神々の都ローンド
内海を移動する神秘の都、ロディオノポリス。
そこにはとある老人が、たったひとりで住んでいる。
これは、
とある旅人がそこを訪れたとき、
彼をもてなした老人が、
懐かしそうに語り聞かせた、古い記憶である。
神々の都。
あぁ、まさしくその建造から、全ては始まったのだ。
その建造はロンダルフという神によって成し遂げられた。
彼は他のどの神より強大な創造神で、彼が笑えば地平の彼方まで響き渡り、あの槍を振るえば山は隆り、海は湧いて出た。
ロンダルフが都を創り上げた頃、私はまだ幼かった。
だが今でも鮮明に思い出せる…。
あの都で過ごした時を。
あれほど荘厳で、偉大で、静穏な日々などありはしない。
時は驚くほど緩やかに流れ、1日が1年にも、100年にも感じられた。
都の中には数多くの神々が闊歩していた。
諸神の王ロンダルフ。副王ロディオーン。
ロンダルフの3人の娘たち、ネウロペ、パンドラ、リリス。
王の四騎士たち。
古い神々と若い神々。
皆、あの都を愛していた。
都のまわりも美しかった。
北から吹雪の精が訪れ、冬には街中を雪で化粧してまわった。
東には神々の故郷があり、来るものも帰るものもあった。たまにそこへ帰ると、多くの学びと知恵を得ることができた。
南からは甘美な果実を運ぶ夜の精霊たちがやってきて、美味い果物や酒を売り歩いた。
西には果てしなく広がる庭があり、森からは愉快な妖精らの歌声が聴こえ、爽やかな風が感じられた。
四つの季節がゆっくりと巡り、俺たちはその日々を享受した。
俺たちはその都を、"ローンド"と名付けて呼んだ。
本当に…本当に、幸福に満ち溢れた場所だった。
…だがそれにも翳りが見えた。
都の東、ロンダルフの創造した種族のひとつ、"眠らぬ熊"らが勢力を伸ばし、弱小なる領主や町から土地を奪って、その数を増やしていた。
奴らは光と闇の女神パンドラを崇拝し、創造主の寵愛を格別に受けた種族だった。
その身に光明と暗黒を宿し、この世の善と悪の全てを支配しようと企んでいた。
その蛮行の数々に、数多の神が怒りを抱いたが、
ロンダルフは熊らを裁かず、また他の何者にも裁くことを許さなかった。
なので神々は、ロンダルフの弟に助けを請うた。
その名はロディオーン。
神々の副王で、公正にして厳格な神として知られていた。
奴は応え、そして立ち上がった。
兄の静止も聞かず、熊どもの首領アルトリグのもとへ行き、そして告げたのだ。
"掠奪をやめるか、でなければ自分らの所業の報いを、最悪の形で受けることになるだろう"と。
しかし熊どもは取り合わず、ロディオーンに対して、思いつく限りの冒涜と侮辱でもって応じた。
これはロディオーンの怒りを大いに買った。
奴は自らの眷属の、"言葉を持たぬ竜族"を呼び寄せ、熊らの城を地上から焼き払った。
それから奴は、破壊を司る神格として知られるようになった。
これに怒ったのが、熊どもの女神、パンドラだった。
彼女は父である王にロディオーンの所業を訴え、厳罰に処すよう求めたが、王は弟を罰することはしなかった。
王は代わりに、熊らの新しい城を建ててやったが、
娘の怒りは収まらず、
そればかりか今度は、弟の怒りも買ってしまった。
ロディオーンは正義と信じて成した自らの行いを、大いなる破壊を、兄に塗り潰されたと感じたのだ。
怒る二柱の神は、都を去った。
王の娘パンドラは、都を出てからも熊らの女神であり続け、熊ども軍勢を見守った。
ロディオーンは、巨大な海亀の甲羅の上に移り住み、この都"ロディオノポリス"を築き、立てこもった。
奴らの争いは激しさを増してゆき、神々はどちらに与するかを決めなければならなくなった。
やがて長女ネウロペが、三女リリスが都を去り、王の系譜は都から消え去った。
吹雪の精たちももはや都を訪れなくなり、ローンドにかつてのような冬は二度と来なかった。
ひとりになったロンダルフは深い悲しみと共に激しい怒りに燃え、とうとう戦いに加わった。
大いなる戦が始まった。
ロンダルフの槍は数々の災いと呪いを生み出した。
ロディオーンの竜どもは地上を焼き払い、
パンドラの軍は昼夜問わず戦い続けた。
"王の四騎士"は各地でその武威を示した。
賢者ケイローン
輝ける槍バルドル
日輪の剣イカロス
妖精狩りノーデンス
だが皆悲惨な末路を辿った。
ケイローンは毒矢に射られ、痛みのあまり自害した。
バルドルは、北の女神ヘルの呪いによって、今なお死の国に囚われ続けている。
イカロスは自らの内から燃える炎によって、溶ける蜜蝋のように焼け爛れた。
ノーデンスは猟犬とともに西へ向かったが、腕を失い、二度と斧を振ることは出来なくなった。
多くの命が失われた戦いだったが、最後にはロンダルフとロディオーンの一騎討ちによって決着した。
ふたりの決闘は天地を揺るがすほどのものだった。
三日三晩に渡り、創造と破壊が激しくぶつかり合ったが、
最後にそれを制したのは兄だった。
敗北したロディオーンは屈辱に打ち震えた。
ロンダルフはそれを見下ろしていたが、その顔に勝利の喜びはなく、ひたすらに悲しみと後悔が浮かんでいた。
そしてロンダルフは自ら槍で体を突き刺し、この世界から消えてしまった…。
ロディオーンは残った槍を拾い、それを持ってどこかへ去ってしまった。
こうして戦いは終わったのだ。
ローンドの都は王もその系譜も失い、いまや古い教えと慣習だけが残っている。
外の世界は大きく変わった。
女神ネウロペの向かった西の地では、様々な種族が国を築き、魔法に満ちているという。
人々は彼の地を"グレート・ネウロプ"と呼ぶ。
女神リリスは南へ行き、夜の精霊たちの女王となった。
パンドラの熊たちは戦いに懲り、笹の葉だけを食す穏やかな種族に変わった。奴らはその女神の名から、"パンダ"と名乗った。
三女神の時代が始まったのだ。
………。
実を言えばな、俺はあのとき、あの都の真実を知ったのだ。
ロンダルフは大いなる神ではあったが、その心の内は誰にもわからなかった。
奴はこの世の狂気と魔法の根源だと。
だがあの槍に触れたとき、分かったのだ。
なぜロンダルフが都を創り上げたのか。
俺が幼いころ、俺がみた夢の話を兄にしたことがある。それが全ての元凶だった。
ローンドは…あの都は…
…俺への、贈り物だったのだ。
俺の名はロディオーン。
ローンド神族の副王で、ロンダルフの弟だった。