を襲っていたのは間違いなく焦燥感だ。

 コミュ障というのは、問い詰められたわけでもないのに、自分の「知らなかった」や「間違えた」が露呈することに、謎の羞恥心が暴発してしまうというもの。


 藤崎と同種族の人間ならわかるだろう。

 なぜか、なぜかこんな場面では、ヘタな見栄をはりたくなってしまうのだ。


「知っ………………………………………てたよ?」

「なんだその間」


「こう……友情の再確認、……みたいな? 試したぁ……って、いいますかぁ…………、ね?」


「いいですよ、そのゲームのチュートリアルイベントみたいなノリ。ちょっと冷めるんだからあれ」

「別に私も気にしてないわよ? そもそもこの事、いってなかったし」


 藤崎が認めないかぎり、この惨めは止まらない。


「炭木くんも最初、勘違いしてたものね?」

「あぁ、まぁ……お恥ずかしいかぎりで」


「ううん、私、嬉しかったのよ。女の子としてみられることはあったけど、レディとして扱われたのは初めてだったもの」

「女友達って感覚もなんか違いましたしね」

「肌寒い日にブレザー貸してくれたし、車道側を率先して歩いてくれたし、ちょっとキュンキュンしちゃった」


「お、なんならもう1回しましょうかぁ?」

「いやよ、初々しいから楽しかったのに!」


「はは」

「うふふ」



「あ、は、は……!!」



 笑い声に、卵の殻でも噛み砕いたような感覚が混じって、ふたりはピタッと会話を止めた。

 「あ」と「は」と「は」が、すべて文字として可視化されているだけの、まったく中身のこもっていない「あはは」が流れたのだ。

 その無感情という感情が肌にビシビシ刺さってきて、楽しく思い出にふける雰囲気では微塵もなくなっていた。


「トリオ内でカップル成立した時のひとり側の虚無感ハンパねぇからな。もう2度といちゃつくんじゃねぇぞ」

「ぜんぜん説明聞いてないじゃん、この人」



 ………………

 …………



「俺らどっからどうみても男友達でしょ」


 それはない。


「ていうか藤崎ちゃん、むしろこういうの好きじゃなかった? ボーイズラブってやつ」

「ずさんな譲歩はやめろぉ」


 やおいオタが1度は経験する譲歩である。


「第一! そんな紛らわしい言動してんのが悪いんだよっ!! いっぺん素ぅみせてみろや!!」

「ちょっと藤崎さん、そういうのは……」


「あら、いいわよ?」

「「え……?」」


 さらっとしたふたつ返事が返ってきて、間抜けな声が重なった。

 ふたりして予想外だったのだろう。


 ポニーテールを束ねていたゴムを外した片岡は、髪全体を下の方で束ね直した。

 毛先を内側に巻いていき、結び目と一緒に再度ゴムで縛り、その団子を襟足まで巻き込んでいく。

 そして2本のピンで固定。

 手で広げるようワイド感をだしたら、あっという間になんちゃってボブヘアだ。


「あとはデコでもだしたら……ほら、男になった」

「え……あの、声……」


「あぁ、普段はかわいこぶってるけど、男の声ってこんなもんだろ? これでも僕は高めの声だし」


 片岡はいままで溜め込んだものを放出するよう大きな伸びをし、首をコキコキ鳴らしながら、はにかんでいる。

 さっきまで華奢にみえた肩幅も、その一連の動作で広くなったように錯覚する。


「いやー、家以外だと違和感あるけど、やっぱ肩張らなくていいのは楽だわ。明日から男として登校しようかな」

「あんたもとから男でしょ。しかし、キラキラ感すごいですね」


「ははっ、なにそれ。ところで、ご所望した本人が黙りっぱだけど、どう? いい感じ?」


 うつむいた藤崎の肩がピクっとはねる。

 そのギクシャクした表情は、ピカソの作品と呼んでも遜色ないほどの顔面だった。


「あ、うん……はい。いいと思います、と……思います」

「家に知らんひと入ってきた時のネコ……」



 ………………

 …………



 警戒心MAXニャンコはおいといて、新鮮さを楽しむふたりの会話は盛り上がっていく。


「でもやっぱ、普段が話しにくいってわけじゃないですけど、とっつきやすさはありますね」

「ま、あっちのモードはお淑やかだしなー。こっちだとバカやっても問題ない、みたいな」


「…………」


「そうそう、ゲームとかの話題も振れそうな感じ」

「あー、ね。てか、炭木くんってゲームとかやんだ。なに系?」


「………………」


「結構ノンジャンルで遊びますよ。PCでも、ソシャゲでも、据え置きでも」

「マジ? スマホゲーはやんないけど、僕も色々やるよ。今度フレコ送るからさ、なんか適当にやる?」

「お、いいですね。じゃあ天文部でグループでも作りますか。藤崎さんもよかったら────」



「……………………………………」



 炭木はそこで言葉を止めた。

 大きく、そして真っ黒に見開いた眼球がジッと炭木を見つめていて、これ以上言葉を発すれば、その奥へと吸い込まれてしまうかのような、そんな目だった。

 さきほどの「トリオ内のカップル」という言葉が、いまにして重くのしかかってくる。


「……あの、片岡さん」

「ん、なに?」


「そっちが素なのは重々承知のうえなんですけど、戻すつもりとかないのかなぁー……って」

「えー、なに、炭木くんはどっちがいいのさ」

「いや、どっちが、とかじゃなくてぇ……ですね……」


「うーん……、ま、せっかくだし、当分はこのままにしてみようかな」


「────………………、……え?」





 ──翌日。


「片岡ちゃん!? どうしたのその格好!!」

「ん、ちょっとイメチェン?」

「イメチェンの域は超えてるけども……。でも絶対そっちのがいいよ! めちゃくちゃイケメン!!」


 少しの背伸びを感じる教室内が、瞬く間に騒然とする。

 受験生のピリッとした環境下にとって、片岡の姿はいい緩和となったのだろう。

 片岡の机の周りを囲む女子グループと、その様子を寂しそうに眺める男子グループで、3年2組ははっきりと分かれていた。

 まぁ、男子は妬みや嫉妬というより、美少女がいなくなってしまったことによる、消失感の眼差しだろうが。


「やっぱこうなりましたか……。顔が整ってるひとって、美少女にも美少年にもなれるんですね」

「う、うん。すげーな……」


 ノートの貸し借りをしている炭木と藤崎が、廊下越しに彼をのぞく。

 眉をひそめながらも片岡のほうをチラチラする藤崎が、なんだかとてもいたたまれない。


「えーと……、さすがにずっと美少年モードってことはないでしょうし、本人が飽きるまでの辛抱っていいますか……」

「でも私たち3年だし、すぐ卒業するし」


 不機嫌そうにつぶやくと、ここぞのタイミングと見計らったか、藤崎はポツポツ語り始めた。


「あいつ、あんなんだから1年の最初は浮いててさ、浮いてる同士で仲良くなったみたいなとこあってさ……、その、私にとっての片岡は女の子なんだよなって」

「…………」


「でもあいつ、私にはなんにも教えてくれてなかったし、男でいるほうが楽とかいってるし、私にとっての片岡って、私のわがままに付き合わせてただけなのかなって……思っちゃって……」


 藤崎のこんなまともな声色なんて滅多なものではないので、炭木も顔をこわばらせることしかできなかった。

 炭木にとってそうでなくとも、藤崎にとってはとても重要で、なくてはならないことなのだ。

 いままでの関係が、すべて希薄なものだと突きつけられたショックは計り知れない。


 だが、炭木は相槌すらうたなかった。

 否定も肯定も、受け答えることすらしなかった。

 ふたりの間に割って入ることが、どれほど愚かしい行為なのか知っていたからだ。

 この問題は他人の口から正解を告げたところで、まったく意味がないのである。


「片岡さんっ!! いま、いいですか!!」


 そう声を張り上げると、教室内の視線がすべてふたりにむいた。

 その冷たさに下手くそなニヤケフェイスで応戦する藤崎と、堂々と片岡だけを直視する炭木。

 片岡もふたりに気がついて、嬉しそうにパタパタ駆け寄ってくる。


「炭木くん! 珍しいね、僕に用事かい?」

「いや、俺じゃないです」


「あっ、その……」


 チラリと一瞥した炭木を確認し、片岡は朗らかな笑顔になりながら、目線を合わせるべく膝をついた。


「藤崎ちゃん、どうしたの?」

「な……うん」

「ん?」


 上唇を突きだし、顔を赤らめながら目線を下げる藤崎。

 指先と指先をモジモジと擦り合わせ、震える微かな声量で、言葉を捻りだす。



「わ、私は……その……、片岡は……お、女の子のほうが……好き…………です」



 ゆっくりと、片岡にだけ聞かせる、消え入りそうな声。

 それを聞いた片岡は、呆気にとられるもなく、なにかいい返す素振りもなく、待ってましたといわんばかりにほくそ笑んだ。

 後ろ髪を束ねていたピンを抜いて、そしてまた、ポニーテールに結びなおす。

 藤崎から目線を外すことなく、蒸発してしまいそうなくらい赤く染まった頬を撫でながら、にっこりと微笑んだ。


「ごめんね、イジワルしちゃった」


 それだけをいい残すと、片岡は満足そうに立ちあがる。


「炭木くんも、ありがとね」

「いやいや……」


 振り返り、そのまま教室へと戻っていった。

 室内からは安堵か落胆か、騒々しさが一層うねりを増す。


「あれー!? 片岡ちゃん、戻っちゃったのぉー!!?」

「うふふ。だって私、こっちのほうが好きなんだもの」


 そんな会話も聞こえてくる朝イチの廊下で、ほくほくとした和やかな表情をみせる藤崎は、どこか清々しい印象すら、感じさせるのだった。



「お前も……悪かったな」

「いや、いつものことですよ。しかし、藤崎さんってあれですよね」

「あ?」




「藤崎さんの友達、全員藤崎さんより先に結婚しそうですよね」


「いい話オチで終わらせろや」


 5000字以内で書くよう頑張ってた。

 今日はお腹痛いから無理だった。

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