第三楽章「荒れ果てた『野の風景』」(1)
第三楽章「荒れ果てた『野の風景』」(1)
ぼんやりした視界が少しずつ鮮明になっていき、茶色い板張りの天井が見える。
身体が宙に浮くような感覚は未だ消えない。俺は生きているのか死んでいるのか、まだ確信が持てなかった。
やがて浮遊感は収まり、視点がしっかりと定まる。俺はベッドに横たわったまま、もう昼を迎えていた。
そうだ。俺は睡眠導入剤を飲んで明け方にようやく寝付いたんだった。まだ薬が残っているのか、まるで金縛りに遭ったように身体は動かない。
単刀直入に言うと、俺はあの時死ぬことができなかった。
電車のホームへ足が向いた時には吸い込まれる様な感覚だったが、黄色い点字ブロックのところまで辿り着いた時にふと我に返った。そして自分の起こした行動に酷く恐怖を抱いたのだ。
そのまま歩いて自宅に戻り、両親と真剣に話をした末に心療内科を受診することになった。
そして「鬱病」と診断が下り、上司と相談した上で会社も半年ほど休職することになった。
そして今は何もすることはなく、ただ無為に惰眠を貪る日々を送っている。
たまにデスクに座ってPCを立ち上げるが、曲作りをする意欲もなく、ただ淡々と音楽を聴いたり、ネットをしたりするだけだ。
今の自分は生きているが、死んでいるのと同じ様なものだ。ただ無為な時間だけが、淡々と過ぎていく。俺がどうあったって、時間は待ってはくれないのだ。
そして半年後……
おもむろに接着剤を爪楊枝の先に付けて、金具の端に塗る。そしてしっかりくっ付けたら熱をかけて硬化させる。俺の一日の仕事は、これの繰り返しだ。
復職したものの体調不良で休みを繰り返した俺は、光部品のコネクタをただ一日中組み立てるだけの閑職に追いやられた。
先輩からは「毎日出て来れない奴に製品は任せられない」と冷たく言い放たれ、現場の隅のデスクで一人ぽつんと作業を続ける日々だ。
もう俺に話しかけてくる社員は誰もいない。毎日が孤独と向き合うだけで、何のために会社にいるのかもう全く分からない。
……限界だ。
閑職に回されて3週間後、俺は部長に辞表を提出した。こうして俺の会社員生活は入社から5年足らずであっけなく幕を閉じた。
俺がいなくなったって、会社の人は誰も困らない。ただ日常がいつも通り過ぎていくだけだ。
こうして俺は引きこもりになり、通院以外は家で寝ているかネットをしているかのどちらかになった。
だらだらとしていても、時間だけは無為に過ぎていく。あれほど好きだった曲作りも未だ、再開できないままだ。
何度も言う。
俺は生きているが、死んでいるも同然だ。