第二楽章「悪夢の『舞踏会』」(2)
第二楽章「悪夢の『舞踏会』」(2)
おもむろにテーブルの上に並んだ焼き鳥から砂肝を選び、串から外して口に入れる。
旨いという感情だけが何度も頭に突き刺すように流れてきた。
就職してから2年目のお盆休み。俺は高校の同級生3人と焼き鳥屋で飲み会をしていた。
普段は仕事に忙殺されているだけに、こういった息抜きもしないと人生やってられない。
「水沼は島根の大学に行ってたんだよな? 就職活動、大変だっただろ?」
「ま、まあな……今はろくでもない会社にいるけど」
向かいの席に座る同級生の金沢が、俺に話しかける。
こいつは地元の名南工業大学を卒業し、今は小さな会社で技術職をやっている。
「そんなこと言うなよ。お前は国立大学に行けたんだし、まだ恵まれてる方だと思うぜ。俺の会社だってろくなもんじゃないし、お互い様だよ」
ビールジョッキを片手に持ちながら、金沢はカラカラと笑う。
「そうだぜ。俺なんか短大卒だし、今なんてトラックドライバーだからな」
金沢の隣にいるもう一人の同級生、山野はそう言いながら苦笑いをする。
こいつは三河工科短大に進学し、卒業後は派遣会社に勤務していたがリストラされ、今はトラックドライバーに転身している。こいつが俺達3人の中で一番苦労してるかもな。
そんなこんなで近況を愚痴りながらも、俺たちは今日も日々を生きている。
「そう言えば、俺たちのクラスにいた富士谷って奴、覚えてる?」
「あー、あの音楽系の専門学校に行った奴?」
不意に金沢がそんなことを語り始め、山野がそれに応える。
「なんかさ、あいつゲーム会社に就職して、なんだっけ『エターナル・プロミス』ってゲームだったっけ。それの音楽を担当して、その筋ではよく知られた存在になってるみたいだぜ」
「マジで? 専門学校に進むなんて、俺たち皆バカにしてたのに」
「なあ、水沼。お前は知ってたか?」
山野としゃべくっていた金沢が、ふと話を俺に振る。
「いや……俺は知らなかったけど」
俺は中途半端にそう応えた。
ゲーム業界の事はほとんど知らないけど、あの富士谷が……心の底では鼻で笑ってたけど、いつの間にか作曲家として成功しているなんて、全く気にもかけていなかった。
でも、この心の底から揺らぐ気持ちは何だろう。自分も底辺にいながら音楽を続けている身だし、これが嫉妬って奴だろうか。
なんだか落ち着かない。俺はぐらぐら煮えるような気持ちをビールと共に喉へ流し込んだ。
「あっ、お久しぶりです。パイセン!」
とある日曜日の夕方、俺に電話をかけてきてくれたのは志田っちの方だった。
「おっ、志田っち! 久しぶりやな」
元気そうな声を聞けて、俺はひとまず安心した。
志田っちによると、今は東京のレコーディングスタジオに就職し、駆け出しのサウンドエンジニアとして活動しているそうだ。サウンドエンジニアと言ってもまだ見習いで、業務のほとんどは雑用や音楽機材の搬入、搬出が占めているらしい。
そして今はプロの作曲家になるべく、コンペに提出する曲を寝る間も惜しんで書いていると志田っちは語っていた。
「今は見習いサウンドエンジニアですけど、いつか一端の作曲家になりたいですからね。その気持ちだけは常に持っておきたいです」
「ああ。目標はもちろん『結ちゃん』に自分の曲を歌ってもらう為だろ?」
「そんなん、当たり前じゃないですか。ハハッ!」
俺の返答に、一点の曇りもない声で志田っちは応える。間違いなく、揺るぎない夢と目標を持った男の声だ。
「しかし結ちゃん、最近は仕事がめっきり減ってるみたいで心配なんですよね。あれだけの実力を持ってるのに……」
少し寂しげな声で、志田っちはつぶやく。
俺はそういった界隈の情報は知らないけど、音楽業界に身を置いている志田っちからすれば大きな心配事なんだろう。
「とにかく、お互いに色々頑張ろうな」
「はい、パイセン!」
志田っちと散々話し合ったあと、俺はしばらく人生について考えてみた。
ろくでもない会社に就職し、上司の嫌味やパワハラをやり過ごしながら日々を生きる。そこに夢なんてものは一欠片もない。それなりのお金は手に入るけど、これが俺の望んだ人生なんだろうか。
「なんだかな……」
俺は独りきりで、そうつぶやいた。