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第14話 嫉妬


 典越高校へと続く道の住宅街。

 往来する生徒を塀の影から覗く、ひょこっと生えたアホ毛がひとつ。

 朝日も目を焼きつける中、物色するかのように眉間へと力をいれている。


「……!!」


 藤崎のアホ毛が起立した。

 目当ての相手がみえたのか、その男にめがけて飛びだしていく。

 しかし、声をかける素振りはみせない。

 シャカシャカ歩きで真横を素通りするかのような、そんなスピード感だった。


「………………っっ、…………っ」

「あれ、藤崎さん、奇遇ですね。おはようございます」

「……っ!! およ、おはようっ! 炭木ぃ! なんだお前、もう始業だぞお前。ねぼすけさんがよぉおっ」

「え……自虐?」


 嬉々として炭木の腰回りをソフトタッチする藤崎。


 そう、この女、自分から話しかけるのはハードルが高いとみこし、コミュニケーションの初めをすべて炭木に託そうとしたのである。

 まんまとハマった炭木へとあくどい笑みをみせつけるが、当然、炭木はなんのこっちゃの表情。


「しっかしなぁお前、ぼっち登校なんて寂しいことしてんじゃねぇか。友達いねぇのかよぉ!」

「なんか触れづらいっすわ」


「でな! でな! ま、まあ……まぁ、おま、お前さえよけりゃあな、うん、ふへへ、なんていうかな! こう……あのなぁあ……」

「……?」


 藤崎のなにかいいたげな様子を察知したか、炭木は少し身構え渋い顔をした。

 日頃のおこないである。

 だがまぁ、しどろもどろに連ねるも、言葉の続きはなにもでてこない流石のコミュ障。

 なにかいいにくい話なのだろうか。


 しかしそんな折、背後からワインレッドの短髪が迫ってくる。

 藤崎のことなどつゆも知らず、しどろもどろは一刀両断された。


「あら、炭木くん。奇遇ね」

「あ、安藤さん」


「昨日は天体観測、楽しめたかしら? 校外学習は残念だったけど、生徒会も許可だしたぶん、楽しめたならなによりよ」

「へー、生徒会ってそんな許可取りもするんですね」

「そりゃそうよ。ほら、生徒会のおかげで準備できた、みたいな回想、やったわよね?」

「ん? んー……」


 ごめん、名前だすことすら忘れてた。

 うっかり作者。


「まぁ……でも、ありがとうございます。安藤さんがいなかったら開催できなかった、ってことですもんね。これからも頼りにしてますよ」


「……………………」

「……ん?」


「……うるさいっ! とにかく、私はまだあんたらの出鼻を折って、私を認めさせること諦めてないんだから!! 首洗ってまってなさいよ!!」


 赤面も、飛び散るつばもかまいなく、捨て台詞を吐き散らしながらに走り去っていった。

 炭木は呆然と見送るしかできないなか、電柱の陰に隠れていた藤崎は静かに口火を切る。


「……あの、咲希ちゃん、いった……?」

「咲希……? あぁ安藤さん、先にいきましたよ。そういや従姉妹でしたね」

「おおん……。正月くらいにしか会わないから、全然話したことないけど」


 安藤咲希の後ろ姿を目で追って、藤崎は長い深呼吸をした。

 そして改めて、炭木の顔に睨みをきかせる。


「炭木ぃ、あっ、あのさぁ────」


「──ぁれ!? 藤崎ちゃん! きぐぅ〜、ぉはょぉー!」

「ぶぇっへっ!!? 松山さんっ!?」


 藤崎、再度、出鼻をくじかれる。


「珍しぃね、この時間。寝坊?」

「あっ、いや、まぁ、そんなとこ……です」

「そっか! そっか……ぅん」


 例のごとく取り合わせが悪いふたり。

 また低空浮上の会話で盛り下がった松山は、展開を図るべく、炭木へと視線をむけた。


「ゃーゃー師匠も、ぉ元気ですかぃ?」

「おー、くるしゅうないぞよ」

「またさぁ、色々聞きにぃくかもだけど、そんときゃょろしゅうね」

「はいはい。いつでもどうぞ」


 ほくそ笑みながらも、松山の額には冷や汗が流れる。

 取り合わせが悪けりゃ当然、居心地も悪い。

 ウキウキで、それでいて足速に、まるでアイドルに認知されないよう振る舞うオタクかのよう、そそくさ先を急いでいった。

 「キャー! 藤崎ちゃんとお話ししちゃった♡」、じゃないが。


 そんな松山も去ったあと。

 何事もなかったかのように平然とする炭木だったが、その隣には、今にもおでこがねじ切れそうなジト目の姿。


「しかし今日は賑やかですね」

「…………、……なぁ」

「はい?」

「あのふたり……お前のなに?」

「え、友達ですけど」


「おうそうか。お前もうなんか死ねよ」

「えぇっ!? 今までで1番、突拍子ないなっ!!?」



 ━━第14話 嫉妬━━



 仏頂面で頬杖をつく藤崎に、沈む日差しが照りつける。

 顔を見合わせた苦労人コンビ、片岡と炭木は、ヒソヒソ話で意見をすり合わせようとした。


「嫉妬ね」


「え、どういうことですか」

「もう、こんな時だけ鈍感ね。炭木くん、最近は交友の幅が広いじゃない? それで嫉妬してるのよ」

「なるほど、先輩女子の友人枠ってアイデンティティが失われて、焦ってると」

「も〜……この際それでもいいわ。ほら、実際私とヒソヒソ話してたら……」


 →眉 (シワ) 眉←

   ぐいぃ〜。


「うわっ! めっちゃ怒ってる!?」


「藤崎ちゃんのメンヘラ承認欲求お化けっぷりは、炭木くんも知ってるでしょ。いま、藤崎ちゃんを満足してあげれるのは炭木くんだけ。言葉じゃない、心の底から大切に想って、1番であることを示すのよ」

「はぁ……よくわかんないですけど……」


「あら、わからない? ……じゃあ、炭木くんがずっと一緒にいるひと、それはだあれ? あなたにとっても、かけがえのない存在のはずよ。愛していて、好きだから、だから、一緒にいる。炭木くんが1番大切に想っている女性……それはだれなの!!?」


 その勢いにたじろぐ炭木をみて、片岡はニタリとした笑みをうかべる。

 

 そう、片岡はあのトンチキ恋模様を諦めていなかった。

 この鈍感不感症男、荒治療で心に訴えかけなければ、LOVEを抱くこともなし。

 ならば、洗脳まがいの誤認をさせればいいのだ。

 周りがやれ愛しているだの、やれ大切にしろだの冷やかせば、実は好きなのではと錯覚をおこすもの。

 敷いたレールの上を、おてて繋いで歩かせる。

 それこそが片岡の描く、ふたりのLOVEロードマップなのであった。


 ひとりで勝手に興奮する片岡を前に、炭木の顔もこわばるばかり。

 彼はいま、一体、誰を想い描いているのか。


「1番、大切にしている女性……」

「うん! うん……!」




「…………、……母親……ですかね」

「うわぁ模範解答」



 ………………

 …………



「藤崎ちゃんでしょ!? 藤崎ちゃん!! そんな屁理屈いらないわよ!!」

「わかりませんよ……そんなの……。正直、こういう状況は俺よりも、片岡さんの得手じゃないですか。宥めてやってくださいよ」

「ダメよ!! 炭木くんのことなんだから、自分でやらなきゃ!!」

「えぇ……」


 炭木は顎に人差し指をおいて、顔をゆがませた。

 そこにいつもの洞察が取り柄の面影はない。

 あがった目尻が眉根を顰め、この理不尽には納得がいっていない模様。

 寸刻の末、表情そのまま、炭木は藤崎へと歩み寄せた。


「……藤崎さん」

「あ? なんじゃコラ」


「この前、藤崎さんが話してたアニメのガチャガチャ、たまたまみかけて回したんで、あげましょ────」

「カァァッーーート!!!! カット!!! カットォ!!」


 お淑やかなりの大声が、ふたりの間に割ってはいった。


「なんですかもう……」

「ダメよ、そんな色気のない解決のしかた!! ほら藤崎ちゃん、物欲しさでちょっとソワソワしだしちゃったじゃない」

「じゃあ円満なのでは」


 ひょこひょこソワソワしだしたアホ毛をよそに、片岡の熱弁はとまらない。


「第一、こんなしょんないことで気分悪くしたくせに、物もらったから解決、なんて藤崎ちゃんのしつけにもよくないわ」

「このひとが1番刺すじゃん」

「ちゃんと根本から解決するのよ。そのためには藤崎ちゃんになんて声をかけるか、炭木くんならわかるわよね!」


 ここぞとばかりの、熱を帯びた言葉が室内にこだまする。

 もうヒソヒソ話の域はこえており、当然、藤崎の耳にも届く声量。

 彼女の不平不満も、半分くらいはこの話の内容に移っていた。


 だがしかし、その熱意が炭木の細胞を震えたたせた。

 普段こそ洞察視姦野郎として名を馳せる炭木であったが、その実、ある一定の感情にのみ、ラノベ主人公かのようなプロテクトが展開している。

 だが今回は、そこに一筋の熱いパトスが風穴を空け、藤崎の世界へ一歩踏み込む猶予を与えたのだ。

 炭木の脳内に、認識もしていなかった言葉が、飛びかかってくる。


 嫉妬。

 大切。

 メンヘラ承認欲求お化け。


 先輩女子の友人枠……。




「登校……ですか」

「……!!!?!」


 藤崎の肩がピクっとはねる。


「藤崎さんは俺と一緒に登校したかった」

「す、炭木ぃ……!」


「だが時間も時間。入り乱れる生徒に邪魔をされ、満足にお話しすることすらできない」

「ずぅ……ずみきぃぃい!!!」


「もっと余裕のある時間帯に、ゆっくり一緒に登校したかったと、そういうことですね!!」

「ずうぅ、ずみゃきゃぁあ!!!」


「だったら俺も、もっと余裕もって家でますよ。今度からは待ち合わせして登校しましょ!」

「うんっっ!!! するっっ!!!!!」


 鼻垂れながらにわっしょいわっしょいの藤崎に、数時間ぶりの笑顔が灯った。

 早速といわんばかりにスマホのアラーム画面を開き、待ち合わせ時間の擦り合わせを始めたふたり。


 すこしばかり予定が狂った片岡だったが、「まぁこれはこれで」、と優しい眼差しをむけ、ある日の放課後は幕を閉じるのだった────。



 ………………

 …………



「活動中ごめんなさい。片岡先輩は……」

「あら安藤ちゃん。どうしたの?」


 扉を叩いた先にいたのは赤色の短髪、万年バイト安藤咲希。

 プリント片手におずおずと、なにやら警戒でもしているかのような体勢で、片岡に近づいていく。


「あ、先輩、資料忘れていたので届けにきました」

「え、ほんと!? ごめんなさいね迷惑かけて、ありがとう」


 すると、物色気味にキョロキョロと部室内を見渡しだした安藤咲希。

 今度は炭木に対して手招きをした。


「ちょっと炭木くん、いいかしら……」

「え、俺?」

「大丈夫、すぐに終わるから」


 炭木が嫉妬対象に外へと連れだされるも、いまのわっしょいハナタレ状態の藤崎にはへでもない。

 いくらこの場で籠絡されていようが、明日になれば、自分の手中にあるという事実。

 それ以上に幸福なものなどあるのだろうか、とでもいいたげな多幸感溢れる表情をしている。

 ダメ彼氏とかに5マタくらいされそう。


「せっかくならさ、片岡も一緒にさ、待ち合わせしようぜ」

「いや生徒会の用事あるから無理」

「うぇ、めっちゃ早口……」


 ひとやりとりしているうち、炭木もすぐに戻ってきた。

 扉の隙間ごしに、そそくさ退散していく安藤咲希の姿も確認できる。


「ほんとに早かったわね」

「なんじゃあ? なに密会してたんだお前」

「いや、そんな隠すようなことでも、ないんですけど」


 すると炭木は、譲り受けたのだろうか、小袋を片手に胸の前へともってきた。


「このクッキー、調(・)理(・)実(・)習(・)で(・)作(・)り(・)す(・)ぎ(・)た(・)らしくて、余ったぶんくれたんですよ。別に俺(・)の(・)た(・)め(・)に(・)作(・)っ(・)た(・)わ(・)け(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)、らしいんですけど。なんか食べたら感想もほしいとかで、メ(・)ア(・)ド(・)も(・)交(・)換(・)しまして」


「……!?」

「………………」


 ラ、ラノベ主人公プロテクトォ……。


「せっかくですし、みんなで食べましょうよ。しかし女性って、こんなかわいい小袋、常備してるもんなんですね」

「ちょ……ちょっと炭木くん、それ以上は────」




 ダンッ!!

 (椅子に座る擬音)



 バンッ!!

 (肘を机に置く擬音)



 ぐいぃぃ〜っ!!

 (眉間に力が入る擬音)




「は? 私クッキー嫌いだし。いらんしそんなん」


「え、なんでまた?」

「ダメだこりゃ」



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