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夜空に星を探す



彼は、‘’報せ‘’の花の香り包まれて、空を見上げていた。

隣にはアリアがいて、彼女は大地に体を預けて、見入るように空を眺めている。


陽は沈み切ったのに、空はまだ薄明だ。


「アリア」


彼は視線を下ろして、彼女の名前を呼んだ。


「嫌です」


「まだ何も言っていないだろう?」


「先生が、何を言おうとしてるかなんてわかりますよ。なので、嫌です」


彼を一瞥することもなく、頑固なまでに空から目を離さないアリア。

風が冷たくなってきた。

空なんて、見飽きているだろうに。


「何を見てるんだ?」


「星を探してるんです」


アリアの声色は、至って真剣だった。

まだ夕暮れ時だ。星なんて、ほとんど見えない。


「陽が暮れ切ってから、もう一度見にくればいいだろう?」


「わかってませんね、先生は」


そう言ってアリアは、ふふふと笑う。

彼女が何を考えていて、何を言いたいのか、彼にはさっぱりわからなかった。

彼はもう一度、空を見上げてみた。やはり、そこにはまだ星は見えない。

一体、彼女は何を見つけようとしているのだろうか。


陽の名残が消えて、星がようやく見えてくるまで、彼女は頑なにその場を動かなかった。

ようやく星が見えてきた――と思った頃に、ゆっくりと起き上がった。

星は今、見えてきたばかりだというのに……


「もういいのか?」


彼はホッと息を吐いて、立ち上がったアリアを支える。


「もう星が見えてきちゃいましたから」


にっこりと微笑んで、満足そうに答える彼女を、彼は家へと誘った。

その間、彼女の謎かけのような言葉に、彼は首を傾げたい思いだった。


家に入り、冷え切ったアリアの体を温めるために、暖炉に火をつける。

アリアをその前に座らせると、温かいハーブティーを渡した。


「何を探してたんだ?」


どうしても気になって、聞いた。

アリアは、受け取ったハーブティーに口をつけたあと、黄金色に揺れるカップの中を見ながら、


「見えないからこそ、探したくなるのが人間というものなんですよ、先生」


と、また真剣みを帯びた声色で言った。


見えないものを探しても無意味だろう?

彼はそんな言葉を飲み込んだ。

アリアの言ったあまりにも漠然とした言葉――それは彼にとって、輪郭の見えない靄のようだった。


「それがずっと見えなくてもか?」


言葉を変えて、彼は聞いてみた。


「見たいものが見えなくても、その間に見つかるものというのは、意外と多いものなんですよ」


彼は首を振って、ため息をついた。


「アリアは聖女ではなくて、哲学者になるべきだったな」


「あら、買被りですよ。暇を持て余した年寄りというのは、みんなこういうものなんじゃないですか?」


彼は歴代聖女を思い返してみた。

そしてもう一度、首を振った。

その日、アリアは夕食を食べずに、眠ってしまった。



案の定、翌日彼女は体調を崩した。

人間は――特に年老いた人間は、脆弱すぎる。

昨日、無理やりにでも、家の中へ引っ張るべきだったと彼は後悔した。

彼は、聖女のように万物を癒し、治癒するような力を使えない。

なので、作物を成長させるために使った魔法。

それを彼は応用して、アリアの免疫能力だけ高めることにした。

その甲斐あってか、アリアは1週間足らずで回復した。


「先生に、看病してもらえるのは嬉しかったのに、残念です」


回復した彼女は、そう言って笑った。

その頬は少しこけていて、顔色も良いとは言えないものだった。


落ちてしまった体力はなかなか戻らず、アリアの移動範囲は更に狭くなったようだった。

口数は減らなかったものの、食べる量も少なくなり、彼と一緒に台所に立つこともなくなった。


満月が近い。

夜――眠ってしまったアリアの部屋の窓から、月を見て思った。

眠るアリアの息は安定していたし、顔も穏やかだ。

彼は、彼女の頭をそっと撫でてみた。

胸に風が吹き抜けるような感覚。



――見えないからこそ、探したくなるのが人間というものなんですよ、先生――



ふと、アリアの言葉が頭の中に響いた。

彼女がどういう解釈を持って、そんなことを言ったかはわからない。

けれど、彼は今、その見えないものを、思い浮かべることが出来た。



例えば、アリアがこの先も変わらず、ずっと元気に生きる未来。

例えば――‘’彼女‘’が再び、隣で笑っている時間。


見えるはずのないものを探し続けたアリアの気持ちが、理解できるような気がした。





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