第二楽章「悪夢の『舞踏会』」(3)
第二楽章「悪夢の『舞踏会』」(3)
空のCD-RをPCに入れ、書き込みを始める。焼き終わるにはもう少し時間がかかるだろう。
もう就職してから3年目の夏に入り、俺は相変わらずの生活を送っていた。忙しいながらもDTMは細々と続けていて、数年がかりでようやくMIDIの組曲を完成させることができた。
メンタルの状態は決して良いとは言えないけれど、なんとか曲作りはできている。それだけでも幾分マシな状態なんじゃないかな。
そうこう考えているうちに、CDが焼き上がった。俺はそれをケースに収めると、丁寧に緩衝材で包む。
このCDを焼いた理由は、どうしても聴いてもらいたい人がいるからだ。
「出庫の時には早く報告してって言ったでしょ? 聞いてなかったの?」
「す……すみません」
すぐ側では後藤が、生産管理課の社員である辻本さんを執拗に詰めている。
辻本さんはお世辞にも仕事ができる方ではなく、性格も弱気だ。後藤はそれを分かっていていじめの標的にしているのを皆が気づいているが、誰もそれを止めはしない。
3年目にして量産品担当に回された俺は、一日中、生産ラインの指示出しに追われていた。
部品の組み立てや検査が主な業務だが、少しでも滞ると主任にどやされる。俺が上手く仕事を回せないことはラインの派遣社員やパートに知れ渡っていて、あからさまに俺をバカにしたり無視したりする奴もいる程だ。
一体何をやっているんだろうな、俺。
空虚な日々に悩み狂っているが、忙しなくて立ち止まる暇すら与えられない日々が延々と続いている。
このまま俺はどんどんすり減っていくだけなのだろうか……そう思うのが今はただ、虚しい。
「新曲、聴きましたよ! パイセン!」
久々に志田っちから電話が来たのは、その数日後だった。俺がCDを送ったのはもちろん、志田っちだ。
「オーケストラと電子音のバランスがいいですね。しっかり作り込まれていると思います」
「ああ、ありがとう」
向こうはプロを目指しているしお世辞かもしれないけど、なにか言葉を貰えるだけでもほっとするものだ。
「ところで、そっちの方はどうだ? 曲作りできてるのかなと思って」
「いや、本当に厳しいですよ……いくら曲を書いてもコンペには通らなくて」
俺の問いに、一切声色を変えず志田っちは応える。
「でも俺は諦めませんよ。作曲家になって結ちゃんに楽曲提供できるようになるその日まで」
「ああ! 頑張ってくれよ!」
なにより一番安心したのは、志田っちが夢を見続けていることだ。
既に人生を見失っている俺とは対照的に、志田っちは強い目標を持って生きている。それだけでも十分凄い事だ。
「じゃあまた、連絡しますね!」
「じゃあな」
電話を切った後、俺はある決意をして家を出た。
辿り着いた先は家からの最寄りにある無人駅。普通列車しか止まらず、快速や特急はハイスピードで通過する駅だ。
悩みとか嬉しかった事とか、色んな感情が巡り巡って心に収まらない。こんな気分になるのは初めてのことだ。
今日、俺はこの場所で全てを終わらせる。
ワルツを踊るように、心の中で3拍子を奏でる。
1,2,3 1,2,3 1,2,3……これで、全部終わりだ。
自然と足がするするとホームの先へ向き、けたたましい列車の警笛が聞こえたような気がした。