第一楽章「若き日の『夢、情熱』」(3)
第一楽章「若き日の『夢、情熱』」(3)
「申請書類は通ったぜ! 志田っち」
「おおっ、ありがとうございます、パイセン」
いつの間にか俺と志田っちは、砕けた名で呼び合う仲になっていた。
志田っちいわく、
「『水沼先輩』って呼ぶより『パイセン』って呼んだ方が業界人っぽいでしょ?」
とのことだ。
別にどう呼ばれたって構わないけど、砕けた呼び名なら親近感も湧いてくるもんだ。
申請書類と言うのは、新しいサークル「DTM同好会」を作るためのものだ。
お互いDTMに興味があるなら、自分でサークルを作ってしまえばいいという至極単純な発想でその考えに至った。
サークルと言ってもクラブハウスを借りて活動するには大学の許可が必要で、初期メンバー5人と顧問となる先生の存在が必要となる。顧問は俺のチューター(担当教員)である金谷教授に頼み、快く引き受けてくれた。
あと、5人のメンバーは俺と志田っち、それからソフトボール同好会兼任の三森君、ブルガリア人留学生のカロヤン君、SF同好会のメンバーでもある貴島君の3人でどうにか頭数を揃えた。
けれど俺と志田っち以外のメンバーは単なる数合わせで、実質は部長である俺と、副部長である志田っちとの2人きりのサークルだ。
毎週水曜日の5限目が終わった後、2時間だけDTM同好会の活動が許可されている。
クラブハウスは全て畳張りの和室で、DTMをやるにはあまり様にならないけれど、そんな文句は言っていられない。
俺と志田っちはお互いにノートパソコンなどの機材を持ち込み、活動を始めた。
「うわー、パイセン。これ高かったでしょ?」
「ま、まあな……」
志田っちがそう言いながら眺めるのは、買ったばかりのハード音源「SC-88Pro」だ。
夜の交通整理のバイトでコツコツ貯めたお金で、俺はこのハード音源を買った。ネット上でも好評価を得ている最新鋭の音源だ。
「えーと、MIDIポートはと……ここに繋げばいいんだよな」
まだ慣れない手つきで、俺はSC-88Proを自分のノートPCにMIDIケーブルで接続した。そして、以前作ったMIDIファイルを再生してみる。
「おおっ、凄くいい音っすね!」
「ああ。ハード音源って、こんなにいい音が出せるんだな」
俺たちは感嘆の声を上げながら、しばらくその音色に聴き惚れた。
サークル活動が終わると決まって俺たちは近くの食堂で夕食を済ませ、俺の部屋へと足を運ぶ。
志田っちは実家から大学に通っているので、あまり遅くならないよう気をつけてはいるが、色々話し込んでいるうちに夜更けになってしまうことも度々だ。
2人で俺の部屋に来る理由は一つ。サークル活動で作った自作の曲を、ホームページにUPするためだ。
情報工学科の学生である志田っちはもちろんPCに強く、サーバーの管理は全て彼がやってくれる。俺は色々要望を出したり、ホームページのデザインを考えるだけだ。
「そうそう、パイセン。ホームページのこと『ほめぱげ』って言っちゃ駄目ですよ。死語なんで」
「言うかバカ!」
なんて馬鹿げたことを語りながらも、俺たちはホームページを着々と更新していく。
「うーん。まだあまりアクセス数は伸びないですね」
「まあ、俺たちはオリジナル曲がメインだし、仕方ないかな」
そう言いながら俺たちは首をひねる。
俺は「織原悟」志田っちは「Purple」というハンドルネームで活動していた。
俺はなんとなく思いつきでHNを決めたけど、志田っちの「Purple」は「村咲(紫)」から取ってることがモロバレで「そのままやん!」と突っ込んだ覚えがある。当の志田っちはただ苦笑いしてたけど。
俺はクラシカルな感じで、志田っちはちょっとロックやテクノ寄りのオリジナル曲を作ってたけど、今のところそれほど注目を浴びるには至っていない。
まあ、ネットに転がっているMIDIファイルはアニメやゲームのカバー曲が大半を占めていて、オリジナル曲を作る人は少ないのが実情だ。
志田っちが家に帰った後、俺は引き続きネットを続ける。覗いているのは匿名掲示板の「ZAP」だ。
そこのDTM板は色々な情報が拾えるのだが……
123 名無し:これからDTMを始めたいんですけど、まずは何を揃えればいいんでしょうか?
124 名無し:>>123 まず30万円用意しろ。話はそれからだ。
125 名無し:>>124 あの、あまり音楽には詳しくないので、分かりやすく教えてほしいんですけど。
126 名無し:>>125 半年間ROMれカス。
127 名無し:>>125 聞き方が気に食わないからお前には教えない。
128 名無し:>>125 逝ってよし。ていうか逝け。
そこまで読んだところで俺はブラウザのウインドウを閉じた。そして大きくため息をつく。
所詮、ネットの音楽界隈なんてこんなものか。言いようのないやるせなさが胸を突き抜けた。