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自称底辺DTMerの幻想交響曲  作者: 音羽 裕(大黒 天)
第一楽章「若き日の『夢、情熱』」
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第一楽章「若き日の『夢、情熱』」(4)

第一楽章「若き日の『夢、情熱』」(4)


 俺が松江に来て3度目の夏が過ぎ、季節も秋に差し掛かろうとしていた。


 愛知の夏に慣れている俺は、島根の夏はじめじめしていなくて過ごしやすく感じていた。この地にも愛着が湧いているものの、ここにいるのも順調にいけばあと1年半だ。


 3年後期からは研究室への仮配属があり、また就職活動の準備も始めなきゃいけないので色々忙しい。大学院へ進学する道もあるけれど、俺は早く社会に出たいという意思が以前から固かったので、学部卒で就職するつもりだ。


 そして俺はいつもの如く水曜の夜、クラブハウスへと向かっていた。


「今までお疲れ様です、パイセン」

「ああ、2人だけのサークルだったけど、楽しかったよ」

 俺のことを労う志田っちに、俺は色んな思いを噛みしめながらそう答える。


 志田っちとは色々話をしながら、たくさん曲を作った。特にネット上で支持を得たわけじゃなかったし、せいぜい小さなポータルサイトの音楽ランキングで俺のオリジナル曲が2位を獲った程度。全く威張れる実績なんて残せやしなかった。

 でも、ここまで本当に楽しい2年間だった。1年の夏頃に「DTM同好会」を立ち上げて、色んな思いも交錯しながらも曲作りを続けることができた。それで十分だ。

「今日からは志田っちが部長だな。まあ、メンバーはお前しかいないんだけれど」

「そうですね。でも俺はたった一人でもこのサークルで活動するつもりですよ」

 そう言いながら志田っちは、はにかむように笑う。

「お前はプロになりたい夢を持ってるんだよな?」

「そうですね。いつか結ちゃんに俺の歌を歌ってもらうまで」

「ハハッ。お前はいつも結ちゃんの話ばかりしてるよな」

「そりゃそうですよ。俺は結ちゃんを誰よりも応援してるつもりですから」

 そんな他愛のない話ができるのも、ずっとではない。俺は就職先は地元・愛知にすることを心に決めていた。

 理由は色々あるけれど、俺は将来的に家族と過ごすことを優先に考えていた。就職先は山陰にする方がいい会社があるかもだけど、その意思はどうしても揺るがなかった。

 いつかは志田っちとも別れのときが来る。今日の部長引退はその前段階だ。


「そうだ……俺のSC-88Pro。これは部の備品だし、お前が受け取ってくれないか? 志田っち」

「えっ? でもこれ、パイセンが頑張って買ったものでしょ?」

 俺の言葉に、志田っちは酷く狼狽する。

「これはお前に持っておいて欲しいんだよ。俺もしばらくは忙しくて作曲には打ち込めないし、しっかり活用してくれるお前に託すよ」

「あ……ありがとうございます!」

 俺は深く頭を下げる志田っちに、SC-88Proを託した。これは俺の思いがギュッと詰まったものだ。志田っちには大切にしてほしい。

「じゃあ、今日はラーメンでも食いに行くか」

「はい! パイセン」


 それから4年生になった俺は、就職活動を本格的に開始。

 愛知県の会社を続けざまに受けていたので松江と愛知の行き来は大変だったけど、どうにか愛知県内にある会社「尾州北西電子工業」から内定を貰い、就職活動は夏前にようやく落ち着いた。

 そして卒業研究を終え、俺は卒業式の日を迎えた。


「卒業おめでとうございます! パイセン」

 卒業式の会場から出てきた俺を、志田っちが花束を持って出迎えてくれた。俺はニッコリ笑いながら、花束を受け取る。

「DTM同好会は新入部員がいなくて消滅しちゃいましたけど、パイセンから譲ってもらったSC-88Proは大事にしますからね」

「おうっ。俺はサラリーマンの道へ進むけど、お前は夢を見続けてくれよな!」

「はいっ!」

 俺の言葉に、志田っちは元気な声で答える。


 そして俺は学科の卒業証書授与の会場があるホテルへと向かった。4年間の学生生活も、これで終わりだ。俺にとってまた新たな人生が幕を開ける。


 ところが、これが俺にとって艱難辛苦の荒波に揉まれる前兆だとは、到底知る由もなかった。

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