第10話 百合
「私っ! 百合に興味あるのよ!」
ダンッと机をたたく藤崎であったが、今日、この部室にいるのは炭木ただひとり。
ここでいう興味が、「するほう」であっても、「よむほう」であっても、それを彼に相談すること事態が、侮蔑ととらえられて、いたしかたない。
だが炭木、前日に業務連絡という名のSOSを片岡からうけており、彼女の精神状態が不安定であることは承知していた。
まずは落ち着いて、様子をみてみる。
「えと……あれですよね。白い花の」
「え、普通に女性同性愛のほうだけど」
「くそっ、古典的なオチであれよ」
炭木、配慮をもったうえでの訝しげ。
「あの、申し訳ないですけど、百合には無識者ですよ。俺、男だし。相談する相手、間違ってますよ……」
「あはは、大丈夫。私、宦官にも興味あるから」
「ひとの尊厳をなんだとおもってんだ」
※チンポコ落とすことだよ。
━━第10話 百合━━
「ときに炭木。男女の明確な違いはなんだと心得る」
「ルッキズムとか価値観、感性ですか?」
「ちげーよバカっ!! チンコがあるかどうかだよ!!」
「寝取られモノみたいなこといってる」
その咆哮に一抹の安心感さえよぎる。
これこそが、藤崎千鞠を冠するものの姿だろう。
なんとなく実感のこもったため息をついた炭木も、これなら大丈夫だろうと、いつもどおりの適当な扱いへシフトするのだった。
「私はお前と仲良くなりたいのよ」
「ずっといってますね、それ」
「だが、異性の壁ってのはおもってるより高かった」
「はあ……そうかな」
「だから段階を踏む必要があったんだ。まず女友達。そしてその女とまぐわってから、お前とからむってのが、私のロードマップだったわけよ」
「うん……、こんなことじゃもうツッコミませんよ」
「よしそうか。じゃあお前チンコ切って私と友達になってくれ」
「ちょっと待てい!!」
炭木の背後に岡山人の顔がぼんやりうかんだ。
「なんですかそれ。そんなことしなくても、俺ら結構仲良いですよ」
「ダメなのっ! お前のチンコが私たちを真の友情から遠ざけている!!」
「そもそも! 男女の隔たりに睾丸の有無は関係ねぇえよっ!!」
………………
…………
「ゼェ、ゼェ、………………お前、妹いたろぉ……」
「はぁ………………、いますけど、なんすか……?」
「……いくら?」
「ヘルスにすんな」
「え!? でも兄妹なんでしょ!?」
「世の兄妹が全員、同人誌の倫理観だとおもうなよ」
息もたえたえに、まだ漫才を続けるふたり。
もう、ふたりとも勢いまかせにしゃべっているので、その会話に人並みの知性は介入していなかった。
「ていうか、初対面の妹とまともに会話なんてできないでしょ。藤崎さんは」
「いやいや、お前の妹だろ? ようは女版のお前みたいなもんじゃん。女装してるお前…………ひぃーwwww」
「もうぶんなぐって終わりでいいか?」
………………
…………
キーン、コーン、カーン、コーン。
「あ」
チャイムに反応し、ふたりしてスマホに視線を落とす。
時刻は6時10分をまわっていた。
完全下校は7時。
もう一回のチャイムで、鍵の返却をしないといけなくなる。
お互い居心地がよく、なんとなく部室にたまっていたもので、こんな時間になっていることに、気づきもしなかったのだ。
外も影がみえなくなってきている。
「こんな時間まで部室いんの初めてなんで、ちょっと緊張しますね」
「お、おう……私も、初めて……」
「これ以上、遅くなってもなんですし、帰りましょうか。もう外も暗いですから、おくりますよ」
「えっ!? まだ話、終わってない……」
帰り支度をうちだすも、藤崎は「2歳児イヤイヤ期泣きじゃくる一歩手前顔」で対抗してくる。
そのやるせないことをいいだせない顔で、周りをひょこひょこするものなので、炭木にとっても苦虫だったであろう。
ただ、舌戦をくりひろげるにはもう時間も遅い。
こういうとき片岡でいれば、あふれる母性で宥めることもできるだろうが、炭木にその技量はない。
炭木なりに、「もう帰る時間」をしつけないといけないのだ。
「えーと、明日休みですし、家帰ってから通話とか……」
「やだよ。私電話ごしだと、あることないこと話しちゃうタイプだもん」
「ちょっとわかる。……てか、藤崎さんにこれ以上ってあるんですね」
グーの手を口元におき、眉をひそませる。
こんなことに、なにを本気で思考しているのか。
「学生のうちに女性同士のセフレってなったら、やっぱり手は限られますよ。形だけっていっても、俺ら未成年ですから」
「形だけ……、セフレ…………」
「それに、あんまり危険なことも、してほしくないですし……」
「……!! そうか、危険じゃなくて形だけ、か」
藤崎の頭の上で豆電球が発光したが、その色は、赤か、紫か、ピンクか。
間違いなく、目にいい発光色ではなかった。
「いや、もういい。帰るぞ、炭木」
「え、いいんですか?」
「うん。こっちも整理がついた」
そういうと、鍵を片手に、先行して外にとびだした。
月明かりだけが彼女を照らし、夜風になびく髪が幻想的にも映ってしまう。
鍵とキータグを繋ぐ輪っかに人差し指をはめ、くるくるっと回すその後ろ姿が、いままでで1番、先輩の後ろ姿にみえて、炭木は、身震いをするのだった。
………………
…………
一週あけた月曜日の放課後、そこそこ遅れたにもかかわらず、炭木が部室の戸を叩いても、藤崎の姿はなかった。
かわりといってはなんだが、黒髪ポニーテールの姿はある。
「あ、こんちは。片岡さん、藤崎さんより先にきてるの、珍しいですね」
「うふ、こんにちは。一緒にいかないか誘ったんだけど、断られちゃったの。炭木くん、なにかしらない?」
すこし目を見開いた炭木は、昨夜の事情を話した。
「──ってことがあったんですよ。なんか俺の、危険とか、形だけとか、そこに反応してたから、ちょっと心配で……」
「ふんふん、なるほど……。あの、炭木くん。要約してもらったのに、こんなこというのも、なんなんだけど……」
「ん? なんですか」
「全部わかったうえで、なんにもわからなかったから、今日私、端っこのほうにいていい?」
「ああ、はい、どうぞ」
正常なリアクションである。
そうこうしているうちに、藤崎もやってきたが、やはり様子はいつもと違う。
猫背気味に、肩からさげたスクールバッグを庇うように歩く、ぎこちない顔。
「おぉーーすぅっ……、おつかれぇーっ……」
「ああ、どうも藤崎さん」
炭木も彼女の違和感に気がついたようだ。
スクールバッグはパンパンにふくれ、憂慮の汗を流しながら、かばうその姿は不審者そのもの。
炭木も眉毛を八の字に、頬を冷や汗がつたう。
「あ、あの……藤崎さん。それは……?」
「これな……これ、準備してたんよ」
カバンを机にドカッとおいた藤崎は、ゆっくりと、ファスナーをあけ、そのなかにある「もの」にふれた。
握りこぶしを胸の前に、炭木は喉を、生唾でうるおす。
持ち手の幅にして、かなりの大きさ。
藤崎の胴と、同じくらいのサイズ感か。
緩慢とひきあげられ、そして、それは、顔をだす──。
炭木の眼前には、美しい曲線に、ふたつのたるんだ肌の色。
想起させられる上と、下は、形として存在しない。
それは、人間の太ももからヘソにかけた、下半身そのものだった。
「うわっっっ!?! バラバラ遺体だっっっっ!!?!!?」
「おうおう、なんだなんだ」
………………
…………
「てなんだ、オナホールですか。よかったわ。いやよくねえわ。なんてもん学校にもってきてんですか」
「だって、家においてお母さんにバレたら恥ずかしいし……」
「学校もってくるほうが痛手だろ」
とりあえず形だけセックスするのであれば、へたに生身の人間を相手にするよりも、安全にいたすことができる、ということなのだろう。
かんがえれば正論ではあるのだが、炭木はひとつ、疑問を提示する。
「あの、1個いいですか」
「んあ? なんじゃい」
「それ、学校にもってきて、どうするんですか」
「……ん?」
「まさかですけど、ここで使うわけじゃ、ないですよね」
「……? ……、…………??」
藤崎、思考が銀河にとぶ。
「このサイズ感のソフビってかんがえたら、4、5万円はするんじゃないですか?」
「…………4万9000円」
「高っ……、Switch2じゃん。使わないなら、持ち歩かないほうがいいですよ」
「あ……? なんだお前。じゃあ私がここでパンツずりおろして、まぐわえってんのかよ」
「絶対やめてください」
「てかお前っ!! なんでオナホールみて無反応なんだよっっ!!! ちゃんと穴ふたつあんだぞ!!!」
「うわ! 正面みせないでくださいよ! 精巧すぎて逆にキモい!!」
ビラビラを顔面騎乗の要領でおしつけてくるので、炭木も海老反りでよける体勢にでる。
しかし、ふたりの身長差は約50cm。
つま先立ちでたつ藤崎は、すこしの衝撃でバランスを崩すこと必至。
ちょっとでも、もみくちゃになれば、当然……。
ドシーンッ!
「うわっ」
「きゃ!」
炭木を押し倒すよう重力にひっぱられた藤崎は、その手からオナホールを滑らせてしまう。
しかし、炭木の貧乏根性か。
4万9000円を地面に叩きつけてなるものかとがっちりキャッチ、そのままケツから倒れこむ。
そして藤崎、バランスを崩した勢いあまり、炭木の腹の上ででんぐり返り。
あるがままに転がって、いき着く先は、性器部分が上向きにセットされたオナホール。
藤崎のスカート越しのあれと、シリコン製のあれが、Perfect fit。
炭木の上で、見事な合体をみせるのだった。
そして、それをみていた片岡がぽつり。
「……なるほど!! 具合わせか!!」
「せめて、貝って呼べぇっっ!!!」
終われ、もう。
書くことないので、星乞食します。
⏾
「みて! 綺麗なお月様があるよ!! ここにあと星が5個くらいあったら、もっと綺麗なんだろうなぁぁあ!!」