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第16話 妹ってなんか痛い


「ぶっかつ、ぶっかつ、ふんふふふーん! ぶかっつ、迂闊、門松、ぶかぶかっつ、つっつっつーん……!」


 この恥ずかしいテンション感で下駄箱を抜け、庭のはずれにある天文部へとむかっているのは、我らが部長、藤崎千鞠。

 帰りのホームルームが終わるや否や、一目散に教室を飛び出し、するりするりと人の波をかわして部室へとむかうので、移動時に他人と相対することはまったくない。

 授業終わりの高揚感と、ひとりで青空の下を占領している背徳感が混ざりあった結果、この度し難いハイテンションがうまれたのである。


 校舎からでて大体2分、部室前に到着した藤崎は、ブレザーの胸ポケットから鍵をとりだした。


「ぶーかぶかぶか、迂闊んつんっ。ミュンミュンミュンミュン! あばばぁあ、あば────」



「申し訳ありません。天文部はこちらでしょうか?」



「──……ッッッ!!?!!?!!」


 藤崎、迂闊。

 突如声をかけてきたのは、見覚えのないグラマラスな少女。

 見慣れぬ制服を着ているので、彼女が在校生でないのはわかる。

 不自然なまでに鮮やかなマゼンタ色の頭髪が目に刺さり、藤崎はその大きな瞳を直視できないでいた。


「…………あの……、ごめんなさい……。ここが、そうです…………」

「なるほど、ではあなたが『藤崎さん』ですね」

「……え?」


「申し遅れました。(わたくし)炭木青菜(すみきあおな)と申します。愚兄がいつもお世話になっております」

「えっ!? 妹……!?」


 たじろぐも、青菜は淡々として言葉をつなげるので、驚く余裕すらもない。


「ですが今日は兄ではなく、部長の藤崎さんに用があり伺いました。アポイントなく大変申し訳ございません」

「わ、私……っすか」

「はい。藤崎さんの話は兄からいつもお聞きしております。なにやら兄とは仲がよろしいのだとか」

「えぇ? いつもぉ? 仲良しぃ?」


 藤崎の口角がへにゃへにゃっと気持ち悪くあがった。

 驕りである。

 即座に警戒心が失せたもと、勢いよく扉を開け、自ら部室へと促すほどの驕り。


「まぁ、えと、青菜ちゃんですっけ、ね? 中でぇ……まあ、お茶でも飲んでね、ゆっくりとね、どうですか? ね?」

「いえ、お気遣いなく。敵に塩を送られるほど、私も腐っておりませんので」

「はえ? 敵……?」


 「敵」という聞きなれない単語が耳にはいり、なにやらひりついた空気感があたりを包む。

 そしてその空気感にまったく馴染めていないアホヅラを前に、青菜は大きく息を吸った。


「本日は! 兄、炭木青樹が天文部をやめるよう交渉すべく、馳せ参じた次第でございます!!」


「……うぇえっ!? 今日そんなノリなの!!?」



 ━━第16話 妹ってなんか痛い━━



 だが藤崎、淡白な圧をかけられようと、物怖じはしていなかった。

 いや、物怖じすらもできなかったのだ。

 そもそも炭木が居合わせない以上、「はいそうですか」と返せる話でもない。

 つまりこれは、交渉という名の一方的な提唱なのだ。

 当然、藤崎にそんなものの対応ができるほど、キャパシティがあるわけがない。

 冷静に毅然とした態度かのようにみえる仁王立ちも、ただ返答の糸口がなく、震えて歪んで立ち尽くしているだけなのである。


 しかし青菜への牽制には効果絶大であった。

 部長自ら「うちのもんだぞ」とでも威圧されれば、交渉の決裂は必至。

 別の方法で炭木の奪還をしなければならない。


「…………藤崎さんもご存じですよね。兄の偉大さを……」

「え? ……あっ、おん……?」


「兄は中学まで、バスケットボールのトップチームに帯同していました」

「え、……知らん」

「日本バスケ界の歴史を揺るがすほどの逸材。そう称賛されていたのは、私の記憶にも新しいです」

「……それも知らん」

「ですが半年ほど前、右脚のアキレス腱が断裂する大怪我を患い、一時現役を退いていました」

「全部知らんかった」


「いま、兄の容体はすでに完治しています! にも関わらず、復帰はおろか、こんなぬるま湯に浸り続けている状況……」

「そっ……すね」

「ですので藤崎さん、あなたと兄をかけて勝負をしましょう!! 私が勝てば、兄には天文部をやめてもらいます!!」


「おぉん……なるほど……」


 勢いそのまま、指差しポーズでキメた青菜だったが、返ってくるのは生返事ともいえない、なんとも締まりが悪い相槌ばかり。

 こういう場面は売り言葉に買い言葉、受けて立つのが相場といえよう。


 しかし藤崎には、返答前にあるひとつの感情が渦巻いた。

 いや、藤崎だけではないだろう。

 おそらくこの場にいれば、誰もが同じ感情に飲まれるはずだ。

 この状況。

 妹を名乗る人物が部員の譲受を図るべく、部長に勝負を仕掛けてくる展開。

 王道で、普遍的で、よくあることだが、しかしそれはあくまで王道の中での話。

 なんというか、こんなことは、いうべきではないのであろうが、あえて言葉にするとすれば────。







(なんか……この子、…………痛くない?)








 マジレスである。


 藤崎の普段の言動も痛いに含まれるはずだが、決して棚にあげたわけではない。

 彼女のそれとはまた別ベクトルの痛さを伴っているのだ。


 兄を奪還するためだけに、わざわざ許可をとって学校敷地内にはいってくる行動力。

 事情も知らずに天文部を貶めたあげく、兄には不要と言い切る極端な固定観念。

 挙句の果てに交渉が決裂した途端、勝負を挑めば解決すると思っている社会性。


 兄を想っての行動といえば聞こえはいいが、「それ、来年あたりにベッドで布団にくるまって悶えるヤツじゃない?」なんて考えてしまえば、浮かぶ情景は共感性羞恥のみ。

 実際、藤崎はすでに10、20はくだらないほどに悶えているので、その共感力は他に劣るものでなかった。

 なんというか、住む世界が違うというべきか、次元が違うというべきか、藤崎と並ぶだけで違和感がすさまじいのだ。


「……あのぅ、勝負っていったい、なにするんでしょうかぁ……なんて」


 藤崎、年下にへりくだる。


「勝負といいましても、学力や身体能力、それらに差がある競技では、後腐れがあると思いました」

「うん……あの……、なんか……」


「となれば、やるべき企画はこちらでしょう!! 兄マスターは誰だっ!? 炭木青樹の超マル秘クイズ大会!!! の開催を、宣言いたします!!!!」


「なんかこの子! ずっとジャンルが違うなぁっ!!?」



 ………………

 …………



 ここがドタバタコメディの名を冠した空間ではあるのは事実なのだが、なんか、こう……なんか違うのである。

 ありえない金持ちキャラはいないし、超常現象が当たり前に流されもしないし、努力は必ず報われる! 的な雰囲気もここにはない。

 根本的にすべてが違う。

 オタク文化でふやけた藤崎にとって、順応もできそうな世界観の混濁であるが、あまりに未知がすぎる展開。

 誰であっても、お茶を濁す反応しかでてこないであろう。


「もしかしてだけど、グラウンドに舞台とかつくって、衆人環視のなか戦う……とか、そんなんじゃない、すよね……?」

「いえ、会場はここです。本当は外に野外ステージを設営しようと、2週間ほど前から業者に連絡をしていたのですが、生徒会のひとに怒られたのです」

「世界に拒まれてる……」


「あと作問に関してはご安心ください。探偵を雇い兄のプライベートを尾行、作問をしていただきましたので、私の関与はございません」

「月の裏側みてる気分だ」


 ドタバタコメディはお金がかかる。


「それでは藤崎さん、ここからは情もなしです。開戦と参りますよ!!」


 青菜は再度、指差しポーズでバシッとキメた。

 なにが満足いかなかったのか、仕切り直しといわんばかり。

 相対すれば、それだけで戦いのゴングが鳴り響くことだろう。


 だがしかし、青菜にはひとつ誤算があった。

 そう、渦中にいるのは我らが残念ガール、藤崎千鞠。

 このノリ、この場所、この状況。

 彼女にとってこれはもう、ウェーイとやってることに大差がないのだ。


「あ…………の……」

「さぁ! 一問目──」

「あの……、ごめんなさい…………」

「え」


「私……いっかな……、って……」

「──っ!!?」


 一瞬、狼狽が顔にでた青菜。

 探偵といえど、12時間も張り込ませれば20万は嵩むもの。

 中学生にはあまりに痛い出費である。

 よくこんな用途に金かけたな。


「な、なんで……!」


「ほら、あの、炭木……お兄さんのほうね。とさ、まぁ、私はあいつと仲良くなりたいのよね? で、こんなストーカーまがいなこと勝手にやってさ、あいつ、機嫌悪くなったら、なんか……嫌じゃん? こう……ね、私はあれよ、うん、そういうのも……さ、積み重ねていきたい……なんて、ね? 思ってるっていうか……うん……みたいな」


「くっ……、ボソボソ喋りすぎてなにいってるか聞き取れない……!」


 中身があるようでなんにもない話を連ねる藤崎であったが、虚無を並べるのには理由があった。

 そう、コミュ障陰キャ(いつものやつ)である。

 初対面の相手と内ゲバクイズ対決とかいう、ナイトプールパシャパシャ的なこと、藤崎にできるわけがないのだ。


「まぁ、私は? 炭木に選択の自由はあるべきだと思うし? その上でバスケをとるのであればぁ……ま、応援してやることもぉ、やぶさかではない……っていいますか? ん?」


 勝負事の内容に関係なく、なんやかんやあって易化するノリを、本編始まる前にする邪道。

 なお、このセリフが布団の中で悶えるシリーズであることを、藤崎は気がついていない。


「ん? あぁー……ん? どうする? やめる?」

「くぅ……じゃ、じゃあ!」

「え?」


「兄の心を射止めるのは誰だ!? ドキドキ! メイドのご奉仕対決!!! ……に変えますか?」

「挿絵で勝負するタイプなんだ……」



 ………………

 …………



「そもそもなんすけど……、炭木本人からなんも聞いてないんすか……?」

「う……、……兄からは、『そもそも友達に誘われただけだから、いい辞めるきっかけになった』……と」

「この流れでバスケ愛みたいなの、ないことあんだ……」


 そんなウダウダもしているうち、ガチャリとした開閉音。

 当の本人も呑気な顔でやってきたようだ。


「あれ、青菜?」

「……!? お、お兄ちゃん……」


「……!!」


 扉を開けたと同時、炭木兄のもとへ一目散に飛びついたのは藤崎のほう。

 こんな時だけ俊敏である。

 目元に影をつくり、闇を纏わせる顔面をむけた。


「な、なななぁ、す……炭木よぉ……」

「なんですか? てかこれ、なんの集まり──」


「これ、今月分の部費と私の財布。あげるから一生天文部やめないで」

「重ぉ」


 突然、鉛玉が発砲される。

 こんなホラ話じみた展開におおマジこくのはこの女。

 炭木の有無が、彼女にとっては死活問題と同義なのである。


「ちょっと!! さっきいってたことと違うじゃないですか!!」

「うぅ、う……うるさい! うるさい! 炭木がここにいてくれるなら、私は性処理係も辞さないねぇっっ!!!」

「重いのか軽いのか」 


「…………っ」


 勢いのまま、底からの叫びで臓物を撒き散らす藤崎だったが、対する青菜は反論の余地すらみせようとしなかった。

 先ほどの威勢はどこへやら、歪んだ眉毛を晒して尻込みした様子。


 そう、青菜はこの惨状を前に、あるひとつの感情が渦巻いていた。

 いや、青菜だけではないだろう。

 おそらくこの場にいれば、誰もが同じ感情に飲まれるはずだ。

 炭木はとうに慣れてしまったため、誰ひとり指摘する者がいなくなってしまったこの感覚。

 あえて、言葉にするとすれば────。







(なんか……このひと、…………めちゃくちゃに痛くない?)








 正論である────。





「お兄ちゃん……、悪い女にだけは騙されちゃダメだよ」

「うん、ほんとになんの話?」


 この回の内容で6000字こえそうだった。

 ほんとバカ。

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