第三楽章「荒れ果てた『野の風景』」(4)
第三楽章「荒れ果てた『野の風景』」(4)
俺が「絢瀬さくら」の曲を作り始めてから、早くも1年余りが過ぎた。
で、成果が出ているかと言ったら全くそんなことはない。
絢瀬さくらはバーチャルシンガーとして一大ブームとなり、ネットの動画サイトでは楽曲配信の動画が腐るほど溢れている。
にもかかわらずだ。俺の作った曲はせいぜい100再生くらい行くのが関の山で、動画サイト「スマイリー」で「殿堂入り」とされる10万再生なんて夢のまた夢だ。
それでも俺は意地を張って曲を書き続ける。精神状態は良いものではなく、はっきり言って作っている曲も粗製乱造だということは分かり切っている。
でも……欲しいんだ、どうしても結果が。
なにもない俺にとって、音楽は生きている証そのものだから。
色々ヒット動画を見てきて、流行る動画の傾向も大体分かってきた。
はっきり言ってしまうと、動画を見る視聴者は曲なんか聴いちゃいない。
美麗な3D映像やダイナミックな演出で魅せたり、意味ありげなアニメーションをつけた動画が決まって流行る傾向にあり、音楽の本質なんてものはそっちのけだ。
動画につくコメントも曲に対するコメントじゃなくて映像に対するコメントが大半で「こいつらは本当に音楽を聴いているのか?」と疑いたくもなる。
それに曲も音圧マシマシで耳触りのいい曲が好まれ、オケに使うソフトシンセやプラグインエフェクトも質の良い高額な物が求められる。
人気を取りたければ俺もそちら側に舵を切ればいいんだけど、それだけの音楽や動画を作るには高額なPCや機材を必要とし、会社を辞めて未だ無職の俺には全く手が届かない。それに無理して投資したところで、待っているのは「爆死」だけだ。
果てしなき過当競争の世界。レッドオーシャン。それが今のバーチャルシンガー界隈の現実だ。
これといった実力も特徴もない俺がのし上がることができる世界じゃないことは痛いくらいに分かってる。
言うなれば手詰まりの状態なんだけど、俺は今日も意地で曲を作る。
ただひたすら、結果が出ない苛立ちを振り払いたい一心で。
俺がただ紡いでいるのは「底辺DTMerの恨み節」だ。
「そうですか……結果が出ないのは本当に苦しいですよね」
電話口で志田っちは俺に穏やかな声でそう応える。
「僕だって未だにプロの作曲家にはなれてないですし、気持ちは分かりますよ。最近はミキシングやマスタリングの仕事が忙しくて、曲を書く時間も減ってますし」
いや、志田っちも大変なんだな。お互いに音楽を志すのは苦労が絶えないのは身に染みて感じる。
「なあ、志田っち。音楽って楽しいか?」
ふと俺は志田っちにそう問いかけてみた。
「僕は楽しいですよ。運よく音楽業界にも入れたし、まだ望みは捨ててないですし。結ちゃんに僕の曲を歌ってもらえるその日まで」
弾んだ声で志田っちはそう応える。
「パイセンは色々ありましたし、今は結果を求めるのは止めて曲作りを楽しんだ方がいいですよ。音楽を作ることがパイセンの足枷になってたら元も子もないですし」
確かにその通りかもしれない。でも俺は……。
「それに、本当にいいものが評価されるとは限りませんよ。その時々のトレンドもあるし……」
「いや……俺は止まれない。止まれないんだ」
くぐもった声で俺は志田っちにそう応えた。
生きる希望を失った俺に残された唯一の道は、音楽で評価されることだ。それさえなくなってしまえば、俺に生きる意味も価値もない。
「…………」
志田っちはただ無言だった。何も返す言葉が見つからなかったんだろう。
「とにかくパイセン。心の平穏だけは失わずに過ごしてくださいね。僕が言えることはそれだけです」
「ああ……ありがとうな」
そう言って俺は電話を切った。
なんだろう、この憤りは。
ぐらぐらと揺れるどす黒い感情が、俺の中に生まれつつあった。




