第12話 VS.松山
「え……!? だれっ!??」
そういい放った炭木に、なめるよう襲いかかるのはデジャブ感。
この部室は一般開放でもしているのかと逡巡するが、炭木の八眉ジト目なんておかまいなしにと、プルッとした猫口がひらかれる。
「ぃやぁ〜、ごめんごめん、驚かせちゃってー。藤崎ちゃん今日、日直でね〜、かゎりにぁたしが鍵ぁけにきたんょー」
「はぁ、どうも……」
「…………」
「……」
炭木に、それ以上の返答はなかった。
当然といえば当然である。
代理として鍵をあけるだけなのであれば、炭木がきた以上、そこに居座る必要もない。
「ありがとうございます」「いえいえどうも」くらいの社交辞令で、バトンを交わすのが通例ではあろう。
だがこの女、名前をだせば松山聖良は、とりもちでもついたように椅子から離れようとせず、茶でもだせ、といわんばかりの、ふてぶてしさ。
炭木も少し、頭をひねる。
「えと、あの……なにか御用で?」
「んー、べっにぃー。……ぉゎっ! ジバン新作でんじゃん。小遣ぃためんとなぁ〜」
「……………………、えーと……なにしてる──」
「ぃまぃそがしぃから話しかけんで」
スマホ凝視でスワイプをとめない松山の目の前で、ガラガラシャッターの下りる大きな音が響いた。
比喩であるが、実際にきこえるほどの、大きな音だった。
パイプ椅子を持ち、部室の端におろした炭木は、目線だけは絶対にあわせないよう、身を小さく座りこむ。
直感であろう。
数々の面倒ごとをあしらってきた炭木であれ、孤島に逃げてまでの完全拒絶。
ひとやりとりしただけでもわかる。
この手の人間に、ロクなヤツはいないのだ。
「…………」
「……」
「…………ねぇ」
「……ん、はい?」
「ちょっとぃぃ? 炭木君」
「はぁ、え、なんで俺の名前しって──」
「ぃぃから、そぅぃぅの。ぁたしってさぁー、藤崎ちゃんと、なかょくなりたぃんょねぇ」
「なかよく……ですか」
「そ、なかょく」
炭木、再度デジャブ感。
「だからさぁー、藤崎ちゃんの好きなタィプとか、教ぇてくれょってなゎけ」
「好きなタイプですか……、なんか前、藤崎さんとそんな話しましたよ」
「ぉ! なになに? 教ぇてぇー」
「えーと、たしか……──」
『私、筋肉質なひと、好きなんよね』(←炭木にスキンシップしたいだけ)
『へー、そうなんですか』
『あと背の高いひと。背ぇ高くいヤツの胸筋とか、惚れ惚れしちゃうね』(←自然なボディタッチを装っているだけ)
『てなれば、スポーツ選手とかですかね』
『あと気が利いて面倒事も厭わないで友達感覚で話しできて私のこと大事にしてくれるヤツとかっ!!!』(←雑におだててるだけ)
『あはは、そんな少女漫画みたいな男、現実にいるわけないですよー……──』
「──みたいな」
「………………ぇ? 惚気?」
━━第12話 VS.松山━━
まるで納得がいかない様子の松山は、ダルがらみで食い下がる。
「ぶっちゃけ好みのタィプなんか、どぅでもぃぃんょ。手っ取り早くなかょくなる方法、教ぇてょー」
「そんなこといわれましても、俺も気づいたら懐かれてただけで、教えることなんてありませ──」
「ぅぇー??? っっかぇねぇー」
そう吐かれた言葉が、吹き矢の要領で、炭木のおでこにブッ刺さった。
風穴があき、膨張した血管は、頬をひくつかせるたびに赤く浮きでていく。
炭木は、歯の隙間から細い息をはいた。
「すぅー………………あの、ちなみになんですけど、なんで藤崎さんと友達になりたいんですか? えーと、先輩──」
「松山」
「……松山さんも、別に藤崎さんに固執する意味もないでしょう」
「なんでって、藤崎ちゃんちっこくてかわぃぃじゃなぃ」
「……」
「2年まで別クラスだったしぃ、ぃままでずっと片岡と一緒にぃたからさぁ、どっちもなぃ、ぃまがチャンスってゎけなんょ」
炭木は頭を抱えた。
言動の乖離、価値観の齟齬。
これまでも、難ある人間の対応をこなした炭木であったが、尊重しかねるほどの異郷文化には、話を耳にいれることさえも毒になる。
ましてや、炭木にとって学内でもっとも親交のあるといっていい相手。
ぞんざいなまでの扱いに、多少の癇癪はさけられない。
「………………松山さん。はっきりと、いいますよ」
「ぅぇ?」
「人間は、話を交わすだけでは、友達になんてなれない……!」
「ぇ……? はぁ?」
………………
…………
この言葉に頬を赤くするのは松山であったが、そんなものは目にもいれずに、炭木は不平を漏らしていく。
「松山さんは身内ノリが酷いとおもいます。周りはそのノリでいいかもしれないですけど、藤崎さんごときのコミュ力が対応なんてできませんよ」
「はぁ? 意味ゎからんし。ぁたしがぃっ、内ゲバしたってんのょ」
「ええ、そうですね。そうでしょうよ。でも俺に教えをこいている以上、最後まで話きけよ」
ホワイトボードの前に移動した炭木は、人差し指の第二関節で軽くボードを叩いた。
コンコンと軽快な音が鳴り響く。
「まず身内ノリの定義ってのは、「自分の価値観を相手に押しつけて初めて成立するノリ」、のことなんだよ」
「……!!」
「仮にこれらを身内ノリと呼ばないにしても、同等の不快感ってのは間違いなくある」
「ぅ……」
「つまりあんたは! 藤崎さんと話してるようにみせて、言葉の壁打ちをしていただけなんだ!!」
ズガガーーン!!
「ぐふぅっ!」
彗星ペンで簡易的な図形をかき、悪態つくよう顔の前で蓋をとじる。
まぁ、炭木は実際にその会話をきいたわけではないので、ある程度のでまかせはあったが、松山の反応をみるかぎり、図星だったのだろう。
そして当然、洞察視姦野郎炭木はその反応を見逃すはずもなく、猛攻の餌食となるのだ。
「例えば小説とかも、自分の読みたいもの以外をわざわざ読むヤツなんて、奇特な人間しかいないんだよ。興味ないジャンルをおしつけられても、読む気は失せるでしょう」
「た、たしかに……」
「だから! ネームドないやつがアマチュアサイトでマイナージャンルやっても、割食うだけなんだよ!!! それを言い訳にしないと、底辺作家はやってけねぇんだよ!!!!!」
「…………ごめん、それはゎかんなぃ」
………………
…………
「宗教とか政治、野球の話題はNGってよく聞くだろう。あれらは価値観の押し付けあいでしかない、とでもいえば、説明も容易い」
「ぉぉ……な、なるほど……。目から鱗の大フィーバーゃね」
片目をとじて腕をくむ炭木と、目にみえて腰を低く身縮める松山には、先輩後輩の立場なんてつゆほどもない。
その状況に、炭木が若干ほくそ笑んでいるあたり、調子に乗っていい気になっていることは確かだった。
「ぁの、ひとっ……ぃぃ?」
「おうなんじゃい」
「ぁたし藤崎ちゃんの好きなものとか、全然ゎかんなぃけど、その場合、どんな会話したらぃぃん?」
「なるほど、だがそんなことには及ばないぞ。そもそも藤崎さんの攻略は簡単だからな」
「ほぅ?」
「例えば、ひとの悪口とかは論外として、好きを語ること自体も、価値観の遵守にほかならないだろ」
「たしかにそぅねぇ」
「しかし、相手がそのものを嫌いならともかく、好きを語っても価値観を押し付けてはいないんだよ」
炭木の街頭演説クオリティは続く。
「ここで重要なのは、押し付けているかどうか。相手のスタンスを歪めていれば、それは押し付けているといって、ほかならないんだ」
「なるほど……、なにをぃぅかじゃなく、だれにぃぅか、ってことさね」
「そう! だから逆に、身内で数の暴力ができて、それに便乗する輩が偉くなれるSNSは、冷笑のほうがバズりやすいんだよ!」
「それもよくゎかんなぃけど」
正直、配信者が信者を囲ってする凱旋ごっこにしかみえないやりとり。
じゃあ「この話を論じていること自体が身内ノリじゃない?」、とでもツッコミたいが、炭木は気づいていないのか、はたまた、わかった上でゴリ押しているのか。
「それをふまえて、藤崎さんは求められたら、その時点でよだれジュルジュルになるひとだからな。攻略難度はイージーに属するだろう」
「ぉ、ぉぉ」
「無難に適当な話題でもふっておけば、雑に口がまわってしまうひとだ。天気の話題とかでもいい。そこからどう、パーソナルを踏まないかが肝になるってことだ」
「なる!! りょっ!!」
その元気なまでの返事に呼応して、炭木は腕を組んだまま、すっと微笑んだ。
ななめ45度フェイスである。
「まぁ松山さんも、こういうときに自分の都合で言い訳しないのは、素直でいいとおもいますよ。ギャルなのに。それができるなら、藤崎さんとも普通に仲良くなれますよ」
「………………!! ……師匠っ!」
「師匠?」
「師匠だっ!! 師匠! ししょぅ!!」
「……そうだな、俺が師匠だ! 師匠の俺についてこい!!」
「ぅぇーぃっ!!」
雄叫びが部室の外まで轟いていった。
炭木は中学まで運動部だったこともあり、いわゆる陽キャノリも難なくこなす。
この変幻自在っぷり、本作においてチートキャラすぎる。
………………
…………
扉を叩く音が数回きこえたあと、何秒かの沈黙が流れる。
ピンポンダッシュのような、イタズラともおもえる事象であったが、炭木は扉の前にだれがいるのか、なんとなく察知していた。
そして、扉の前にいるそのひとも、部室内にだれがいるのか、察知できたのであろう。
ゆっくりと、震えるように、戸が開く。
「えーと……、松山さん……まだいる?」
「ぁ!! 藤崎ちゃん! 藤崎ちゃん!」
「びへぇっ!!?」
バッと駆けよろうとした松山であったが、直前で急ブレーキ。
なんともいえない歪んだ表情で、おそるおそると藤崎に近づいていく。
その藤崎はというと、助けを求めるべく炭木に視線をあわせようとするが、当の炭木は部室の壁にもたれかかって腕を組む、後方彼氏面スタイル。
まったくといっていいほど役に立つ気配はなく、1対1を強いられてしまった。
「えーと、あの、なに……ですか……?」
「今日! 天気ぃぃょね!」
「う、うん、そう……だね。雲ひとつない晴天って感じ。………………うん」
突然、歯切れが悪くなる藤崎。
しかし特訓の成果か、松山の反応速度も伊達ではない。
「……!! ど、どうしたの!」
「いや、あの、ゴールデンウィークの時、土砂降りだったじゃん。天文部でプラネタリウムいく予定だったのに……、今更、晴れるんだ……って」
「そ……そうなんだ……。それは、ごめんなさい……」
「ううん、ううん。松山さんは、なにも……」
「…………」
「……」
炭木の自信に満ちた顔にひとつの粒がしたたる。
そう、このふたり、シンプルに取り合わせが悪かった。
身内ネタの要領をふまえた松山であったが、全面7とか6しかないマインスイーパー藤崎には、地雷を踏まない会話など不可能に等しい。
炭木や片岡のような、爆風を受け流す技術が到底たりなかったのだ。
この藤崎とかいう女、コミュ障領域が強大すぎる。
「──…………、じゃぁ、ぁの、ぁたし帰るね。炭木君も、じゃぁね」
「あっ、はい。お疲れ様です……」
「松山さん……また明日。えと、ありがとね、鍵」
「ぅぅん、ぃぃょ、ぃぃょ。さぃならね……」
キィーとなって、バタンととじた。
すべてを知っている彼の目には光がなく、なにも知らない彼女は、あたりを見渡すことしかできない。
だが、炭木の目尻に気後れしながらも、口火を切るのは藤崎のほうだった。
「松山さんといっぱいお話ししちゃったよ。あのひと、私のこと好きなのかな」
「いや、これで正解なんかい」
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